第347話 F級の僕は、冒険者達を戦場から離脱させようと試みる


6月15日 月曜日5



僕が駆け付けた時、冒険者達の円陣周囲は、騒乱状態に陥っていた。

円陣を護る魔法結界はまだ破られてはいなかったけれど、数十体に及ぶモンスター達に一斉に襲い掛かられ、予断を許さない状況に陥っているように見えた。

僕はオロバスを、魔法結界を破ろうとしているモンスター達の真っただ中に乗り入れた。


「エクスプロージョン!」


『炎の石』を握り締め、派手に暴れ回ってモンスター達の注意を引きつけながら、彼等を排除していく。

幸いモンスターの大多数は、僕が残してきた【影】10体に誘引されているようで、束の間、冒険者達の円陣周囲からモンスターの集団を排除する事に成功した。

僕は彼等の状況を確認するため、円陣の中に足を踏み入れた。


「大丈夫ですか? ヒーラーの手に負え無さそうな重傷者がいたら、これで癒してあげて下さい!」


僕は神樹の雫を30本ほどインベントリから取り出して、冒険者達に手渡した。


「助かったよ。それで駐屯軍は? あと街の方はどうなっている?」

「駐屯軍と街は……」


僕は思わず言い淀んでしまった。

街にはモンスターの大群はまだ殺到していないけれど、それを阻止してくれるはずの駐屯軍は、大半がどこかに移動してしまっている。


と、冒険者達の一人が上ずった声を上げた。


「お、おい! あれを見ろ!」


冒険者達が一斉に街の方角に視線を向けた。

周囲に群がっていたモンスター達が一時的に排除された事により、彼等の目にも駐屯軍の幕舎が消え去り、明らかに兵士の数が激減している様子が確認出来たのだろう。

彼等の間に動揺が広がって行く。


「おい、なんで駐屯軍がいないんだ?」

「街の中に撤退したのか?」

「ならなんで俺達に連絡が無い?」

「まさか置き去り?」


まずい……

しかし彼等に掛けるべき言葉が見つからない。

とにかく今は彼等を安全に街の中、城壁の内側に撤退させる手立てを考えるべきだろう。


「とにかく僕等も街へ撤退しましょう。僕がモンスター達の注意を引きつけるので、その間に少しずつ後退して下さい!」


言い置いて、僕は円陣の外に飛び出した。

周囲にはモンスター達が再び集結し始めていた。

僕はこれで最後になる『炎の石』を握り締めた。


「エクスプロージョン!」


冒険者達の後退するべき方向にいたモンスター達が吹き飛んだ。

この機を逃すまいと、冒険者達の円陣がじりじりと街に向けて移動を開始した。

最後の『炎の石』は、6回“エクスプロージョン”を使用した後砕け散った。

その間に冒険者達は、街へ向けて確実に後退する事が出来たけれど、僕が派手に暴れすぎたせいか、逆にモンスター達の攻撃は次第に苛烈なものへと変わってきた。

そしてとうとう、冒険者達の円陣は防御に手を取られ、身動きが取れなくなってしまった。

僕は武器を『ボティスの大剣第271話』に持ち替えた。

『ヴェノムの小剣(風)』よりも攻撃速度は落ちるけれど、基本攻撃力は上回っているし、リーチも長く、15秒に一度とは言え、斬撃で遠距離攻撃も出来るからだ。

しかしそれでも円陣に群がって来るモンスター達を排除しきれない。

敵の数が多過ぎるのだ。

MPの消費率からみて、僕が呼び出した【影】10体はいまだに健在で、モンスター達の主力を街とは違う方向に誘導しつつあるようだ。


しかしそれでもなお、こちらに向かって来る敵の数が多過ぎる!


先程から飲み続けの月の雫も間もなくストックが尽きてしまう。

そうなれば、【影】を維持出来無くなるだろうし、せっかく別方向に誘導していたモンスター達もこちらに戻ってくるかもしれない。

焦燥感が膨れ上がって来た時、突如戦場に大音声だいおんじょうとどろいた。



「「街を護らんと奮闘する冒険者諸君! そして戦場に留まる事を選んだ勇敢なる帝国軍兵士諸君! 私は帝国の第一皇女にして皇太女、ユーリヤ=ザハーリンだ。今この瞬間より、私自らトゥマの防衛戦の指揮を取る! まずは汝ら臣民の前で、帝国の威光を示さん!」」



それはまぎれもなくあの、ユーリヤさんの声であった。

声を拡声させる魔法か或いは魔道具のたぐいでも使用している?

そして彼女の大音声とほとんど同時に、凄まじいまでの閃光と音圧が周囲を圧倒した。



―――ギョアァァァァ……!



モンスターの大群――恐らく数十体――が、断末魔の悲鳴を残して次々に光の粒子となって消え去って行く。

冒険者達の円陣の周囲数十mに渡って、モンスターが排除された。

大音声が再び戦場に轟いた。



「「勇敢なる冒険者諸君! 今こそ街に向けて全力で撤退せよ! 帝国と我が名に懸けて、街と汝らの命は護り抜く!」」



どうやらユーリヤさんが、大魔法か何かを放ったらしい事は推測出来た。

とにかくこの機を逃すべきではないだろう。

僕は冒険者達に向けて叫んだ。


「皆さん、全力で街へ! 殿しんがりは僕が引き受けます!」

「ありがたい!」

「恩に着ます!」


冒険者達は円陣を崩し、我先にと街に向けて走り始めた。

僕は、突然の強力な攻撃に戸惑っているのか、進軍が停滞しているモンスター達に向けて突撃しようとして……

突然、誰かがオロバスに飛び乗って来た。


「ララノア!?」


彼女は僕とターリ・ナハの間に素早く滑り込み、僕の背中にしがみつくと、直ちに何かの詠唱を開始した。


「ぼ、防御は……お任せ……下さい……」


恐らく、防御結界を張ってくれている?


僕はそのままモンスター達に突撃した。

群がるモンスターの群れを3mにも及ぶ長大な『ボティスの大剣』で次々と殲滅していく。

モンスターを斃した事を告げるポップアップが嵐のように立ち上がり続け、魔石やドロップアイテムが地面に散乱し続けるけれど、それをかえりみるいとまも無いまま戦い続ける事十数分、ララノアに袖を引かれた。


「て……撤退……しましょう……」


街の方を振り返ると、視線の先、冒険者や兵士達の姿は消えていた。

どうやら僕等以外全員、城壁内に撤退する事に成功したようであった。


「よし、じゃあ僕等も引き上げよう」


オロバスを街の方に向け、疾走を開始した直後、僕等は突然背後から襲ってきた衝撃に吹き飛ばされた。



―――ヒヒヒーーン……



横倒しになったオロバスが、そのまま消滅してメダルへと姿を変えるのが見えた。

僕は素早く立ち上がると、傍に倒れるララノアとターリ・ナハに駆け寄った。


「大丈夫?」

「大丈夫です」

「だ……大丈……夫……」


事前にララノアが張っていた防御結界のお陰か、幸い二人に大きな怪我は無さそうであった。

それにしても何が……


振り返ると、ボロボロの黒いローブを羽織った半透明の骸骨が20体、中空に浮遊していた。


レイスだ!


神樹では第80層第101話に出現する敵で、女神の雫MP全快ポーションをドロップする。

半透明の身体は物理耐性が高く、様々な魔法を駆使する強敵だ。

先程の背後からの攻撃は、彼等の魔法によるものだったのであろう。


レイス達が何かを呟き、前面に次々と魔法陣が描き出されて行く。


ララノアが僕をかばうように前に出た。


「も……申し訳……ありません……あの魔法は……防げ……お逃げ……」


レイスはレベル80。

対して、ララノアは奴隷の首輪の効果で最大でもレベル50に能力が抑制されているはず。

それでもララノアは詠唱を開始した。

防御系の魔法か、捨て身の攻撃魔法でも放とうとしている!?

僕は彼女の腕を引いて魔法を中断させた。


「とにかく逃げるんだ!」


ターリ・ナハが駆け寄ってきた。

彼女の手には、オロバスのメダルが握られている。


「これを」


僕は受け取ったメダルを握り締め、オロバスの召喚を試みた。


しかし……


不快な効果音と共に、赤枠赤字のポップアップが立ち上がった。



《!》オロバスの耐久値が回復するまで再召喚は出来ません。



耐久値?

もしかして先程の魔法攻撃でオロバスがメダルに戻ってしまったのは、耐久値とやらが限界値を下回ったからであろうか?


仕方ない。

走ってでもなんでも、とにかく一刻も早くこの場を離れなければ。


二人をうながして走り出そうとした矢先、レイスの放った魔法が襲い掛かって来た。

咄嗟に二人をかばった僕の背に、四方八方から魔法が襲い掛か……ってはこない?


不思議に思って上げた視線の先に、両手を前に突き出し、レイスの魔法を魔法陣で弾き返している一人の人物の姿が目に飛び込んできた。


「良かった。間に合いました」

「アルラトゥ?」


昨日キリル中佐に引き渡されたはずの彼女が、こちらに顔を向け、にっこりと微笑みながら立っていた。


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