第341話 F級の僕は、関谷さんに風属性の魔法書を使ってもらう


6月14日 日曜日12



関谷さんが次に手にしたのは、風属性の魔法書だった。


彼女は元々、水属性の治癒魔法の使い手だ。

という事は、水属性の魔法全般に適性があって、だからこそ水属性の魔法書で新たな魔法を習得出来たのかもしれない。

では、他の属性の魔法書を彼女が使用した時、果たしてどうなるのだろうか?

隠されていた属性魔法の才能が開花するのか、はたまた魔法の取得に失敗するのか……


若干の好奇心を心に抱きつつ、僕は関谷さんが風属性の魔法書を使用するのをじっと眺めていた。

先程と同じ手順で朗読詠唱を終えた関谷さんの全身が、先程と同じように発光した。


「どう?」


僕の問い掛けに、彼女は何かを確認するように、自身の両の手の平を数回、開いたり閉じたりした。

そして不思議そうに呟いた。


「さっき習得出来た水属性の魔法を強化できるかも」

「水属性の魔法を? 強化? 風属性の魔法じゃ無くて?」


彼女がうなずいた。


「ちょっと試してみたいんだけど……」


つまり、ダンジョン内でモンスター相手にって事だろう。

僕も最初からそのつもりでこの場所平城第三を指定したわけだし。


「じゃあ行こうか」



平城第三はD級ダンジョンだ。

内部を徘徊するのは、ケープバットやベビーセンチピードといった、今の僕なら素手で撲殺出来るD級モンスターばかり。

ゲートを潜って中に足を踏み入れた僕は、一応【影】1体を召喚して、関谷さんと一緒に奥へと進んで行った。

入り口から十数m程進んだところで、早速モンスターが出現した。

燐光に照らし出された剥き出しの岩肌に沿って、ベビーセンチピードが2体、僕等に向かって這い寄ってくる。

僕の隣に立つ関谷さんが何かを呟いた。

次の瞬間!



―――ギギギギイイィィィ……



やや哀愁を帯びた悲鳴を残して、ベビーセンチピードは2体とも光の粒子となって消え去って行った。


「今のは?」


ベビーセンチピード達が残したDランクの魔石の回収を【影】に指示してから、僕は関谷さんにたずねてみた。

僕の目には、関谷さんからベビーセンチピードに向けて、水玉、或いは水流みたいなのが飛んで行ったようには見えなかったけれど。


「凄い……」


関谷さんは、自分の右の手の平をじっと見つめている。


「関谷さん?」


彼女がハッとしたように顔を上げた。


「ごめんね。ちょっと自分でも驚いちゃって……」

「それで、今のは関谷さんが魔法を使って斃した……って事だよね?」

「そうみたい」


なぜか他人事みたいな彼女の口振りに、思わず苦笑した。


「具体的にはどうやったの?」


まさかライフルの銃弾並みの速度で水属性の魔法を射出した?


「モンスターの周囲の空気の一部を帯電させて、そこにモンスター体内の水分を一気に凝集させてみたの。そしたら一撃でモンスターを斃せちゃった」


つまり、モンスターは生きながらにして水分をしぼり取られて、ミイラみたいに干からびてしまったって事のようだ。


「風属性の魔法書を読んだら、色んな物を帯電させる能力が獲得出来たから、水属性の魔法と組み合わせたら、うまくいっちゃったみたい」


彼女の説明によると、帯電した物質は、より水分を凝集させやすくなるのだという。

水が本来持つ特性を応用した、いわば彼女オリジナルの攻撃魔法といったところだろうか?


「風属性って、確か、風圧で相手を斬り裂いたり、電撃みたいな攻撃魔法もあったよね? そういうのは取得出来なかった?」


彼女は苦笑しながら首を振った。


「そういった強力な攻撃魔法は取得できなかったわ。もしかしたら、中村君が話していた、魔法適性っていうのが関係しているのかも」


なるほど。

でも、本来なら単に物質を帯電――生物とかに使用すれば、静電気みたいにバチッとかなるんだろうけれど――させる程度の能力も、他の魔法と組み合わせれば、強力な攻撃手段になるというのは、少々面白い。

とりあえず、他の魔法書も試してみて……


と、僕はここで随分時間が経過している感じなのに気が付いた。


「今何時頃かな?」


関谷さんが、自分の右腕に巻いたアナログ時計に視線を向けた。


「11時……15分位ね」


ネルガルとここ日本の時差は4時間。

つまり、向こうは午後7時15分って事だ。

確か夕ご飯、午後7時半からだってスサンナさんが話していたっけ?


「ごめん。そろそろ向こうに戻らないと」

「向こうって、もしかしてイスディフイ?」

「うん。向こうネルガルこっち日本では時差が有ってね。あと10分程で、向こうで一緒にいる仲間達と夕食を食べる時間なんだ。それで……」


少し迷ってから、言葉を続けた。


「夕食終わったら、またこっちに戻ってこられそうなんだけど……続きは、明日の方がいいよね?」


ユーリヤさん達と食卓囲んでからこっちに戻って来れば、確実に日付は変わっているだろう。

明日は月曜日だし、大学の授業もあるだろうから、続きは日本時間の明日夕方、ネルガル時間だと明日のお昼過ぎ以降の方がいいはずだ。


関谷さんは少し考える素振りを見せた後、言葉を返してきた。


「中村君は夕食終わった後、何か用事有るの?」

「用事は特に無いんだけどね」


せいぜいアリアとクリスさんが、トゥマに明日の何時頃到着予定か、念話で確認取っておく位かな。


「じゃあ、私待ってるから」

「待ってる?」


関谷さんが頷いた。


「魔法書もまだあと4冊あるし、中村君からその……イスディフイの話、もっと聞かせてもらいたいから」


僕の方は、構わないんだけど……


「関谷さん、大学は?」


関谷さんが噴き出した。


「中村君がそれ言う?」


僕もつられて苦笑した。

確かに明日、本来なら僕も大学の授業が有るけれど。


「心配しないで。私の方は1日位休んでも、全然問題無いから」

「分かった。じゃあとりあえず、一度出ようか?」



連れ立ってダンジョンから外に出た僕は、彼女に残り4冊の魔法書を手渡した。


「これ、渡しとくからさ。もし良かったら、僕が戻って来るまでに使っておいて」

「ありがとう。もっと色々魔法を使えるようになって、中村君の役に立たないといけないもんね」

「いや別に、僕の役に立ってもらいたいとか、そう言うのじゃ無いよ。ただ関谷さん、魔法系だし、メイスで近接攻撃するより魔法での攻撃手段増やした方が、より効果的かなって思っただけだから」

「中村君って、色々考えてくれているんだね。私もその期待に応えられるように頑張らなきゃ……」

「だからそんな気負わなくていいよ」

「いいの。私が勝手に中村君のために頑張りたいだけだから」

「関谷さん……」


彼女がそんな風に言ってくれるのはきっと……


僕は照れ隠しもあって、わざと明るい口調で言葉を続けた。


「そろそろあっちネルガルに戻るよ。そうそう、世界の壁を越える時に、【異世界転移】ってスキルを使用するんだけど、このスキル、一つだけ制約が有ってね……」


僕は【異世界転移】で地球とイスディフイとを行き来する際、その世界において、必ず直前までいた場所に転移してしまう事を説明した。


「だから次、僕が向こうイスディフイからこっち地球に【異世界転移】したら、必ずここ平城第三に転移してしまうはず。戻ってきたらまた連絡するから、後でここ平城第三に来てもらってもいいかな?」

「大丈夫よ。じゃあいってらっしゃい」

「うん。行ってきます」


僕等以外誰もいない平城第三の駐車場の暗がりに移動した後、手を振る関谷さんに見送られながら、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。



予定通りユーリヤさん達と夕食を一緒に楽しんだ僕は、1時間後、再び2階の割り当てられた部屋へと戻って来ていた。


【異世界転移】する前に、一応、アリアと連絡を取っておこう。


そう考えた僕は、右耳に『二人の想い(右)』を装着すると、念話を送ってみた。


『アリア……』

『タカシ! 今どこ?』


間髪入れずにアリアの念話が帰ってきた。


『今はトゥマの宿屋だよ』

『今日着いたんだよね?』

『うん。アリア達は明日だよね?』

『そうだよ。多分、夕方になりそうってクリスさんが話していたよ』

『そっか。でもいよいよ明日会えるね』

『そうだよ、長かったよ! タカシはさあ、ちょっとは寂しかった?』

『どうかな……寂しさ感じている暇もない位、色々あったからね。ま、何はともあれ、明日は会えるの楽しみにしているよ』

『ホントに?』

『ホントにって?』

『会えるの楽しみにしているって』

『そりゃそうだよ。早く会って、色々相談したい事もあるしさ』

『なんだ、そっちか……』

『どうしたの?』

『あ、気にしないで。それじゃあ明日も早いから、そろそろ寝るね』

『うん。おやすみ』


アリアとの念話を終えた僕は、ターリ・ナハとララノアに留守を託してから【異世界転移】のスキルを発動した。


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