第353話 F級の僕は、ララノアから懸念を伝えられる


6月15日 月曜日11



僕はララノアと並んで城壁を降り、通りを宿に向かって歩き出した。

城壁外の混乱が嘘のように、街中は静まり返っていた。

僕等以外、誰もいない通りをしばらく進むと、ララノアがおずおずといった感じで話しかけてきた。


「あの……さっき……指揮官……」

「指揮官?」


ララノアは召喚門の位置は感知出来たけれど、結局、指揮官の位置を感知する事は出来なかった。

その事を気にしているのであろうか?


「まあ、色々結界とか張られていたからね。感知出来なくても仕方ないよ」


慰め半分で声を掛けたけれど、ララノアが首を振った。


「あの……初めから……あの……」

「初めから?」

「あの……いない……多分……召喚門の……傍……」

「!」


いない?

もしかして……


「つまり、あのモンスターの大群を率いていたはずの指揮官は、最初から召喚門の傍にはいなかったって事?」


ララノアが頷いた。


どういう事だろうか?

召喚門について教えてくれたアルラトゥは、召喚門の使用者、つまり指揮官が召喚門の傍に居る可能性が高いと話していたけれど……


「召喚門って、傍にいなくても使用出来たりする?」

「す、すみま……せん……詳しくは……」


ララノアが消え入りそうな声を出しながら俯いてしまった。

僕の質問に答えられない事を気にしている?

僕は彼女を安心させようと、出来るだけ優しい声で話しかけた。


「あ、気にしないで。僕なんか、召喚門なんてモノが存在する事さえ知らなかったんだから」


ララノアが顔を上げた。


「あの……アルラトゥ……」

「アルラトゥ? 彼女がどうかした?」


どうしていきなりアルラトゥの話を持ち出してきたのだろうか?


「あ、もしかして、彼女に召喚門とそれを使用していた指揮官について、もっと詳しく話を聞いてみた方がいい、とか?」


少なくとも、彼女は僕等よりも召喚門について詳しそうだった。


「ちが……あの……」

「?」


なんだろう?

ララノアの口下手さに、より磨きがかかってしまっているような?

そのままララノアの次の言葉を待っていると、彼女が意を決したように切り出した。


「アルラトゥ……ご主人様……転移中も……魔力……」

「転移中って、僕が魔導電磁投射銃……あ、召喚門を破壊した武器の事なんだけどね」


僕は背中に背負う電磁投射銃に右手で触れながら言葉を続けた。


「コレ、取りに行った時の事?」


ララノアが頷いた。


「魔力……秘かに……」

「こっそり魔力を使っていたって事? でもそれは、モンスターを魔力で……」


……攻撃して、陰ながら皆の手助けをしていたのでは? と言いかけて言葉を飲み込んだ。

彼女は、攻撃魔法を使用出来ないと語っていた。

僕の知る限り、彼女が可能なのは、強力な防御結界を張り、他者に魔力を付与する事のみ。

まあ、僕に告げていないだけで、他にも色々出来るのかもしれないけれど。


「モンスターの攻撃から城壁の上の人達を護る為に、気付かれないような形で防御結界を展開していた、とか?」


ララノアも一緒に街を歩いた時、僕を防御魔法で護ろうと第338話してくれたわけだし。


ところがララノアが首を振った、


「多分……違う……防御結界じゃ……ない……」

「なら、何か僕等に気付かれない形で、魔力を使って街を護ろうとしてくれていたんじゃないのかな?」


ララノアがもどかしそうな雰囲気になった。


「あの……その……モンスターの攻撃……」

「モンスターの攻撃?」

「一緒に……外……アルラトゥ……防御結界……モンスターの攻撃……おかしい……」


ララノアの雰囲気と途切れがちな言葉を聞いている内に、僕の中にある疑念が沸き上がって来た。


「もしかして、アルラトゥに違和感を抱いている?」


ララノアが頷いた。

僕はアルラトゥの防御結界に護られながらモンスター達と戦った時の事を、改めて思い起こしてみた。

あの時、街の外で戦っていたのは僕等だけだった。

しかも【影】を使った陽動も行っていなかった。

【隠密】状態でも無かったから、当然、モンスター数千の攻撃が僕等に集中してもおかしくない状況だった。

しかし実際は、アルラトゥの防御結界の外側を、視界を埋め尽くすような凄まじい攻撃の嵐が吹き荒れ、進むのに苦労する、といった状況には陥らなかった。


アルラトゥが、僕等に向けられるモンスター達の攻撃をコントロールしていた?

もしそうだとすると、モンスター数千を指揮していたのは……


僕はふいに沸き上がった疑念に戸惑った。

いやいくらなんでも考え過ぎか?

アルラトゥはダークエルフだ。

魔族でも無い彼女が、モンスター数千を一人で指揮する事は不可能なはず。

僕等にモンスター達の攻撃が集中しなかったのは、城壁の上から僕等を援護するため放たれていた攻撃のお陰かもしれないし、もともとアルラトゥの展開してくれた防御結界が、僕等への注意を逸らす効果も兼ね備えていたのかもしれないし。

それにアルラトゥは、僕等がレイス20体の魔法攻撃を受け、危機に陥っていた時、命を救ってくれた。


「考え過ぎ……じゃ無いかな?」

「考え……過ぎ……?」


ララノアがうつむいた。


「ララノアとしては、アルラトゥが実は……モンスター数千の指揮を取っていたって考えている?」


僕は自分が抱いた疑念をそのまま彼女にぶつけてみた。

ララノアはうつむいたまま答えない。

しかし少なくとも、首を横に振らないという事は、彼女もまた同じ考えに至っているって事だろう。


「でも、もしアルラトゥが敵の指揮官だったら色々変じゃ無いかな?」

「変……?」

「彼女は召喚門について色々教えてくれた。だからこそ、僕はこの魔導電磁投射銃を用意出来て、召喚門を破壊する事が出来たんだ。その結果、数千ものモンスター達は勝手に殺し合いを始めて、自滅しようとしている。もし彼女が敵の指揮官なら、自分の作戦を破綻させるような情報を、わざわざ僕等に教えるかな?」

「それは……でも……その……」


ララノアはうつむいたまま固まってしまった。



程なくして、宿屋に到着した。

扉を開けて中に入ると、カウンター傍に集まっていた宿の主人と従業員達が、ぎょっとしたような顔でこちらを振り向いた。


「すみません、驚かせてしまいまして」


入って来たのが昨晩宿に泊まっていた僕等だと気付いたらしい彼等の表情が緩んだ。


「確か、ユーリヤ様のお連れの方、でしたよね。どうなさいましたか?」


宿の主人が言葉を返してきた。

“ユーリヤ様”とはっきり口にしている所を見ると、彼等もまた、彼女の素性を知っている、という事だろう。


「忘れ物をしてしまったみたいで。もう一度、部屋に入ってもいいですか?」

「どうぞどうぞ」


宿の主人自らカギを持って、僕等を昨晩宿泊した2階の部屋へと案内してくれた。

カギを開けてもらい、部屋の中に入った僕は、ララノアに問いかけた。


「忘れ物、探していいよ」


しかし彼女はもじもじしたまま動かない。


「どうしたの?」


問いかけてから、僕の中にある推測が浮かんできた。

僕は小声でささやいた。


「もしかして、僕と二人きりで話をしたかった?」


ララノアが小さく頷いた。

どうやら宿屋に忘れ物云々は口実で、実際は、彼女がアルラトゥに対して抱いた懸念を僕に伝える機会を作りたかっただけらしい。

だから、アルラトゥがついて来ようとした時、断ったんだな……


僕はララノアに囁いた。


「でもアルラトゥについて注意喚起してくれてありがとう。僕も気を付けるようにするからさ、今後も何か気付いたら教えてね。君の事は本当に頼りにしているから」


僕の言葉を聞いたララノアの表情がようやく和らいだ。

僕は部屋を出て廊下で待っていてくれた宿の主人に話しかけた。


「すみません、忘れ物は勘違いだったみたいです」

「何をお忘れか教えて頂ければ、もし後から見つかった時、お知らせしますよ」

「大丈夫です。無くてもそんなには困らないモノなので」


一緒に階下に下りて行くと、従業員の女性が不安そうに声を掛けてきた。


「今、外はどうなっているのでしょうか?」


街に数千のモンスターが押し寄せて来ているって情報は、住民皆が知るところとなっている。

彼女の不安は、住民全員に共通の感情のはずだ。

僕は彼女を安心させようと笑顔で答えた。


「僕等がこうして忘れ物を取りに来られる位には、街は安全だと思いますよ」


彼女と同僚たちの間に笑顔が広がった。


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