第348話 F級の僕は、街の中へと撤退する


6月15日 月曜日6



「アルラトゥ、どうしてここへ?」


僕の問い掛けに、レイスの魔法攻撃を凌ぎ切ったらしいアルラトゥが言葉を返してきた。


「後でご説明いたします。今はこの場を急いで離脱しましょう」


周囲を見渡すと、凄まじい数のモンスター達が、僕等目掛けて接近してきているのに気が付いた。


「分かった。ララノア、ターリ・ナハ、急ごう」


僕は街に向けて走り出そうとして……

突然、軽い眩暈めまいを感じてよろめいた。

ターリ・ナハとララノアが慌てた感じで僕の体を支えてくれた。

僕の様子を目にしたアルラトゥが口を開いた。


「MPを消耗したのでは?」


MP……

そう言えば、【影】10体に陽動の指示を出していたけれど、今、【影】達の様子を確認出来なくなっている。

恐らく、MP切れで維持出来なくなった?


僕は、1秒につきMP1を自動回復してくれる『エレンのバンダナ』を頭に巻いている。

少し時間を置けば、【影】複数体を再度呼び出せるようになるけれど……


頭の中でその計算をしていると、アルラトゥが僕に近付き、そっと両手で僕の手を握り締めて来た。

途端に、彼女から僕に膨大な量のMPが供給されてくるのが感じられた。


「アルラトゥ?」


手を握られていたのは、ほんの1~2秒であろうか?

彼女は僕の手を離すと、頭を下げて来た。


「申し訳ございません。緊急時ですので勝手にMPを付与させて頂きました事、お許し下さい」


MPを“付与”?

彼女の言葉使いに若干の違和感を抱いた僕は、自分のステータスウインドウを呼び出してみた。



―――ピロン♪



Lv.105

名前 中村なかむらたかし

性別 男性

年齢 20歳

筋力 1 (+104、+52、+100)

知恵 1 (+104、+52、+100)

耐久 1 (+104、+52、+100)

魔防 0 (+104、+52、+100)

会心 0 (+104、+52、+100)

回避 0 (+104、+52、+100)

HP 10 (+1040、+1040、+520)

MP 0 (+15/104、+104、+52、+10){+2000}

使用可能な魔法 無し

スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】【影分身】【隠密】【スリ】【弓術】【置換】

装備 ボティスの大剣 (攻撃+320)

   エレンのバンダナ (防御+50)

   インベントリの指輪

   月の指輪

効果 1秒ごとにMP1自動回復 (エレンのバンダナ)

   ステータス常に50%上昇 (エレンの祝福)

   即死無効 (エレンの祝福)

   MP10%上昇 (月の指輪)

   HP100%上昇(強壮の小瓶、残り39分11秒)

   MP100%上昇(強壮の小瓶、残り39分11秒)

   全ステータス+100(技能の小瓶、残り39分06秒)



MPが{+2000}されている?


「もしかして、MP2000を僕に付与してくれた?」

「はい。これですぐにご主人様の各種スキルが使用可能になったかと」


それにしてもMP2000をポンと相手に付与出来るなんて凄い。

彼女自身の最大MPはきっととんでもない数値になっているに違いない。

それはともかく、急いで撤退だ。


「【影分身】……」


僕は【影】15体を呼び出した。

【影】1体を維持し続けるのに、1秒につきMP1必要だ。

今僕のMPは、2000 + αだから、2~3分は、MP補充無しで彼等を維持し続ける事が出来る計算だ。

僕は【影】達に周囲から押し寄せるモンスター達を牽制するよう指示を出すと、仲間達と共に、街を目指して全力疾走を開始した。

進行方向、城壁の向こう側から、恐らく僕等を援護するための魔法や遠距離攻撃が放たれるのが見えた。

モンスターの咆哮と魔法の炸裂音が響き渡り、凄まじい混乱の渦が周囲を満たす中、僕等はついに城壁の内側に駆け込む事に成功した。



「タカシ殿!」


僕等が駆け込むと同時に再び閉じられた城門の内側で、ユーリヤさんが僕に飛びついて来た。


「良かった……御無事で……」

「ユーリヤさん……」


ユーリヤさんは、僕を数秒程抱きしめた後、つっと身を離した。


「すみません。つい嬉しくて」


彼女の頬はうっすら朱に染まり、瞳には涙がにじんでいた。


「申し訳ありません。ご心配おかけしました」

「そこは謝るところではないですよ」


少しの間はにかむように微笑んだ後、彼女は周囲の人々に向かって、凛とした声を張り上げた。


「勇士も無事帰還した! 攻撃の手を緩めるな! 必ずやこの街を護り抜くのだ!」



―――おおおおおぉぉぉ!



沸き起こる雄叫びに包まれながら、ユーリヤさんの案内で、僕は城壁の上に向かった。

歩きながら僕は、彼女にたずねてみた。


「先程戦場にユーリヤさんの声が響き渡っていましたが……」

「あれは精霊魔法の応用です。私には半分アールヴの血が流れていますので、限定的ですが、精霊の力を借りる事が出来るのです」

「あの凄まじい魔法も?」

「そうです。精霊魔法を応用した特殊な魔法陣を描いて、私の魔力を増幅して放ちました。さすがに連発は不可能ですが」


話している内に、城壁の上に出た。

城壁の外には、モンスター達が満ちていた。

巨大な地上性のドラゴン種、ジャイアント種から中型のオーク種、小型の動物系モンスターまで。

そこへ城壁の上に陣取った冒険者や兵士、それにこの街の衛兵達が、魔法等で遠距離攻撃を加えて行く……

僕は隣に立ち、時折周囲に指示を飛ばすユーリヤさんが、人間ヒューマンの男性、“ユーリ”に擬装していない事に、今更ながら気が付いた。


「ユーリヤさん、その格好……?」

「責任者が逃亡したので、正体を明かして、代わりに指揮を取る事を申し出たのです。幸い、軍の指揮に関しては、4年ほどみっちり経験を積んできましたから」


彼女は4年前、皇弟ゴーリキー達の思惑で、中部辺境軍事管区に“赴任”させられたと語っていた第307話

それにしても、逃亡とは?

後ろからついてきていたアルラトゥが口を開いた。


「キリル様は、“援軍”を連れて来ると言って撤退されました」

「援軍?」


アルラトゥの方にチラッと視線を向けたユーリヤさんが言葉を引き継いだ。


「援軍を呼びに行く等と言うのは、あの卑怯者の方便にすぎません。モンスターの大群を目にしたキリルは怖気おじけづいたのでしょう。あろうことか、幕僚達の反対を押し切り、駐屯軍の主力を率いて逃亡したのです。逃亡に最後まで反対し続けたアガフォン中尉は、兵100とともにこの地に置き去りにされました。その彼に、拘束中のままやはり置き去りにされていたアルラトゥが、タカシ殿の強さを伝え、そこから私に連絡が来ました。その少し前にララノアが、モンスターの大群接近を伝えに来てくれていたので、街の筆頭政務官シードル殿に私の素性を明かし、協力を申し出たのです」


なるほど。

それにしてもキリル中佐、敵前逃亡とは、別の意味で感心してしまう。

軍隊って、規律が重んじられるわけで、それが乱されるのを一番嫌うんじゃ無かったっけ?

逃亡して、もしトゥマがモンスターに蹂躙されたりしたら、州総督の長男といえども、ただでは済まなさそうな……

まああの男が逃亡しようがしまいが、簡単には蹂躙させるつもりは無いけれど。


僕は再び城外に視線を向けた。

雑多なモンスター達で構成された大群は、しかし、その雑多な見た目とは裏腹に、闇雲には攻撃を掛けてきていないようであった。

整然と、そして慎重にこちらからの攻撃が届く範囲を見極めつつ、じりじりと城壁に迫ってきている。


整然と、そして慎重に?

見極めつつ?


僕は違和感を抱いた。


モンスターの大群、統制が取れ過ぎていないか?


僕は隣に立つララノアに囁いた。


「あのモンスターの大群の中に、指揮官……例えば魔族みたいなのいないかな?」


ララノアは、しばらく何かを探るような素振りを見せた後、言葉を返してきた。


「こ、ここから……だと……よく……」

「もしかして、もっと近付いたら分かりそう?」


ララノアが小さく頷いた。


ならば……


僕は右隣に立つアルラトゥに声を掛けた。


「さっき、防御結界みたいなのでレイス達の魔法から僕等を護ってくれたけれど、アレ、オロバスごと包み込んで展開したり出来る?」


アルラトゥが微笑みながら頷いた。


「可能でございます」

「時間制限ってある?」

「耐久値を削り切られる前に補強する事が出来れば、半永久的に維持し続けられます」


それは凄い。

彼女といい、ララノアといい、ダークエルフという種族そのものが魔法に長けている、という事だろうか?


僕は少し離れた場所で、町の有力者と思われる人々と話すユーリヤさんに呼びかけた。


「もう一度街の外に出ます」


こちらを向いたユーリヤさんの表情が曇った。


「タカシ殿の強さは十分承知しておりますが、あまり無理は……」


僕は笑顔でやんわりとユーリヤさんの言葉を制した。


「モンスターの大群を指揮する者がいないか、確認して来るだけですよ」



数分後、僕、ララノア、アルラトゥの三人は、再召喚可能になったオロバスにまたがり、再び街の外へと出撃した。


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