第362話 F級の僕は、四方木さんから行動確認への協力要請を受ける


6月15日 月曜日20



僕の内心の動揺に気付いているのかいないのか、四方木さんが言葉を続けた。


「この話にはまだ続きがありましてね」

「続き、ですか?」

「はい。97層、ここにはちゃんとゲートキーパーがいたんですよ。少なくとも今日の夕方時点では」


四方木さんが改めて語ってくれたところによると、93層のゲートキーパー、ボティスの消滅が確認された後、以深の階層の探索が、S級達が率いる3つのクランにより、競うように進められたのだという。

そして今日の夕方、斎原さんが率いるクラン『蜃気楼ミラージュ』の偵察隊が、ついに97層のゲートキーパーの間を発見、内部でゲートキーパー、ベレトに偵察戦を挑んだ後、撤収したのだそうだ。


「ただこの事実は、斎原様のご意向を尊重して、まだ一般には公表されておりません」

「それは他のクランに先を越されたくない、とかでしょうか?」


以前、富士第一で荷物持ちを一緒につとめた米田さんは、S級達が危険を冒してまでゲートキーパー達を狩り続ける動機として、栄誉と金銭的見返りについて話していた第193話


「それもありますけどね……」


四方木さんが、少し言いにくそうな素振りを見せながら言葉を繋いだ。


「はっきり申し上げますと、斎原様、中村さんの事も少々お疑いのようなんですよ」

「僕を、ですか?」


一旦落ち着いていた心臓の鼓動が、再び徐々に早く大きくなっていく。


「ええ。中村さんも御承知の通り、富士第一90層以深は、S級ダンジョンに区分されます。で、ゲートキーパーは、同じ階層のS級モンスター達と比較しても、群を抜いて強力な存在です。だからこそ、S級の皆さんですら、安全に斃すには、クランを率いる必要があるのです。それをもし、単独で斃せる存在が居るとすれば……ね、お分かりでしょ?」

「……つまり僕が富士第一のゲートキーパー達を斃して回っている、と?」

「消去法で考えれば、そういう考えもアリって事です」


四方木さんが、出されていた冷たいお茶に口をつけた。


「で、実際の所はどうなんでしょうか?」


僕も出されていた冷たいお茶の入ったグラスを手に取り、ちびちび飲みながら、一生懸命頭を働かせて“言い逃れ”を考えた。


「でも僕には……手段も動機も無いですよ? ゲートキーパーを斃すのなら、24時間体制で監視されている富士第一1層目に入り込んで、誰にも気付かれずに転移ゲートエレベーターを使用しないといけないですよね? それに、もしこっそり斃しても政府からの報奨金も手に入らないですし、戦利品がSランクの魔石1個だけっていうのは……割りに合わないのでは?」


四方木さんが、ニヤリと笑った。


「手段ならお持ちじゃ無いですか?」


自然に顔が強張った。

まさか、ティーナさんの転移能力頼みで、二人でゲートキーパーを斃して回った事がバレている?


「中村さん、一種の転移能力、お持ちですよね?」


あれ?

ティーナさんでは無くて?


「……どうして、そう思われますか?」

「だって、田町第十で井上さん達をご自身のアパートの部屋に逃がしてあげたじゃないですか」


そうだった。

確かあの時、井上さんは、自分達が田町第十最奥から脱出出来たのは、僕のスキルのお陰、と説明していた第189話んだっけ?

あの後、その“僕のスキル”について、四方木さん達から詳しく説明を求められなかったから、つい失念していたけれど。


「あれは緊急時に、特殊な条件が揃わないと発動しないスキルでして……」

「ですが、少なくとも空間の揺らぎゲートを越えた“向こう側”から“こちら側”に複数の人間を移動させる事が出来るスキルをお持ちって事ですよね? と言う事は、その条件とやらが揃えば、誰にも気付かれる事無く、富士第一の目的の階層にショートカット転移出来るんじゃないでしょうか?」

「試した事が無いのでわかりません。それにあのスキル、僕が能動的に発動出来るものでは無いですし……」

「中村さん」


四方木さんが、僕の言葉をさえぎった。


「我々にだけ種明かし、してもらうわけにはいかないですかね?」

「種明かしも何も、これが全てです」


もうここは、知らぬ存ぜぬで突っぱねるしかない。


「そうですか……」


四方木さんが、ソファにどっかともたれかかった。


「それじゃあ、一つだけご協力頂けないですか?」

「協力、ですか?」

「はい。ほら、魔導電磁投射銃、理由も聞かずに特例でお貸ししたじゃ無いですか。それも御考慮頂ければ」


まあ確かに助かったのは事実だし、可能な範囲なら、協力するのは、やぶさかではないけれど。


「内容、教えて頂いてもいいですか?」

「そんなに難しい事じゃ無いんですよ。ただ今夜はこのままウチにお泊り頂きまして、明日は朝からお出掛けして頂いても構わないのですが、1時間に1度、ウチに定時連絡を入れて頂ければ、と」


それは一種の“軟禁”というやつでは?


「そうしなければいけない理由、聞かせてもらってもいいですか?」


僕の言葉にけんを感じ取ったのだろう。

四方木さんが、まあまあといった雰囲気で言葉を返してきた。


「もしかして勘違いされてらっしゃるかもですが、これは中村さんに向けられている斎原様の疑念をかわすためのご提案です」

「斎原さんの疑念を躱す?」


確かに先程四方木さんは、斎原さんが、僕に疑いの目を向けていると話してはいた。

しかし僕が軟禁される事と、斎原さんから向けられているという疑念を躱す事と、どう結びつくのだろうか?


「実は斎原様、明日、自らクランのA級達を率いて、ベレトを討伐されるおつもりなんですよ。ですから、その間、中村さんが我々と常に連絡が取れる状態にあった事が、後から証明できれば、もし万一、ベレトが何らかの理由で消滅していたとしても、少なくとも中村さんの関与の可能性は否定されるってわけです」


そうだろうか?


「四方木さんは、僕が富士第一内部に直接転移出来るのでは? って疑っているんですよね? なら僕を“軟禁”したとしても、ベレトを斃しに行けないって証明にはならないんじゃないですか?」

「軟禁なんてとんでもない。せめて行動確認って言葉をお使い下さい。あと、中村さんの転移能力についてですけどね。知っているのは、私に真田、それと更科の三人だけです。桂木長官にも報告は上げていません。ですから当然、斎原様もご存知ないはずです。それに……」


四方木さんが意味ありげな笑みを浮かべた。


「我々、何も監視カメラを使ってまで、中村さんを見張ろう、なんて考えは持っておりませんのでご安心下さい。つまり、パフォーマンスです」

「パフォーマンス?」

「ここから先は、私の独り言です」


四方木さんが、僕の反応を確認するかの如く一度言葉を切った。


「我々が“斎原様からの内々ないないの要請通り”、中村さんの行動確認を取っていたにもかかわらず、ベレトが謎の消滅を遂げてしまった。斎原様のゲートキーパー戦は空振りに終わり、褒賞金も当然支払われなかった。結果的に、均衡調整課のふところは痛む事無く、富士第一の探査がまた一歩前進した……」


四方木さんが、なぜか“どうでしょう?”といった雰囲気で僕に視線を向けて来た。

……あれ?

もしかして?


「その言い方だと、均衡調整課としては、ゲートキーパーが謎の消滅を遂げたとしても、気にしないって聞こえますが」


四方木さんが、わざとらしく驚いたような顔になった。


「気にするのは、理由不明な時だけです。誰が斃したか分かっていれば別に気にする必要なんて無いと思いませんか? あ、ご安心下さい。私ども、その誰かさんが何の目的でゲートキーパー斃して回っているのか、ご本人が直接説明して下さる気になるまで待つ位の忍耐力は、持ち合わせておりますので」


僕と四方木さんの視線が交錯した。

彼の瞳の奥に、底知れない何かを感じた気がした僕は、そっと視線を外してしまった。


「……一応、四方木さんが僕を今夜泊めようと思っていた部屋、見せてもらってもいいですか?」

「もちろんです。早速ご案内しましょう」


四方木さんはソファから立ち上がると、僕を促した。


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