第360話 F級の僕は、トゥマの街の英雄にされる


6月15日 月曜日18



午後4時前、トゥマの街に戻って来た僕やユーリヤさんを、筆頭政務官のシードルさんや街の有力者達、それに住民達も合わせて大勢の人々が出迎えてくれた。


「殿下、お帰りなさいませ」

「勇士殿、お待ちしておりましたぞ」


オロバスから降り立った僕等に笑顔で話しかけて来る彼等の姿を見ていると、改めて街が防衛された事を実感出来た。

ユーリヤさんがシードルさん達と会話を交わしているのを横目で眺めていると、後ろから声を掛けられた。


「勇士殿が最後だぞ」


振り返ると冒険者ギルドのマスター、マカールさんだった。

最後?

その言葉に一瞬頭をひねったけれど、すぐに思い当たった僕はインベントリから、今朝受け取っていた黄銅色の金属板――戦果記録票第343話――を取り出した。


「コレの事ですかね?」


僕が手にした戦果記録表を目にしたマカールさんが、ニヤリと笑いながらうなずいた。


「そうだ。もう他の冒険者達のは回収して確認済みだ。ちなみに今のところトップは、【白銀の群狼】ってパーティーだ。やつら、ウチトゥマでも最強クラスのパーティーだからな。今回も大暴れしてくれたんだが、どれ、勇士殿は……」


僕の差し出した戦果記録票に刻み込まれた内容を確認しようとしたマカールさんが目をいた。


「な、なんじゃこりゃ!?」


マカールさんの上げた素っ頓狂な大声に、ユーリヤさん達までもが振り向いた。

そういや色々あって、戦果記録票、コボルト達を斃した後、確認していなかったな。


「どうかしましたか?」


問いかけてみると、マカールさんが黙って僕に戦果記録票の、本来なら斃したモンスター名等が刻み込まれているはずの面を見せてくれた。


あれ?

何も刻まれていない?

モンスター、それなりの数、斃さなかったっけ……?

あ、いや、よく見ると、貰った時には鏡面仕上げの如く輝いていた面が、なぜかくすんだ鈍色にびいろに変化している。

僕等のやりとりに関心を持ったらしいユーリヤさんやシードルさん達も僕の戦果記録票を覗き込んできた。


「どうなっているんですかね~」


何かの手違いか、僕の戦果記録票自体の不具合で、斃したはずのモンスター、記録されなかった?

まあ別段、英雄願望みたいなのも無いし、是が非でも挙げた戦功に報いてもらいたいって事も無いんだけど。


シードルさんが、僕に視線を向けて来た。

彼の目には、なぜか畏怖の念が宿っているように見えた。


「あなた様は……一体……?」

「え~と、どうかしましたか?」


若干不安になりながら問いかけた僕の言葉に、ユーリヤさんが答えてくれた。


「さすがはタカシ殿。戦果記録票が元々放っていたはずの光沢を失わせる程の、大量のモンスターの名前等が、肉眼では確認出来ないレベルで刻み込まれています」

「そうだったんですね……」

「斃したモンスターの総数等、正確な一覧を確認するには、より詳細に解析する必要があるでしょう。ですが私の見るところ、恐らくその数、数百体は下らないかと」


ユーリヤさんの言葉に、集まっていた人々がどよめいた。


「数百体!?」

「本当か!?」

「しかし殿下のお言葉だぞ……」


皆、驚いてくれてはいるけれど。

まああれだけ派手に暴れ回ったのだから、数百体レベルで斃していてもおかしくは無いだろう。

なにしろ、あの戦場には数千体のモンスター達がうごめいていた。

しかも僕が召喚門を破壊するまでは、さらに増援がやってきていた可能性も有るわけだし。


ユーリヤさんが破顔した。


「タカシ殿、これを普通と思うのは、さすがに感覚がずれていると言われてしまいますよ?」

「そうですか?」


レベル56の時にもレベル45のウォーキングヴァイン500体を殲滅――まあ、ノエミちゃん光の巫女精霊支援魔法ありの状態だったけれど――した事があった第47話

今はレベル105だし、戦闘中はカロンの小瓶でステータス倍増させていたし、ララノアもターリ・ナハもいたし、途中からはアルラトゥも加わってくれたし、レベル80代以下程度のモンスター数百体なら、斃せて当然のはずなんだけど……


「いいですか?」


ユーリヤさんが皆にも聞こえるような大きな声で話し始めた。


「既に解析の終わっている他の冒険者達の戦果記録票から勘案するに、襲撃して来た敵モンスター達のレベル帯は、レベル50代のコボルト達とレベル103のブラックサラタン達を除けば、レベル63からレベル84。このクラスのモンスター達を、あの戦場で、数百体レベルで、例えパーティーを組んでいたとしても、易々と狩れる者は少なくとも帝国には存在しません」



―――おおおおおお!



地鳴りのような歓声が沸き上がった。



―――英雄だ! 英雄の誕生だ!



「えっ?」



―――神がトゥマの街を護る為におつかわし下さったに違いない!



「あ、いやちょっと?」



―――英雄タカシ万歳!



「あ、だから……あれ?」


今まで浴びた事の無い嵐のような賞賛の言葉に僕は戸惑った。

助け船を求めるつもりでユーリヤさんに視線を向けると彼女がにっこり微笑んだ。


……うん、何回か同じ種類の笑顔は見てきたから分かる。

アレはこの機に便乗して何か企んでいる悪い笑顔だ。


果たして街にユーリヤさんの大音声がとどろいた。



「「トゥマの民よ! 今日この街に英雄が誕生した。その名はタカシ! (あ、ちょっとこれ以上目立つのは……)ルーメルよりこの地に至りし冒険者にして、私の良き友人でもある! (皇太女殿下のご友人って……)彼の者、単騎にて(いやだから単騎で戦ったのは、ブラックサラタン戦のみですって!)モンスター数百体をほふり、召喚門を破壊した。その武勇と英知は、いにしえの勇者にも匹敵するものだ! (……なんか、もうどうでもよくなってきた……)今宵は街を挙げて、我らの勝利と英雄の誕生を大いにしゅくそうではないか!」」



―――万歳! 英雄タカシ万歳!



―――帝国万歳! 皇太女殿下万歳!



何度も沸き上がる大歓声の中、ユーリヤさんが、つつっと僕の傍までやって来た。

彼女は悪戯っぽい笑顔でささやいてきた。


「ごめんなさい。我等が英雄さん」


僕は彼女を軽く睨んだ。


「コレ、貸しにしておきますね?」


まあどうせ、僕を“英雄”に祭り上げる事で、“友人”で共に街を護り抜いた皇太女である自身の権威を高めておきたいって思惑が有るんだと思うし。


「あら? どうやって返しましょう?」


ユーリヤさんが、わざとらしくすっとぼけた感じで言葉を返してきた。


「それでは、“エレシュキガル”と戦う時に色々……」


言い終わる前にユーリヤさんが言葉をかぶせてきた。


「それは元々のお約束です。それ位ではこれ程大きな借りを返した事にはなりませんよ?」


あれ?

ならば別に何か便宜でも図ってくれるつもりだったのだろうか?

それならそれで、僕としてはありがたい話だけど。


僕は冗談半分で問い掛けてみた。


「ではどんな形でお返ししてもらえるんでしょうか?」

「例えば……」


ユーリヤさんが少し顎を上げて考える素振りを見せた後、言葉を繋いできた。


「私自身……とか?」

「え?」

「あら? そんなに不良物件でも無いとは思いますよ? 私が無事帝位を継げば、あなたは皇配として帝国の頂点に共に立つ事が出来るわけですし」

「あ、いやそれは……」


冗談か本気か判断がつきかねて、目が思わず泳いでしまった。

と、不意に誰かに袖を強く引かれた。

視線を向けると、僕の袖を引くララノアの小さな手が見えた。


「す、すみま……せん……」


うつむいたままララノアが謝ってきた。


「どうしたの?」

「つ、つまずいて……咄嗟とっさに……」


ララノアはなぜかユーリヤさんにチラっと視線を向けた後、うつむいたまま僕の袖から手を離した。


「大丈夫?」

「は、はい……」


僕等のやり取りを見ていたユーリヤさんが、僕に声を掛けてきた。


「そうそう、今夜は私達全員、シードル殿の屋敷に泊めて頂ける事になりました」

「そうなんですね」

「私はもう少しここに残って、皆と今後について協議してから、恐らくシードル殿と一緒に屋敷に向かいます。タカシ殿はどうしますか?」

「僕は……」


現状、クリスさんやアリア達がトゥマに到着するまでは、特にやる事も無い。

あ、魔導電磁投射銃、今日中に均衡調整課に返しに行くって約束していたっけ?


「ちょっと済ませておきたい用事があるんで、終わったらシードルさんの屋敷に向かいますね」


街の筆頭政務官だし、屋敷の位置は、住民に聞けばすぐ分かるだろう。


「分かりました。では、ララノア」


ユーリヤさんは、なぜかララノアに声を掛けてきた。

ララノアが一瞬ピクっと肩を震わせてから、慌てて臣礼を取った。


「あなたが責任を持って、英雄殿をシードル殿の屋敷までお連れするのです。いいですね?」

「か、かしこまり……ました……」



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