第366話 F級の僕は、宿直室に戻る
6月15日 月曜日24
ユーリヤさんは、一呼吸置いてから少し真面目な表情になった。
「ごめんなさい。話がすっかり脱線してしまいましたね。最初にもお話しましたように、状況が大きく変化したので、当初の計画を変更しようと考えています」
「つまり、このまま帝都に潜行するのは止める、と言う事でしょうか?」
ユーリヤさんが頷いた。
「とにかく、私がトゥマの街に居る事は、直ちに周辺地域に知れ渡って行くでしょう。ですからもしタカシ殿のご友人と無事合流出来たとしても、私はまず、モノマフ卿を味方に引き入れるところから始めようと考えています」
モノマフ卿。
本名ウラジミール=モノマフ。
あのキリルのお父さんで、ここ、属州リディアの総督だ。
「幸いなことに、モノマフ卿は、私の叔父、
「具体的にはどうするのですか?」
「実は夕方、キリルを捕縛して彼の大隊を掌握した後、モノマフ卿に送った書簡の中で、彼に面会を要請しています」
そう言えばユーリヤさんは、大隊の幕僚達に、新しい早馬を立てるよう命じていた。
「モノマフ卿が面会を渋ったら?」
ユーリヤさんがニヤリと笑った。
「彼は必ず応じるはずです。なぜなら彼の大事な跡取り息子は罪を得て、ここ、トゥマにて収監中だからです」
ユーリヤさんの考えではこうだ。
どう取り
まともに軍法会議にかけられれば、処刑される可能性が極めて高い。
そして彼を断罪、収監しているのは、皇太女である自分。
この事実は、例えモノマフ卿が州総督としての権力を振りかざしても、
その上で、ユーリヤさんはある提案をモノマフ卿に持ち掛ける。
「隣接する属州モエシアは、既に“エレシュキガル”率いる『
なるほど。
まさにアメとムチ、という感じだ。
これならモノマフ卿も、少なくとも面会に応じざるを得なさそうに思えた。
「もしモノマフ卿の協力を勝ち得たのなら、改めて帝都に使者を立て、緊急避難的措置として、“エレシュキガル”討滅に動く事の事後承認を求めます。私がなぜ任地を離れ、トゥマの街に居たのか説明を求められれば、『
僕は内心舌を巻いた。
聞いている限りでは、穴らしきものは感じられない。
彼女は僕より1つ下の19歳だ。
彼女一人でというよりは、ボリスさんやスサンナさん達と相談して立てた計画だろう。
「ちなみにこの計画について話すのは、タカシ殿が初めてです。タカシ殿の意見も聞かせて貰っていいですか?」
あれ?
ボリスさんやスサンナさん達と話し合って決めたのでは?
「すみません。御承知の通り、
ユーリヤさんが嬉しそうな顔になった。
「ふふふ、タカシ殿に褒めてもらえるのなら、ボリスやスサンナ達に披露しても、そんなには突っ込まれずに済みそうです」
どうやら自分一人で考えた?
彼女が皇太女として今まで受けて来た教育の賜物か、それとも彼女自身の資質によるものか。
僕は素直に感心してしまった。
「ユーリヤさんは凄いですね。それにひきかえ僕なんか……」
……降りかかる火の粉を払うのに精一杯で、長期的な計画を立てる心の余裕なんて持てた試しがないのに。
少し自嘲気味の笑みが
「ふふふ、そんなに卑下する事は無いですよ。それに私の事を評価して下さるのが、今披露した私の計画をお聞きになった結果であれば……タカシ殿は少し勘違いしているかと」
「勘違い?」
「私には皇太女として生きるしか道が無いのです。生きるためなら無い知恵も絞れるってだけの話ですよ」
そう語ったユーリヤさんの姿は、なぜかとても寂しそうに見えて……
僕は思わず彼女に手を伸ばそうとして慌ててその手を引っ込めた。
ユーリヤさんが、悪戯っぽく笑った。
「あら? ここはそっと抱き寄せて頂けるかと密かに期待したのですが」
僕は苦笑した。
こんな軽口を叩けるのも、彼女の強さの表れだろう。
「戻りましょうか? 寒いと風邪引きますよ?」
ユーリヤさん達と別れ、客室に戻った僕は、留守を皆に任せてから【異世界転移】のスキルを発動した。
再び均衡調整課の宿直室に戻って来た時、既に時刻は午前1時になろうとしていた。
電気を
話通り、どうやら明朝まで、僕の事を“放置”してくれるらしい。
僕は充電器に繋いであったスマホをチェックしてみた。
チャットアプリに数件、メッセージが届いている。
その中に、関谷さんからのメッセージも2件含まれていた。
1件目―――6月15日 08:20
『おはよう。ちょっと眠いけど、大学行ってきます』
2件目―――6月15日 20:56
『もしかして、イスディフイに行っている? 戻ったら連絡下さい』
関谷さんとは、
とりあえず、連絡入れておこう。
―――『こんばんは。今日は向こうで色々あり過ぎて連絡遅くなりました。明日また時間取れたら連絡するね』
関谷さんにメッセージを送った僕は、スマホを充電器に繋ぎ直した。
そしてインベントリから『ティーナの無線機』を取り出して、右耳に装着した。
「ティーナ……」
『Takashi? 戻って来たのね』
相変わらず反応が早い。
「うん、今均衡調整課の宿直室だよ。重力波発生装置、使おうか?」
『お願い』
ティーナさんは、基本的に僕等の世界のあらゆる場所にワームホールを繋いで“転移”する事が可能だ。
但し初めての場所にピンポイントで転移するには、その場所の詳細な座標が必要らしく、今僕がいるこの場所の詳細な座標を伝える事が出来る装置が、『ティーナの
ルービックキューブと形も大きさもそっくりなその黒い立方体に、僕はMP10を込めてみた。
そしてそれを感知したティーナさんが、ワームホールを開いて宿直室にやって来るのを待っている間、何気なく目にしたスマホがチカチカ光っているのに気が付いた。
どうやらチャットアプリに新着メッセージが届いたらしい。
もしかして?
僕がスマホを立ち上げてみると、予想通り関谷さんからだった。
僕がメッセージを送ったせいで、起こしてしまったのかもしれない。
申し訳ない気持ちになりながら内容を確認しようとしたそのタイミングで、ふわりといい匂いがしたかと思う間も無く、僕の頬に何かが触れる感触があった。
「うわっ!?」
思わず
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