第350話 F級の僕は、鈴木に借りを作ってしまう


6月15日 月曜日8



駐輪場に停めてあった自分のスクーターにまたがった僕は、セルを回そうとした。



―――キュルルルルゥゥゥ……



しかしセルは力ない余韻を残して回らなかった。

……?

ああっ!

そうだった!

ガス欠していた第339話んだった!

どうする?

このまま均衡調整課まで走るか?

それとも、人目を引く事覚悟でオロバス召喚する?

いや、そもそもオロバス、公道走らせたら道交法違反とかなるんじゃ……


若干論理がずれた方向に悩みが向かいかけたところで、鈴木が近付いてきた。


「どこ行くんだよ?」


僕は鈴木を無視して、無駄な努力と分かりつつ再びセルを回してみた。



―――キュルルルルゥゥゥ……



「くそっ!」


思わず悪態が口をついた。


「もしかして、セル、回らないのか?」


僕は鈴木をジロリと睨んだ。


「お前には関係ない」


鈴木は一瞬、ひるんだような表情になったけれど、なお話しかけてきた。


「……何か急ぎの用か?」

「そうだよ! 見りゃ分かるだろ!」


怒鳴っても何の解決にもならないのは重々承知だけど、勝手に声が大きくなった。

鈴木は少し考える素振りを見せた後、右手を差し出してきた。


「これ、貸してやるよ」

「えっ?」


彼女の右手には、スクーターのカギらしき物が握られていた。


「よく分からないけど、急いでいるんだろ? 乗ってけよ」


どうやら自分のスクーターを貸してくれようとしている?

チラッと駐輪場の脇に目を向けると、押熊第一の駐車場でも目にしたベージュのくたびれた感じのスクーターが停められているのが見えた。

時間も無いし、他に選択肢は無さそうだ。

少し躊躇した後、僕は鈴木の右手からスクーターのカギを受け取った。


「……今から均衡調整課に行く。ここには当分戻って来ない。カギは均衡調整課に預けておくから、後で、自力で取りに行ってもらわないといけないけれど……それでもいいか?」


鈴木がニヤリと笑った。


「別に構わないぜ? 一つ貸しにしておくからよっ!」


こいつに借りを作るのは、正直、滅茶苦茶嫌なんだけど、背に腹は代えられない。


「……一応、礼は言っておく。ありがとう」


僕は鈴木に見送られながら、彼女のスクーターを始動させた。



均衡調整課の入る総合庁舎へは15分程度で到着した。

僕は駐輪場に鈴木のスクーターを停めると、そのまま均衡調整課併設の装備品販売店へと急いだ。

店内のカウンターには、僕の顔見知りの若い男性職員が座っていた。

僕は挨拶もそこそこに切り出した。


「四方木さん、呼んでもらってもいいですか?」


そのまま待つ事数分、四方木さんがにこにこしながらやって来た。


「やあやあ中村さん、ご無沙汰しております。お元気でした?」


四方木さんと最後に顔を合わせたのは、6月7日第266話

斎原さん率いるクラン蜃気楼ミラージュの93層ゲートキーパー討伐戦――実際は、ゲートキーパー謎の失踪が判明しただけだったけれど――以来だから、8日ぶりだ。


「お陰様で。それで今日はお願いがあって来たのですが」

「ほうほう、中村さんがわざわざお願いしに来るなんて、珍しい事もあるものですな」


はやる心を何とか抑え込みながら、僕は用件を切り出した。


「魔導電磁投射銃を……お借り出来ないですか?」


四方木さんの目が細くなった。


「その話、あちらで詳しくお聞かせ頂きましょうか?」


四方木さんが、販売店の奥、特別室への扉に視線を向けた。



特別室は、表の販売店とは異なり、A級とS級向けの武器や防具のショールームになっている。

僕が前回初めて訪れた時第113話と同様、静かなクラシック系のBGMが流れる中、床にはふかふかした絨毯が敷き詰められ、天井からはシャンデリアが下がっている。

ソファに腰掛け、更科さんが入れてくれたアイスコーヒーに口をつける僕に、向かいに腰掛けた四方木さんがたずねてきた。


「それで、魔導電磁投射銃をお求めの理由、お聞きしてもいいですか?」

「すみません、今日中に必ず返しに来ますので、何も聞かずに貸して頂くわけにはいかないですか?」

「中村さん……」


四方木さんが探るような視線を向けて来た。


「まさかとは思いますが、チベット旅行……なんて、ご計画じゃ無いですよね?」


チベット……

どうやら四方木さんは勘違いしているようだ。


「ご安心下さい。チベットにもミッドウェイにも、今のところ、旅行計画立てたりしていませんので」

「でしたらせめて理由、お聞かせ頂けないですか?」


理由……

まさか、異世界イスディフイで現在進行中の、モンスター数千によるトゥマ攻撃の局面を変えるためにお借りしたい、なんて説明する訳にいかないし……

しかし気ばかり焦って、うまい言い訳が思いつかない。


僕は頭を下げた。


「今まで均衡調整課絡みの仕事、断らずに全て引き受けて来ました。その報酬代わりって事で、何とかならないですか?」


数秒の沈黙の後、ふっと四方木さんが息を吐くのが聞こえた。


「分かりました。今回は特例でお貸ししましょう」


僕は顔を上げた。

ニコニコしている四方木さんと目が合った。

ただその笑顔、どう見ても悪い笑顔だ。

四方木さんが言葉を続けた。


「“ツケ”はいずれ、お支払頂くって事で」



貸出手続きはスムーズに行われた。

以前第132話の借り受け時同様、銃の収められた黒いケースの縁についた丸いボタンに人差し指を押し付けた。

丸いボタン――認証機構――が青く光り、これで僕は、24時間の時限付きで電磁投射銃を目出度く使用可能となった。


「試射してみます?」


四方木さんの言葉に僕は首を振った。

こっち地球に戻って来て、既に30分が過ぎようとしている。

今こうしている間も、向こうの世界イスディフイで、トゥマの街は数千のモンスター達の猛攻にさらされ続けているはず。


「すみません、時間があまり無いのでこの辺で失礼します」


僕は魔導電磁投射銃の収められた黒いケースを抱えると立ち上がった。

そしてそのまま歩き出そうとして……思い出した。

僕はポケットから鈴木のスクーターのカギを取り出した。


危ない。

忘れてこのまま【異世界転移】しに行く所だった。


僕は苦笑いしながら、カギを四方木さんに差し出した。


「すみません。実はここに来る時、知り合いからスクーターを借りたんですよ。鈴木って女の子なんですが、多分、後から取りに来ると思うので、その時はこれ、返してあげて下さい」

「鈴木さん? 下の名前、一応お聞きしておいてもいいですか?」

「下の名前は……」


言いかけて少し固まった。

そう言えば、僕はあの女の事、ほとんど何も知らない。

まあ、知りたくも無いけれど。


「すみません。失念してしまいました。そんなに親しい間柄でも無いので」


四方木さんが少し妙な顔になった。


「親しい間柄では無いけれど、スクーターを貸してくれた、と?」

「すみません、急ぎますので」


僕はそのまま逃げるようにその場を立ち去った。



建物を出た僕は、人目につかなさそうな場所でスキルを発動した。


「【隠密】……」


途端に自身の気配が周囲に溶け込むのが感じ取れた。

これで一応、監視カメラのたぐいから姿を隠せるだろうし、特殊なスキルを使用されない限り、僕の姿は見えなくなったはず。

念のため、さらに別の建物の影に移動した僕は、そこで【異世界転移】のスキルを発動した。



城壁の方から聞こえる喚声と何かの炸裂音以外、ほとんど何の音もしなくなっているトゥマに、僕は無事戻って来た。

住民達は、家の中で息を殺しながらじっとしているのだろう。

大通りにも人影は見当たらない。

結局、40分程留守にしてしまったけれど、現状、街中にモンスターが侵攻といった最悪の事態は防げている様子であった。

僕はインベントリに魔導電磁投射銃を放り込むと、急いでユーリヤさん達の待つ城壁の上を目指した。



「状況に変化はありましたか?」


僕の問い掛けに、ユーリヤさんが首を振った。


「相変わらずです。少なくともタカシ殿が斃した分も含めて、千体以上はほふっているはずなのですが、先程ララノアに確認を取りましたら、モンスターの総数にあまり変化は無いようでした」


やはり斃される端から、あの召喚門を通って、続々と増援がこの地にやってきている、という事だろう。


「分かりました。ただちにあの召喚門を破壊してきます」



召喚したオロバスに、ララノア、アルラトゥの二人と一緒にまたがった僕は、召喚門目指してモンスターの大群の真っただ中に突入した。


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