第352話 F級の僕は、敵の指揮官について考察する


6月15日 月曜日10



「よくぞ御無事で!」


街まで戻ると、ユーリヤさんや筆頭政務官のシードルさん、それに冒険者ギルドのマスター、マカールさん他、町の有力者達が総出で出迎えてくれた。

ユーリヤさんが問いかけてきた。


「先程、モンスターの大群の奥で凄まじい閃光と爆発が起こりましたが、あれは?」


僕の魔導電磁投射銃での攻撃、或いはその後に4体の地竜達が放った力の奔流の事であろうか?

僕は召喚門を破壊した事、指揮官と思われる存在は生死不明だけど、状況から逃れ去った可能性が高い事、そして召喚門を支えていた4体の地竜達が、他のモンスター達を攻撃し始めた事等を説明した。


「なるほど。それで今、あのような状態に陥っているのですね」


僕の話を聞き終えたユーリヤさんが、何かに納得したような顔になった。


「あのような状態?」


首を傾げる僕に、ユーリヤさんが微笑んだ、


「実際に見てもらった方が早いかと」


ユーリヤさんの案内で城壁の上に登った僕は、見える情景に思わず目を見開いた。

城壁の外の状況は、僕が召喚門を破壊するために出撃する前と一変していた。

相変わらず無数のモンスター達が街の外を埋め尽くしているものの、街を攻撃してきている個体は1体も確認出来ない。

代わりに、彼等はお互いがお互いを攻撃しあっていた。

雄叫び、咆哮、展開される魔法陣、爆発、そしてキラキラ輝きながら光の粒子となって消えていくモンスター達。

今やモンスターの大群は、大混乱に陥っているように見えた。

城壁の上に陣取る冒険者や衛兵達は、ただ状況をじっと見守っているのみ。


隣に立つユーリヤさんが、僕に説明してくれた。


「最初の爆発と閃光……恐らくタカシ殿が召喚門を破壊してくれた直後から、モンスター達の行動に、明らかな異常が生じ始めました。彼等がお互いに殺し合ってくれるのならこちらにとっては好都合。今はこちらからの攻撃は手控えて、モンスター達が自滅してくれるのを待っているところです」


殺し合い、生き残ったモンスター達が、それでも退却せずに街の外に留まるのなら、その時こそ総攻撃を加えて殲滅するつもりだ、とも語ってくれた。

話をしている間も、街の外のモンスター達は、ひたすら殺し合いを続け、見る見るうちにその数を減らしていく。

しばらくじっと状況を見守っていた僕の心の中に、再び先程と同じ違和感が沸き上がって来た。


何者かは不明だけれど、敵の指揮官はコボルト達を前衛に立て、隠密裏に召喚門を用意して数千に及ぶモンスター達をこの地に転移させた。

それは今回のモンスター達によるトゥマの街への攻撃が、周到な事前準備の下、実施された事を示しているのではないだろうか?

状況から判断すれば、攻撃してきたのは、“エレシュキガル”率いる解放者リベルタティスに属する何者か、であろう。

召喚門自体も、接近する者をランダム転移させ、相当強力な魔法攻撃にも耐えられる結界によって護られていた。

それなのに、僕が召喚門を破壊した瞬間、このていたらくというのは、余りにお粗末では無いだろうか?


敵の指揮官は本当にどうなった?


僕がアク・イールや桧山のようなモンスターではない“人間”を殺した時も、それを知らせるポップアップが立ち上がった。

しかし今回はそうしたポップアップを目にしていない。

と言う事は、指揮官はまだ死んではいない可能性が極めて高い。

にもかかわらず、モンスター達の制御は外れ、本能のおもむくまま殺し合う事態に陥っている。


アルラトゥは、敵の指揮官がモンスターの制御を放棄して逃げ去った可能性についても言及していた。

しかしそれも考えれば変な話だ。

これほど大規模な攻撃を周到に準備した挙句、僕と一戦も交える事無く逃げ去ったりするものだろうか?

もし万一、正面切って僕と戦うと敗北すると考えて一時的に退避したのなら、機を見てまた舞い戻って、モンスター達の制御を再開しようとするのではないだろうか?

だけど眼下に見えるモンスター達は、既に初めの10分の1程度まで減少しているにも関わらず、相変わらず互いに殺し合いを続けるのみ。


僕は隣でやはり城壁の外に視線を向けているターリ・ナハ、ララノア、そしてアルラトゥ達に聞いてみた。


「敵の指揮官は、モンスター達をどうやって制御していたんだろう?」


僕の問い掛けに、ターリ・ナハが答えてくれた。


「もし魔族であれば、種族の特徴として、自分よりレベルの低いモンスターを制御する事が可能です」


その話は以前第172話、魔族であるエレンからも聞いた事がある。


「それって、数千体レベルで制御可能なのかな?」

「かつて魔王エレシュキガルが世界を紅蓮の炎に包まんとした時、多くの村や街が、一人或いは少数の魔族に率いられた何千何万ものモンスターの大群に蹂躙されたと聞いております」


500年前のあの世界で、3,000体のアンデッドモンスターの大群――正確には召喚されたものだったとは思うけれど――を率いていたのは、ただ一人の魔族だった第154話


「魔族以外が、モンスターを制御したりって出来るのかな?」


ターリ・ナハが首を捻り、代わってアルラトゥが口を開いた。


「魔族以外の種族がモンスターを制御するには、基本的には召喚やテイムのスキルを使用しなければならないかと」


テイム。

富士第一で、S級の伝田さんは、16体のエンシャントドラゴンをテイムして操っていた第201話


「ですが召喚するにせよ、テイムするにせよ、伝説級の術者でも制御できるのは、せいぜい数十体が限界のはずでございます」


だとすれば、魔族以外が、スキルだけで数千体のモンスターを制御するには、100人単位の術者が必要になる計算だ。


アルラトゥが言葉を続けた。


「私が愚考しますに、やはり召喚門自体が、モンスター制御のかなめとなっていたのではないでしょうか?」


敵の指揮官は、召喚門頼みでモンスターの制御を行っていた。

だからこそ、召喚門を厳重に結界で護っていた。

その召喚門を破壊された事で、モンスターの制御が不可能になり、戦意を喪失し、逃走した。

理屈としては通るけれど……


と、ふいに誰かに袖をくいっと引かれた。

見るとララノアだった。


「どうしたの?」


僕の問い掛けに、ララノアがぼそぼそ小さな声で話し始めた。


「へ、部屋に……忘れ……物……」

「忘れ物?」


急に何の話だろうか?


「宿屋の……部屋……に……」


つまり、今になって急に、宿屋の部屋に何かを忘れてきたのを思い出した?

若干場違いなララノアの発言に、思わず笑みがこぼれ出た。


「いいよ、取っておいで。待っているから」


しかしララノアは掴んだ袖を離さない。


「あの……奴隷……だけだと……部屋に……」


う~ん、奴隷だけだと、宿の部屋に入れてもらえない、とか?


「分かったよ。でもちょっと待ってね」


僕は、近くで城壁の外に視線を向けながら、シードルさん達と言葉を交わしているユーリヤさんに呼びかけた。


「すみません、ちょっと宿屋の部屋、見に行ってきてもいいですか?」


ユーリヤさんが、こちらに顔を向けて来た。


「どうしました?」

「実はララノアが忘れ物をしてきたらしくて」

「分かりました。今のところ、特にタカシ殿の手をわずらわせるような状況でもありませんし」

「出来るだけ急いで帰ってきますね」


そしてララノアに声を掛けた。


「じゃあ行こうか」


そのまま歩き出そうとすると、またすぐにララノアに袖を引かれた。

彼女が囁いてきた。


「私……だけ……」

「君だけ?」

「あの……他の……方は……ここに……」


振り返ると当然ながら、ターリ・ナハとアルラトゥの二人も僕等について来ようとしている。

ララノア的には、僕は仕方が無いにしても、他の二人をわざわざ自分の用事に付き合わせるのは申し訳ない、とか思っている?


僕は二人に声を掛けた。


「ここで待っていて。すぐに帰って来るから」

「分かりました」

「かしこまりました。お気を付けて」


二人に見送られ、僕とララノアは改めて、昨晩宿泊した宿屋に向けて歩き出した。


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