第349話 F級の僕は、召喚門の存在に気が付く


6月15日 月曜日7



オロバスにまたがり、城門から外に出た僕は後ろにしがみついているララノアにささやいた。


「とりあえず駆け回ってみるから、魔族か誰か、指揮官らしき存在を感知出来たら教えてね」

「お……お任せ……下さい!」


アルラトゥが展開した防御結界が、僕等を包み込むのを確認した後、僕はモンスターの大群の中に突っ込んで行った。

ボティスの大剣を振り回し、駆け回る事15分。

ララノアが囁いた。


「南……に、200m程に……」


南?

しかしその方向には、モンスターが十重二十重とえはたえに充満している姿が見えるのみ。

僕はボティスの大剣でモンスター達を排除しながら、その中を突き進んだ。

周囲から猛烈な攻撃が降り注いでくるけれど、全てアルラトゥが展開してくれている防御結界に阻まれ、僕らまでは届かない。

そのまま100m程進んだけれど、特に変わった物は見えてこない。


「ララノア?」


僕の問い掛けに、少し混乱した様子の声が返ってきた。


「ひ、東……200m?」


乱戦の中、進むべき方向を誤ったのであろうか?

僕はオロバスの向きを変え、太陽の方角、つまり東へと突き進んだけれど、やはりその先には、特に変わった物は発見できない。


もしかして?


僕はスキルを発動した。


「【看破】……」


ふいに、僕等の左手、北の方角の情景が揺らめいた。

そしてその先、300m程離れた地点に、高さ20mはあろうかと思われる巨大な楕円形の鏡?が姿を現した。

巨大な鏡?はこれまた巨大な正方形の板の上に乗せられており、板の四隅は4体の巨大な地竜に支えられていた。

アルラトゥが声を上げた。


「あれは恐らく召喚門です」

「召喚門?」

「召喚門を使用すれば、遠隔地に存在するモンスター等を、術者の力量に従って転移で呼び寄せる事が可能になります」


という事は、この地につどう数千にも及ぶモンスターの大群は、あの巨大な鏡召喚門を通って、この地に転移して来た?

僕はキリル中佐の幕舎内で聞いた話を思い出した。



『早朝、偵察兵が街の南方、タレン山地のコボルト数十匹がスタンピードを起こしてトゥマに向けて接近して来るのを察知した。

その際、周囲十数km以上に渡って、他に追随するモンスター達は存在しない事を確認した』



つまり、“偵察”の後、何者かが召喚門を使用した……

僕はアルラトゥに問いかけた。


「召喚門は、術者の力量に従って作動させる事が出来るんだよね? その術者って、あの召喚門の近くにいるのかな?」

「恐らくそうでございましょう」


そいつがこのモンスターの群れを指揮している?


「とにかく、確かめてみよう」


僕は群がるモンスター達を排除しながら、召喚門に近付こうとした。

しかし、あと100m程で召喚門に辿り着けそうな地点で、前方の景色が揺らぎ、召喚門は蜃気楼のように消えてしまった。


【看破】は発動中だ。

つまり、幻惑魔法か何かの影響は考えられない。


後ろにしがみついているララノアが囁いた。


「て……転移……」

「転移って?」

「しょ、召喚門……結界……近付いた者……辿たどり……着かせない……」


素早く周囲に視線を向けると、召喚門は、今度は僕等から見て南側300m程の位置に“出現”していた。

どうやら召喚門は、近付く者を少し離れた場所に転移させる結界みたいなので護られているようであった。


「どうやったら近付けるかな?」

「す……すみません……」


ララノアが俯いた。


「申し訳ございません。魔法での攻撃なら届くかもしれませんが……」


アルラトゥにも、結界そのものをどうにか出来る心当たりは無さそうであった。

試すとすれば、攻撃魔法って事になるんだろうけれど。

僕のステータスの“使用可能な魔法”の項目には、燦然と“無し”の二文字が輝いている。


「二人の魔法で攻撃出来ないかな?」

「や……やって……みます……」


アルラトゥは、攻撃魔法を習得していないとの事で、ララノアが魔法攻撃を試みる事になった。

詠唱を開始した彼女の全身が輝き、髪が逆立って行く。

そして彼女から凄まじい魔力の奔流が、召喚門目掛けて発せられた。


しかし……


白く一条に伸びた力は、召喚門の手前で何かにはばまれ、霧散してしまった。


ララノアが荒く息をつく。


「す、すみま……せん……と、届き……ません……」


恐らく全力で魔法攻撃を放ったのであろう。

大量のMPを一度に消費したらしいララノアが、オロバスの馬上でふらついた。


「大丈夫?」


慌てて彼女を支えた僕は、そのまま抱き上げて、自分の前でオロバスにまたがらせた。


「後ろから支えておいてあげるよ」


彼女のお腹に手を回して彼女を支えながら、僕はアルラトゥに問いかけた。


「ユーリヤさんのあの大魔法だったら、結界を破れるかな?」


アルラトゥは少し考えてから首を振った。


「ユーリヤ様の放たれた光属性の魔法攻撃力、特殊な魔法陣で20万少々まで増幅されておりました。ですが恐らくあの結界を破るには、それを上回る、一度に30万を超える魔法攻撃力が必要になると感じます」

「なら、ユーリヤさん含めて、攻撃魔法を使える者達総出で、あの召喚門を攻撃してもらうしかないかな?」

「それも難しいかと。まず、城壁からここまで数km近く離れております。それほど遠くに届くのは、大魔法のたぐいになりますが、準備には相当な日数を要するでしょう。かと言って、攻撃魔法の使い手数十人をここまで連れて来るのは現実的では無いかと愚考致します」


ここはレベル80オーバーが混じるモンスター数千の真っただ中だ。

攻撃魔法の使い手達がどれほどのレベルか分からないけれど、彼等数十人を連れて、街とこの場所とを安全に往復させるのは至難の業だろう。


どうする?

30万以上の魔法攻撃力、どうやって捻出……

あっ!


「アルラトゥ、確認だけど、さっき僕に付与してくれたMP{+2000}、時間制限ってあるの?」

「はい。恐らくあと1時間程度で効果が切れます。再度付与させて頂くには、20時間のクールタイムが必要となります」


なるほど。

ならば1時間以内なら、30万を超える魔法攻撃が調達可能かもしれない。


「一度戻ろう」


僕はオロバスを駆り、再び街へと駆け戻った。



街まで戻った僕は、僕等の無事を喜んでくれたユーリヤさんはじめ、町の有力者達に、街の外の状況について説明した。


「……つまり、その召喚門、或いはその傍に居るであろう術者ないし指揮官を斃さねば、モンスターどもはいくらでも湧いて出る可能性がある、という事だな?」


仕立ての良い服を身にまとった初老の男性、筆頭政務官のシードルさんが、僕の言葉に難しい顔になった。

僕は一応、彼等にたずねてみた。


「城壁から召喚門目掛けて、30万以上の魔法攻撃を行う方法って、ありますか?」

「30万という数値だけなら、攻撃魔法の使い手を数十人集めれば恐らく可能だが、距離が……」


やはり数km隔てた遠距離での魔法攻撃は、大魔法を使用しない限り不可能らしい。


僕はユーリヤさんに囁いた。


「ちょっと相談が?」

「なんでしょう?」

「“倉庫”から取ってきたい物があるんです」


ユーリヤさんの目がキラリと光った。


「つまり、30万以上の魔法攻撃が可能な武器……をお持ちというわけですね?」


さすがはユーリヤさん。

物と聞いただけで武器を連想するあたり、頭の回転が速い。


「はい。それで30分程お時間を頂きたいのですが」

「分かりました。タカシ殿が戻るまで、私達でこの街を護り抜いて見せましょう」



彼等に別れを告げた僕は、一人街の物陰へと移動した。

戦いに参加している者達を除いて、住民達は家に閉じこもっており、幸い、周囲に人の気配は感じられない。

ここなら大丈夫だろう。


「【異世界転移】……」



地球のボロアパートに戻って来た僕は、机の上の目覚まし時計を確認した。

時刻は10時32分。

均衡調整課まで、スクーターを飛ばせば20分弱。

目的は当然、知恵のステータス値×充填したMP分の魔法攻撃が可能な“魔導電磁投射銃”だ。

急いで魔導電磁投射銃を借り受けて、多分、部屋に戻って来る時間の猶予は無いだろうから、近くの物陰から【隠密】状態で【異世界転移】して向こうネルガルに戻る。


頭の中で今からの予定を組み立てながら、玄関から外に飛び出した僕は、いきなり声を掛けられた。


「よお、寝過ぎだろ? 何時だと思っているんだ?」


扉の向こう、アパートの2階廊下に、あのD級のヤンキー少女、鈴木が不貞腐ふてくされた感じで座り込んでいた。

いつも通りのぼさぼさ金髪頭に野球帽を乗せ、上はよれよれの脱色したTシャツ、下は黒いショートパンツといった出で立ちだ。


一瞬、戸惑ったけれど、今はこいつに構っている時間は無い。


僕は彼女を無視したまま階段を一段飛ばしで駆け下り、駐輪場に向かった。


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