第342話 F級の僕は、関谷さんにイスディフイについて詳しく説明する


6月14日 日曜日13



平城第三の駐車場に【異世界転移】で戻って来た僕は、ポケットからスマホを取り出した。

時刻は、日付変わって午前00時45分。

街灯の周囲以外は暗がりに包まれた周囲からは、ジジジ、と虫か何かがかなでる音色のみが聞こえてくる。

僕はスマホに登録してある関谷さんの電話番号をタップした。

数回の呼び出し音の後、電話の向こうから関谷さんの声が聞こえてきた。


『中村君? 戻って来たの?』

「うん。今、平城第三の駐車場に居るよ」

『分かった。すぐ行くね』



10分後、暗がりの向こうからこちらに向かって来るヘッドライトの光が見えてきた。

近付いて来るにつれ、明かりに照らし出された車体が、次第にその輪郭を取り戻していく。

そのまま駐車場に入って来たベージュ色のワゴンタイプの車は、僕の近くで停車した。

運転席の扉が開き、関谷さんが姿を現した。


「お帰りなさい」

「ただいまって、なんだか変な挨拶だね」

「そお?」


関谷さんがたおやかに微笑んだ。

乏しい光に照らし出された彼女の姿が、どこか幻想的に感じられた。


だめだ。

どうも意識し過ぎている。


僕は心の中でかぶりを振って、“邪念”を払いながら、彼女に話しかけた。


「魔法書、全部使ってみた?」


彼女がうなずいた。


「あれから新しい攻撃魔法は取得出来なかったけれど、防御魔法と、より強力な状態異常からの回復魔法が使えるようになったわ」

「防御魔法が使えるようになったのは凄いね」

「中村君の方が、もっと凄い障壁シールドを展開出来るじゃない」

「あれね……」


彼女が言っているのは、『エレンの腕輪』による“自動防御”の事だろう。


「実はあれ、僕の魔法とかスキルじゃ無くて、魔道具によるものなんだ」

「魔道具……」

「うん。それも含めて、イスディフイの話、ちゃんと関谷さんに説明しないとね」


さて、どうしよう?

関谷さんは結局、僕が見せてもらった以上の攻撃魔法は取得出来なかったようだ。

代わりに取得出来た防御魔法も、状態異常回復魔法も、平城第三内部を徘徊するD級モンスター程度相手では、効果の確認には物足りないだろう。


「じゃあさ、僕の部屋に来ない? インベントリの中に収納しているアイテム含めて、色々関谷さんには見せておきたいからさ」



10分後、僕等は関谷さんの車で、僕のアパートまで帰って来ていた。

関谷さんを部屋に上げるのはこれで二度目だ。


この前、関谷さんが初めて僕の部屋を訪れた時は、色々大変第264話だったな……


その時の事を思い出しながら、僕は一人苦笑した。

彼女に椅子を勧め、僕も椅子に腰掛けたところで、僕は話し始めた。


「僕が異世界イスディフイと関わるきっかけになったのは……」


忘れもしない5月9日。

佐藤博人達と一緒に潜ったD級ダンジョンで、突如出現したB級モンスターのアルゴス。

あの時彼等に囮として取り残されたからこそ、今の僕がある。

それを思うと不思議な気持ちになるけれど……


僕は出来るだけ時系列に沿った説明を試みた。

今までに僕が経験した事、

イスディフイで起こった事、

地球で起こった事、

そして二つの世界で現在進行中の黒い結晶絡みの話と……恐らく僕等が必ず斃さなければいけない敵――魔王エレシュキガル――について……


僕の話を大きく目を見開いたまま、ただ黙って聞いていた関谷さんは、僕が話終わるとふっとその表情を緩めた。


「さすがだね。中村君」

「さすが?」

「だって、そんな危険な相手と、イスディフイではともかく、地球ではたった一人で戦ってきたって事でしょ?」


正確には、今は一人ではない。

途中からは、ティーナさんが同盟者パートナーとして、色々手助けしてくれるようになった。

しかし彼女の希望第339話を考慮して、彼女の存在については関谷さんに話していない。


「とにかくそんなわけで、関谷さんには今後も色々お願いする事が出てくると思うんだ。関谷さんの可能な範囲で協力してくれたら、僕としてはとても嬉しいというか……」


関谷さんが微笑んだ。


「前にも言った第312話でしょ? どんな形であれ、私は中村君の役に立てる存在であり続けたいって。だからこれからも遠慮せずに、困った事があったら、どんどん相談して」


彼女の誠実な心が、僕を見つめる瞳を通して僕に伝わってきた。



話がひと段落着いた所で、僕はインベントリからイスディフイ産のアイテムをいくつか取り出した。

神樹の雫、月の雫、炎の石、他、富士第一のゲートキーパー達がドロップした品々まで。

僕は床の上に並べたそれぞれのアイテム類について、その効能、どんなモンスターがドロップするかまで、改めて詳しく説明した。

そしてそのうちの一つ、ゼパルのマントを関谷さんに差し出した。


「これは富士第一94層のゲートキーパー、ゼパルがドロップしたアイテムなんだ。着用者の魔法攻撃力を倍加する特殊効果が付いているから、関谷さん、今度一緒にダンジョン潜る時、試しにこれ、着てみてくれないかな?」


深紅のマントを手に取った関谷さんは、少し肌触りを確認するような素振りの後、それを背中に羽織った。

そして右の手の平を上に向けると、何かを呟いた。

彼女の右の手の平の上、数cm程の所に、直径10cm程の水玉が出現した。

さらに彼女が何かを呟くと、その水玉は、眼にも止まらぬスピードで、僕の狭い部屋の中を縦横無尽に飛び回り始めた。

数秒後、水玉は唐突に消滅した。


「凄いね。水のあやつり方、なんだかさっきと比べて格段にうまくなっていない?」


関谷さんがはにかんだような笑顔を見せた。


「実はちょっと家でも練習したんだ。あと、水玉をこんなに高速で移動させられるのは、このマントのお陰だと思う。これなら水を操って、攻撃魔法として相手にぶつけてもダメージ与えられるかも」


ゼパルのマントは確実に関谷さんの能力を向上させてくれるようだ。

と言う事は、特殊効果付きの装備品や魔道具集めて関谷さんに装備して貰えば、彼女の能力を大きく底上げ出来るって事では?


時刻はいつのまにか、午前2時になろうとしていた。


「そろそろお開きにしようか?」


僕の言葉に、関谷さんもうなずいた。


「明日、時間作ってまた戻って来るからさ。僕がこの世界を留守にしている間の世の中の動き、可能な範囲で教えてね」

「ええ、任せておいて」

「ありがとう」


立ち上がった関谷さんが、少しためらいながら切り出した。


「ねえ、美亜ちゃんにも中村君の話は秘密……だよね?」


美亜ちゃん――井上さん――は、A級の能力者で、関谷さんが最も信頼しているらしい幼馴染の女性だ。

僕的にも井上さんは、秘密を打ち明ける相手としては、十二分に信頼出来ると感じてはいる。

僕等の世界で今後も協力者をつのっていくなら、彼女はその最有力候補の一人と言えるだろう。

しかし……


「うん。今はまだ異世界イスディフイの話含めて、今日僕が話した内容は伏せておいて欲しいかな。もしかすると、いずれ彼女にも協力をあおぐ事になるかもだけど」


井上さんについては、ティーナさんと相談してからにしよう。


「分かったわ。それじゃあ、今日は帰るね」

「夜遅いから、気を付けて」



彼女を駐車場まで送ってから部屋に戻った僕は、【異世界転移】のスキルを発動した。


「お帰りなさい」

「お、お帰り……なさい……ませ……」

「ただいま。変わった事は無かった?」

「ボリス……様が……」

「ボリスさん?」


僕の言葉を受けて、ターリ・ナハが状況を説明してくれた。


「はい。ボリスさんが来られていましたが、ララノアさんが対応してくれていましたよ? 言葉が分からないので、詳細はララノアさんに確認して頂いた方がいいかと」


僕はララノアに改めて聞いてみた。


「ボリスさん、何か僕に用事だった?」

「いえ、あの……明日……朝7時半……朝食……」

「もしかして、朝ご飯の時間、伝えに来てくれた?」


ララノアがうなずいた。


まあ、僕が部屋に居ないのに気付かれたとしても、ユーリヤさんに、時々“倉庫”に品物取りに行くって説明第327話してあるし、特に問題にはなってないかな?


今、トゥマの時刻は午後10時過ぎ。

明日午前7時半朝食だったら、今から寝て、また明日の朝5時起きで、一回地球に戻ろうかな。

こっちネルガルの午前5時は、向こう日本の午前9時。

ティーナさんも中国に到着しているだろうし、チベットのスタンピードに関する新しい情報も入手出来ているかもしれない。


僕は明日朝の予定を二人に説明した後、早目に就寝する事にした。


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