第345話 F級の僕は、危急をキリル中佐に知らせる


6月15日 月曜日3



来た道を引き返し、コボルト達と冒険者達とが入り乱れて戦う中を突っ切った僕は、そのまま駐屯軍が陣取る場所にオロバスを走らせた。


「止まれ!」


冒険者達を支援している戦闘奴隷の集団を抜けたところで、帝国軍兵士達数人に槍を突き付けられた。


「何をしている? まさか逃亡する気か!?」

「キリル中佐にお知らせ下さい! 数千のモンスターの大群が、こちらに向けて接近中です!」

「数千? 何を言っているんだ?」


帝国軍兵士達は、焦る僕に槍を突きつけたまま、あざけるように吐き捨てた。


「まさか怖気おじけづいたのか? 逃亡者は切り捨てよと命じられておる! ここで死ぬか戦場で死ぬか、どちらか選べ!」

「違います! 本当なんです! 早く皆に知らせないと……」

「いい加減な事を言うな! 早く戻れ!」


だめだ。

こんなところで揉めていてもいたずらに時間を浪費するだけだ。

仕方なく僕は懐に収めていた、ゴルジェイさんから貰ったあの通行手形を取り出した。


「これを見ろ! ただの冒険者とあなどるな、僕は帝国の名誉士官だ!」


僕が振りかざした手形を目にした兵士達の顔に、明らかな動揺の色が現れた。


「ゴルジェイ様の?」

「属州モエシアの?」

「それを貸せ!」


僕から手形を受け取った兵士の一人の顔が、見る見るうちに青ざめていく。


「お、おい! これは本物だ……」

「何? 見せてみろ」


手形を自分達の目で確認した兵士達が槍を立て、背筋を伸ばした。


「し、失礼致しました。すぐにお取り次ぎ致しますので、しばらくお待ちを」


手形を僕に返してきた兵士が、その足で後方に走り去って行く。

それを見送りながら、僕は後ろにまたがるララノアとターリ・ナハに声を掛けた。


「あのモンスター達がここに殺到してくるまでの時間的猶予って、どれ位あるか分かる?」

「お……恐らく……20分……」


あのモンスターの大群は、コボルト達との戦場の向こう側からこちらに接近してきている。

乱戦になっているコボルト達との戦いが無ければ、今頃、ここからでも巻き上がる地煙が見えるはずなんだけど……

もしやコボルト達、モンスターの大群接近に僕等が気付くのを、少しでも遅らせる役目をになっている?

だとすれば、これは単なるスタンピードなんかじゃ無くて……


そんな事を考えていると、兵士が戻って来た。


大隊長キリル中佐がお会いになられます。こちらへどうぞ!」



幕舎の中、キリル中佐は昨日同様、背もたれの大きな椅子にふんぞり返るようにして座っていた。

彼の細い目が、ジロリと僕をねめつけた。


「なんだ、お前か」


彼はいかにもつまらないといった風情で口を開いた。


「で、モンスターの大群? 数千だと? 馬鹿馬鹿しい」

「ですが、この目で確認してきました」

「おい!」


キリル中佐が、傍に立つ幕僚の一人に声を掛けた。


「このゴルジェイサマの名誉士官殿に説明してやれ」


名指しされた幕僚が、駐屯軍が把握している状況を説明してくれた。

早朝、偵察兵が街の南方、タレン山地のコボルト数十匹がスタンピードを起こしてトゥマに向けて接近して来るのを察知した。

その際、周囲十数km以上に渡って、他に追随するモンスター達は存在しない事を確認した。


キリル中佐が勝ち誇ったように口を開いた。


「つまりお前の話が本当なら、モンスター数千がどこからともなく湧いて出た事になる。分かったらさっさと戦場に戻れ!」


そんな馬鹿な……


口を開きかけた時、幕舎に一人の兵士が息せき切って飛び込んできた。


「た、大変です! モンスターの大群がこちらに向けて接近中!」

「何だと!?」


キリリ中佐が腰の剣に手を掛けて立ち上がった。


「いきなり飛び込んできて虚言を吐くとはいい度胸だ! そこになおれ!」


……

どうでもいいけれど、こいつ大隊長サマはもう少し“忍耐”と言う言葉の意味を勉強した方が良さそうだ。


しかし兵士は、臆する事無く言葉を返した。


「街の城壁を護る衛兵複数人が、南の方角、地平線の彼方かなたに巻き上がる地煙を確認しました!」

「寝ぼけた事を言うな! その衛兵をここに引っ立て……」

「お待ち下さい」


キリル中佐をなだめるようにして、幕僚の一人が口を開いた。


「その話は確かか?」

「はっ! 複数の衛兵が確認しております。それとトゥマの筆頭政務官シードル様が、街の防衛、或いは住民の避難についてご指示をあおぎたいと申しております」


幕僚達が顔を見合わせた。


「とにかく早急に対策を打ち出さねば……」


幕僚達の会話を聞いたキリル中佐が、不安そうに口を開いた。


「お、おい……お前達、こいつらの言葉を信じるのか?」

「キリル様、タカシ殿は前線から、衛兵達は城壁から、それぞれ同じ現象を確認しております。見間違いは考えにくいです。とにかく兵士達を出撃させ、一刻も早くコボルトどもを殲滅しましょう。その上で州都リディアに早馬を立て、街に籠り……」

「うるさい! 俺に指図するな!」


キリル中佐がヒステリックに叫んだ。


だめだ。

こんなやつの指示を待っていれば、街中に留まっているユーリヤさん達まで危険にさらされる


僕はキリル中佐の傍にはべる幕僚達に声を掛けた。


「コボルト達はお任せ下さい。すぐに殲滅します。皆さんは冒険者達含めて……」

「貴様! 何様のつもりだ? たかが名誉士官風情が出しゃばるな!」


キリル中佐のわめき声が僕の言葉にかぶせられた。


……まあ見た感じ、幕僚達はそれなりに“わかっていそう”だし、ここは彼等に任せよう。


僕は幕僚達に黙礼すると、幕舎を出た。

オロバスに跨る前に、僕はララノアにささやいた。


「宿に戻って、ユーリヤさん達に状況を伝えて」

「で……ですが……」

「僕は今からコボルト達を殲滅しなきゃいけない。ターリ・ナハはネルガルの言葉が分からない。つまりこれは、君にしか頼めないんだ」

「か、かしこまり……ました……」

「ユーリヤさん達に状況を伝えたら、急いで戻って来てね。君の事、頼りにしているから」


魔法に長けたララノアが傍についていてくれれば、後続するモンスターの大群との戦いを少しでも有利に運べるかもしれない。


「は、はい!」


心なしか嬉しそうな声で言葉を返してきたララノアが、街の方に走って行くのを見届けた僕は、ターリ・ナハと一緒にオロバスに跨ると、コボルト達と冒険者達の戦場へと駆け戻った。



「【影分身】……」


今まで奮闘してきた冒険者達の手柄、横取りする形になってしまうかもしれないけれど、状況が状況だ。

躊躇している場合じゃない。

僕は呼び出した【影】10体に、生き残っているコボルト達およそ20体を殲滅するように指示を出した。

途端に、凄まじい勢いでポップアップが立ち上がって行く。



―――ピロン♪



【影C】がコボルトシャーマンを倒しました。

経験値95,643,225,000を獲得しました。

Cランクの魔石が1個ドロップしました。

魔導士の杖が、1個ドロップしました。



―――ピロン♪



【影A】がコボルトファイターを倒しました。

経験値95,643,225,000を獲得しました。

Cランクの魔石が1個ドロップしました。

コボルトの剣が、1個ドロップしました。



―――ピロン♪

…………

……



1分かからずに、コボルト全てが光の粒子となって消え去った。

冒険者達は、突然現れた黒い【影】がコボルト達をまたたく間に殲滅したのを目にして、戸惑っている雰囲気に見えた。

僕は南の方角を指差しながら叫んだ。


「モンスターの大群が接近している! 数は数千! レベル80を越えるドラゴン種やジャイアント種も混ざっている! 戦えそうな者はこの地に留まって下さい! そうでない者はこの場を離脱して下さい!」

「なっ……!」


冒険者達が絶句した。

今までは戦場の騒乱に隠されていたであろう、モンスターの大群が巻き上げる地煙。

今や彼等の目にもはっきりと見えているはずだ。

彼等の間に動揺が広がるのが感じられた。

彼等の一人が、僕に話しかけてきた。


「さっき、コボルトどもをあっという間にほふった黒いのは、あんたのか?」

「はい」


僕はうなずいた。


「あんた、レベルは?」


一瞬躊躇したけれど、僕はそのまま真実を告げる事にした。


「105です」

「ひゃっ……105!?」


冒険者達の間にざわめきが広がった。

その中の一人が声を上げた。


「俺はあんたの指示に従おう! どうすれば街を護れる?」

「俺も!」

「私も!」

「えっ?」


唐突に皆が向けて来た熱い視線に焼き焦がされたようになった僕は、そのまま固まってしまった。


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