第363話 F級の僕は、ティーナさんに相談してみる


6月15日 月曜日21



四方木さんが案内してくれたのは、必要最低限の家具が備え付けられた、何の変哲もない宿直室だった。

扉には内側からカギが掛けられるようになっていた。

そして扉にも部屋の壁にも窓のたぐいは一切見当たらない。


「どうですか? あ、監視カメラは全部外してあるのでご安心下さい」


確かにこれなら、僕が【異世界転移】しようが、富士第一にゲートキーパーを斃しに行こうが、外部からは確かめようが無さそうだけど。


「あ、それと中村さんから連絡無い限り、私どもの方で勝手に部屋の中に立ち入ったりしませんので、その点もご安心下さい。明日は一応、夕方、斎原様達が富士ドームに帰還するまでは、先程お話しましたように、1時間置きに定時連絡して頂けるのでしたら、外出して頂いて結構です」


……なんだか至れり尽くせり。

痒い所に手が届くような準備の成され方だ。

これはつまり、四方木さん的には斎原さん達より先に、僕にベレトを斃して来て欲しいって事だろう。

確かに四方木さんの思惑に乗った方が、今後、100層のゲートキーパー、ブエル打倒を目指してゲートキーパー達を斃す際、他のS級達から向けられるかもしれない疑惑の目をかわす事が出来るだろう。

しかしそれは同時に、四方木さんが僕に向けている疑念を確信に変えてしまう事に繋がってしまう。


それが吉と出るのか凶と出るのか、僕には判断がつきかねた。


「とりあえず、一度アパートに戻ってもいいですか? もしこちらに泊るにしても、スマホも着替えも何も持って来てないですし」

「結構ですよ。今夜はいつものスクーターで来られたんですか?」


僕のスクーターは、あれからガス欠のまま、駐輪場に置きっぱなしだ。


「え~と、スクーターの調子が悪いので、バスで来ました」

「そういや、午前中も鈴木さん? でしたっけ? お知り合いのスクーター、借りてこちらにお越しでしたよね」


僕は午前中の出来事第350話を思い起こした。

いつもはうざったらしいただのストーカー女としか感じられなかった鈴木が、あの時だけはちょっとだけいい奴に見えたから、人間、不思議なものだ。


「彼女はスクーター、取りに来ました?」

「あれから1時間ほどして取りに来られたみたいですよ。更科クンが対応してくれました」

「そうだったんですね。お手数おかけしました」

「いえいえ、では行きましょうか?」

「えっ?」

「アパートに荷物取りに戻られるんですよね? 車お出ししますよ」


どうしようか?


僕はチラっと宿直室の壁に掛けられた時計に目をやった。

時刻は、午後9時50分。

地球に戻って大体、30分が経過している。

ターリ・ナハ達には、1時間程度で戻ると伝えてあるから、あと30分位で一度向こうネルガルに戻りたい所だ。

ここから僕のアパートまでは車で10分少々。


仕方ない。


「ではお願いします」



15分後、僕は一人、アパートの部屋の中に居た。

ちなみに僕をここまで車で送ってくれたのは更科さん。

彼女は僕の準備が終わるのを、アパートの前に停めた車の中で待っている。

僕は部屋の明かりを点けると、インベントリを呼び出した。

そして中から取り出した『ティーナの無線機』を右耳に装着して、ティーナさんに呼びかけた。


「ティーナ……」


幸いな事に、すぐに彼女のささやきが戻って来た。


『Takashi! 今どこ?』

「アパートの部屋だよ。今、少し話しても大丈夫?」

『大丈夫よ。って私もTakashiと共有しておきたい話があるから、今からそっちに行ってもいい?』

「構わないけど、あんまり時間取れないからさ。多分、僕の話だけ聞いてもらう形になると思うけど、いいかな?」

『OK!』


途端に部屋の隅の空間が渦を巻き、見慣れたワームホールが形成された。

そしてその向こうから、ティーナさんが僕の部屋へとやってきた。

一応、勤務時間は終了しているのだろう。

今の彼女は、上は白いブラウス、下は茶色のチノパンといった、ラフなスタイルだ。


「お疲れ様。中国には無事着いたみたいだね」

「ええ。今は北京市内のHotelに滞在中。昼間は曹悠然caó yōu rán達中国側と、非常に興味深い情報交換が出来たわ」


その話はゆっくり聞いてみたいけれど……


「ごめんね。さっきも話した通り、実はあんまり時間が無くてね……」


僕は手短に、先程の四方木さんとの会話について説明した。


「で、どうしたらいいと思う?」

「さすがはMr. Yomogi。やはり食えない人物ね……」


ティーナさんが、少し考え込む素振りを見せてから言葉を続けた。


「……難しい選択だけど、ここはMr. Yomogiの思惑に乗っておいた方がいいかも」

「理由は?」

「Mr. Yomogiの考え方の根本にあるのは、この世界の状況を均衡調整課の力で完全にcontrolしたいっていう想いよ。簡単に言えば、秩序を護りたい、余計な不確定要素は極力排除したいって気持ちが強いはず」


恐らく以前に四方木さんと握手した時、記憶と一緒に、彼の価値観も読み取ったという事だろう。


「ならば形式上、彼の用意した線路の上を走ってあげれば、彼はそれ以上の干渉はしてこないはず。逆にもし、他者があなたをその線路から脱線させようとしたら、勝手に彼があなたを護りさえしてくれるはず」


四方木さんの今までの言動、確かにティーナさんの今の話に符合するものが多かったような気がする。


「それに彼は、所詮A級。いざとなれば、私とあなたとで彼の思惑をじ曲げるのは造作も無い事……」


そしてティーナさんもやっぱり、ティーナさんだ。


と、ティーナさんが顔を寄せて来た。


「と言う事は、今夜は久し振りに富士第一のGatekeeper斃しに行くのね?」


ティーナさんの目が輝いている。

彼女は彼女で、富士第一の謎を解き明かしたいっていう強い願望を持っているからだろう。


「そうだね。だけど一旦、向こうネルガルに戻らなきゃいけない約束があるんだ。落ち着いたらまた連絡するよ」

「OK! 待っているわ」


ティーナさんがワームホールの向こうに帰って行った後、急いで着替えとスマホをカバンに詰め込んだ僕は、アパートを後にした。



均衡調整課に戻って来た僕は、結局ティーナさんのアドバイスに従って、今夜は宿直室に泊る、と四方木さんに伝える事にした。

僕の返事を聞いた四方木さんは、露骨にホッとしたような顔になった。


「ご理解頂きまして、ありがとうございます」


頭を下げる四方木さんに、僕は一応たずねてみた。


「今夜は早目に寝ると思うので、僕から呼びに行くまでは、誰も起こしには来ない……という理解で宜しいですか?」

「もちろんです」


四方木さんは、力強くうなずいた。



宿直室の中、壁の時計は、午後10時40分を指している。

なんだかんだで結構、時間が過ぎてしまった。

部屋の中で一人になった僕は、一応【隠密】状態になってから、【異世界転移】のスキルを発動した。



僕がトゥマの街の路地裏に戻って来た時、あたりはすっかり暗くなっていた。

ここへ転移して来る直前の宿直室の時計の時刻から類推すれば、ここの今の時間は、午後6時40分頃のはず。

僕は周囲に視線を向けて、人影が無い事を確認してから【隠密】スキルの発動を停止した。

そのまま明かりが漏れて来る通りの方に向けて急ぎ足で歩いて行くと、なにやらにぎやかなざわめきが聞こえて来た。

通りに出た僕は、その賑やかなざわめきの正体に気が付いた。

通りに面して、様々な屋台が並び、大勢の人々が楽し気に歩いていた。

幸い、光の加減か、それとも皆、並んでいる屋台に関心が向いているせいか、先程までのように僕が通るだけで騒ぎになるという事態も発生しない。

縁日のような賑わいを見せるその通りを、僕はターリ・ナハ達が待つ宿屋に向けて足早に駆け抜けた。



「「お帰りなさいませ!」」


宿の扉を開けて中に足を踏み入れた途端、居酒屋もかくやの息の合った従業員達の大きな声が僕を出迎えてくれた。


「すみません。遅くなりまして」

「いえいえ、もう用事はお済みでしょうか?」

「はい。それで彼女達は……」


視線の先、ターリ・ナハ、ララノア、そしてアルラトゥが僕に駆け寄って来た。


「お帰りなさい」

「お、お帰り......なさい……ませ……」

「お帰りなさいませ。お待ちしておりました」


彼女達に笑顔を向けた後、僕はターリ・ナハに声を掛けた。


「ところで、アリア達は?」


ターリ・ナハは首を振った。


「今の所、まだ連絡は取れておりません」


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