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第343話 F級の僕は、トゥマの街に敵が接近している事を知る
第343話 F級の僕は、トゥマの街に敵が接近している事を知る
6月15日 月曜日1
「……カシさん、タカシさん!」
耳元で
眠気を振り払いながら目を開くと、すぐ傍にターリ・ナハの顔があった。
「どうしたの?」
もう起きる時刻――午前5時――だろうか?
暗がりの中、ベッドの上で身を起こした僕に、ターリ・ナハが再び囁いてきた。
「外から誰かが叫ぶ声が……」
話しながら、ターリ・ナハが窓辺に近付くと、少し窓を開けた。
肌を刺しそうな位冷たい空気が、じんわりと部屋の中に入り込んでくる。
しかしターリ・ナハはそんな事を気にする風も無く、盛んに頭部の狼の耳を動かしている。
「何か聞こえるの?」
僕もベッドから這い出して、窓辺に寄ってみた。
少し開けられた窓の外に耳を澄ませてみたけれど、遠くから響いてくる生活音らしき物音以外、意味のありそうな言葉は聞こえてこない
ターリ・ナハが真剣な面持ちで口を開いた。
「何者かが叫びながら近付いてきています。ネルガルの言語なので意味までは分かりませんが……」
獣人特有の鋭い聴覚によるものであろうか?
その間も、彼女の頭部の狼の耳はせわしなく動き続けている。
と、背後で布団が動く音がした。
視線を向けると、ターリ・ナハと並んで就寝していたはずのララノアが上半身を起こしていた。
部屋に吹き込む冷気か、僕等の立てる物音に気付いて目を覚ましてしまったのだろう。
彼女が小首を
「ご……ご主人様……?」
僕はララノアに聞いてみた。
「ララノアは何か聞こえる?」
彼女は布団から立ち上がると、窓辺に寄って来た。
僕のすぐ傍に立つ彼女が耳を澄ませる素振りを見せるのとほぼ同じタイミングで、僕の耳にも誰かが叫びながら近づいて来る声が聞こえてきた。
「……の衛兵は詰め所へ! 冒険者はギルドへ! 緊急招集! 緊急招集!」
緊急招集?
窓の外に声の主を探してみると、月明かりに照らし出された通りの向こうから、一人の男が叫びながら駆けて来る姿が目に飛び込んできた。
男は叫びながら、そのまま僕等の泊っている宿に飛び込んできた。
「様子を見てくるよ」
二人に声を掛けて、寝間着姿のまま廊下に飛び出した僕は、ボリスさんと鉢合わせになった。
「おお、タカシ殿! ちょうど今、君を呼びに行く所だったんだよ」
「一体何が……」
言いかけた時、階下から大きな声が聞こえてきた。
「緊急招集が掛けられた! 宿泊中の冒険者全員に急いでギルドに集合するよう伝えてくれ!」
先程僕が耳にした、通りを駆けて来た男の声だ。
男はそう言い残すと、再び宿の外に飛び出して行ったようであった。
階下で慌ただしい物音と、宿の主人らしき声が、従業員達に冒険者達を起こすよう告げるのが聞こえてきた。
「緊急招集……これは只事では無いな……」
ボリスさんの表情が一気に険しくなった。
「タカシ殿、すぐに出発出来るよう準備して、下のロビーまで来てもらえるか?」
「分かりました」
一度部屋に戻った僕は、ターリ・ナハとララノアに、ボリスさんとの会話について説明した。
「そんなわけで、急いで着替えて」
僕は二人に背を向けて着替えると、床に敷いていた冬用の布団をインベントリに放り込んだ。
5分後、僕等は階下でユーリヤさん達と合流していた。
宿の1階、カウンター前のロビーは騒然とした雰囲気に包まれていた。
宿泊していたらしい冒険者達が、次々と宿の外へと飛び出していく。
そして冒険者では無い宿泊客達が、情報を求めて宿の主人に詰め寄っている。
「緊急招集は、街を挙げて防衛戦を行う必要がある際に発令される。つまり、緊急招集が掛かっているという事は、何者かが今からこの街に攻め寄せて来る可能性が高いという事だ」
ボリスさんが、小声で皆にそう告げた。
「攻めよせて……もしかしてっ!?」
僕の脳裏に、目の前で滅ぼされた州都モエシアの情景がありありと
ボリスさんが頷いた。
「昨日、イレフの村まで逃れて来ていた避難民達は、住んでいた街が、
それは由々しき事態だ。
しかしこの街の郊外には、キリル中佐率いる帝国軍が駐屯している。
街自体も頑丈な城壁で護られている。
この街の冒険者達の人数は分からないけれど、彼等も加わって総力で抗戦すれば、モンスター達に簡単に蹂躙される可能性は低いのでは?
しかし一方で、
「タカシ殿」
ユーリヤさんがそっと声を掛けてきた。
「タカシ殿は、冒険者ギルドに向かって頂けないでしょうか?」
「冒険者ギルドに?」
情勢がどう転ぶか不明な今、ユーリヤさん達と別行動は、後々支障が出るのでは?
僕の考えを口にしようとした時、ユーリヤさんが再び口を開いた。
「私達は、このままここに留まります。一応、“商人”ですから、参戦は求められないでしょう。その間に、タカシ殿には冒険者ギルドで、詳細な状況を確認してきて欲しいのです」
「……分かりました」
ユーリヤさん達と別行動は少し不安が残るけれど、確かに情報収集は大切だ。
僕とターリ・ナハは、ララノアの案内のもと、冒険者ギルドに向かう事になった。
トゥマの街の冒険者ギルドは、宿からは小走りで20分程度、町中心部の広場に面して立つ三階建ての建物に入っていた。
僕等が到着した時、ギルドの1階受付前には、夜明け前の時間帯であるにも関わらず、既に20名程の冒険者達が集まっていた。
ちょうど、茶色の短髪を短く刈り揃えた大柄な男性が、冒険者達に何かを説明している最中であった。
「……情報によると、タレン山地のモンスター数十体がスタンピードを起こしてこの街に接近中らしい。お前等の仕事は、駐屯軍の兵士達と一緒に、モンスターどもを殲滅する事だ。さっきも話した通り、これは属州リディア総督府からの緊急依頼って形になる。当然報酬は期待できる。存分に暴れ回ってやれ!」
―――おおおおぉ!
冒険者達が拳を突き上げた。
彼等の会話も聞こえてきた。
「タレン山地って事は、コボルトどもか?」
「レベル50ちょいか……だけどこっちには駐屯軍の兵士800人がついているんだろ? 冒険者も後から来る連中、頭数に入れりゃあ、100人は集まる。数十匹程度でトゥマの街に攻撃かけて来るなんて、さすがは犬頭だな」
「おいおい、そりゃ本物のお犬サマに失礼だぜ」
「ちげぇねぇ。ガハハハハ」
聞いている限りでは、
冒険者達の間に楽観的な空気が広がる中、僕はあの大柄な男性に近付いて声を掛けた。
「すみません、僕はルーメルの冒険者なんですが……」
話しながら、
冒険者登録証を確認した大柄な男性は少し驚いたような顔になった。
「ルーメルとはまたえらく遠くから来たんだな。俺はこのギルドのマスター、マカールだ。協力、感謝する」
「困った時はお互い様ですよ。それで、僕等は具体的にはどう動けばいいですか?」
「この街の冒険者じゃ無かったら、コレ、持ってないだろ?」
マカールさんが、定期券位の大きさの薄い金属板を手渡してきた。
黄銅色に輝くその金属板は、表裏共に磨き上げられたような光沢を放つのみで、文字の類は一切刻まれていない。
「これは?」
「今回の緊急依頼に基づいて斃したモンスターの種類と数を、自動的に記録してくれる戦果記録票だ。報酬はこいつに記録された内容に基づいて支払われるから
「ありがとうございます」
僕はその金属板――戦果記録票――を
「準備が出来次第、街の外に向かってくれ。あとは駐屯軍のお偉いさんが適当に指示を出してくれるはずだ」
「了解です」
僕等は冒険者ギルドを出ると、再びユーリヤさん達が待つ宿へと急いだ。
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