第336話 F級の僕は、街で色々買い物をする


6月14日 日曜日7



宿を出た僕等は、ララノアの“案内”で近くの道具屋に向かう事になった。

僕を挟んで三人並ぶ形で歩き出すと、右隣にいるララノアが、そっと服の裾を掴んできた。

何か、気になる事でもあったのだろうか?


「どうしたの?」


歩く速度を落としながら問いかけると、ララノアはうつむいたまま、ぼそぼそと小さな声で言葉を返してきた。


「はぐれたら……困る……」

「はぐれたらって? 僕が?」


僕は、左隣に並ぶユーリヤさんに視線を向けながら、言葉を続けた。


「大丈夫だよ。もしララノアとはぐれても、ユーリヤさんもいるし」

「あの……でも……本当は……ご主人様と……二人で……」


ララノアが何かをつぶやいているが、今ひとつ要領を得ない。

とりあえず、何かの注意喚起の為に服の裾を掴んでいる訳では無さそうだし、それでララノアの気が済むなら、別に気にする事も無いかな。


僕は、周囲に物珍しそうな視線を向けながら左隣を歩くユーリヤさんに話しかけた。


「“ユーリ”さんは、トゥマの街、今回が初めてですか?」


彼女が笑顔で言葉を返してきた。


「4年前、帝都から初めて任地中部辺境軍事管区に赴く際、やはりこの街に宿泊しましたよ。ですがあの時は、街中を自由には歩き回れませんでした。こうして実際自分の足で歩いてみると、色々な事が新鮮に感じられて、少しワクワクしてきますね」


話している内に、道具屋に到着した。

看板には、『リャザン交易センター』と書かれている。

中は案外広く、品揃しなぞろえも豊富そうであった。


「ここが……一番……大きい……」


ララノアは、どうやら街一番の道具屋に案内してくれた、という事らしい。


「ありがとう」


笑顔で感謝の気持ちを伝えると、ララノアは、フードを目深にかぶり直して、ますますうつむいてしまった。

……まあ、挙動不審なのは、いつもの事だ。

気を取り直した僕は、陳列されている商品に興味深げな視線を向けるユーリヤさんに一声かけてから、奥にある店のカウンターに向かった。

店主だろうか?

カウンターの向こうから、いかにもやり手な感じの初老の女性が声を掛けてきた。


「いらっしゃい。何か欲しい物があったら遠慮なく相談しておくれ」

「MP回復ポーションを探しているんですよ。女神の雫MP全快とか月の雫MP50回復とか」

「MP回復ね……確かこっちに……」


背後の棚から女性が何本かのポーションを取り出し、カウンターの上に並べていく。


「女神の雫は切らせているけれど、月の雫なら32本在庫が有るよ」


女神の雫は、神樹内部の巨大ダンジョンでは、レベル80のレイスのドロップアイテム。

月の雫は、同じく神樹内部の巨大ダンジョンでは、レベル62のドラゴンパピーのドロップアイテムだ。

供給をモンスタードロップに頼るアイテムは、やはりその供給量が、対象モンスターの強弱に左右されるという事だろう。

ともかく、月の雫32本あれば、MP換算で50×32 = MP1,600分の回復手段を獲得出来る。


「月の雫、32本纏めて買えばいくらになりますか?」

「32本とは豪気だね。お客さん、冒険者かい?」

「はい」

「月の雫、1本金貨2枚だけど、32本纏めて買ってくれるなら、全部で白金貨6枚にまけといてあげるよ」


僕の隣で服の裾を掴んでいるララノアがささやいた。


「そ……相場通り……」


僕はゴルジェイさんから下賜された白金貨10枚の入った袋から、6枚を取り出した。



買い物を済ませ、三人で道具屋『リャザン交易センター』を出た僕は、ララノアに話しかけた。


「この近くに、魔法書が買える魔法屋って無いかな?」


僕は元々、関谷さんに魔法書をプレゼントしてみようと考えていた第271話

この大陸に転移させられたのも、魔法書を買いに訪れたルーメルの魔法屋で、謎の魔道具第273話と出会ってしまったからだ。

結局あれから魔法書を買う機会が無かったけれど、見た感じ、ルーメル並みに賑やかなここトゥマなら、魔法屋があるのでは? と考えたのだけど……


「魔法屋……」


ララノアは、何かを探るような雰囲気になった後、通りの向こうを指差した。


「あ……あちらに……」


と、ユーリヤさんが話しかけてきた。


「魔法書を買いに行くのですか?」

「はい。と言っても、プレゼント用ですが」

「タカシ殿は、魔法を覚えたりは?」

「僕は……」


戦闘時、【影分身】やら【置換】やら、それなりにMP消費するスキルに頼った戦い方をする僕にとって、中途半端な魔法は、結局、宝の持ち腐れになりそうだし。


「魔法の適性、高くなさそうなので」


そんな感じで言葉を返した僕は、服の裾を掴んだララノアの案内で、魔法屋へと向かって歩き出した。



目的の魔法屋は、裏路地のような場所に、ひっそりと立っていた。

扉を開け、中に足を踏み入れると、薬草かなにかでも煮込んでいるのか、独特の香りが鼻孔をくすぐった。

店主は、腰の曲がった、老人の男性であった。


「ひらっしゃい。ひゃにかしゃがしものかへ?」


営業スマイルのつもりなのだろう。

老人の、歯が全て抜け落ちた口元が、横ににっと引っ張られた。


「魔法書が欲しいのですが……」


僕はその老人に、全属性、つまり、土、水、風、火、光、闇、それぞれの基本の魔法書を見せて欲しいとお願いした。


「へんほくへいじゃと? だいまどうしへも めはすのかへ?」

「プレゼント用なんですよ」


かっかっか。

老人は、独特な声で笑いながらも、次々と魔法書をカウンターに並べて行く。


「いっしゃつ、白金貨10枚ひゃ」


白金貨10枚?

さっきの道具屋で白金貨6枚使ったから、残りは4枚だ。

どうしようか?

少し考えてから、僕はインベントリを呼び出した。

そして、そこからルーメルで使用していたお金、100万ゴールド分を取り出して、老人に見せてみた。


「コレで支払う事は出来ませんか?」

「ほう……いひゅたるの通貨ひゃな?」

「はい」

「しはりゃいに これつかふなら……いっしゃつ、120万ゴールドひゃ」


1冊、120万ゴールドか……

ルーメルでは、確か1冊100万ゴールドだった。

20万ゴールドの差があるのは、為替の関係か、元々の物価に違いが有るのかもしれないけれど。

魔法書自体は、明日クリスさんと合流出来さえすれば、ルーメルに転移で戻って、すぐに買う事が出来るだろう。

でもせっかくここまで来たんだし、イシュタル大陸で使用出来る通貨は、億単位で持っているし……


「6冊全部買うから、安くしてもらえませんか?」


散々悩んだ挙句、一応値切ってみた。


「ほうひゃのう……ひゃあ、6冊へ、700万ゴールドにひへやろう」


ま、いっか。

100万ゴールド分、損する計算だけど、たかだかBランクの魔石2個分の金額第112話だ。

少々金銭感覚が狂ってきている気がしないでも無かったけれど、こうして僕は、ようやく全属性の基本の魔法書を1冊ずつ手に入れる事に成功した。



西に大きく傾いた太陽に照らし出されながら、宿まで帰って来ると、宿屋の前に1台の馬車が横付けされているのが目に飛び込んできた。

馬車の荷台には、頑丈そうな空の檻が乗せられており、近くには槍を手にした衛兵が3名程立っていた。

僕はそっとユーリヤさんに話しかけた。


「あれはもしかして?」


ユーリヤさんがうなずいた。


「そうですね。恐らくアルラトゥを迎えに来たのかと」



宿屋の1階カウンターの前には、数名の人々が集まり、何かを話していた。

僕等に気付いたらしいその中の一人から声を掛けられた。


「タカシ殿、ちょうど良かった。キリル中佐からのお使者が来られている」


声を掛けてきたのは、ボリスさんだった。

彼から“お使者”と紹介されたのは、僕よりも頭一つ背が高く、体格の良い若い男性であった。

鎧を身に付け、腰には剣を差している。


「私は帝国軍属州リディア第一大隊所属の軍曹レオニートだ。大隊長であるキリル中佐の命により、アルラトゥなるダークエルフの身柄を受け取りに参った」


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