第337話 F級の僕は、アルラトゥを帝国軍に引き渡す


6月14日 日曜日8



「私は帝国軍属州リディア第一大隊所属の軍曹レオニートだ。大隊長であるキリル中佐の命により、アルラトゥなるダークエルフの身柄を受け取りに参った」


レオニート軍曹は、僕にじろりと視線を向けて来た。


「お前がタカシとやらいう冒険者か? アルラトゥを捕縛後、所有者になっていると聞いているが」

「はい」

「よし。では、お前とボリス、スサンナ、あとは……」


レオニート軍曹が話を続ける中、なぜかユーリヤさんは、僕等とは無関係だと言わんばかりに、そのまま僕等の脇をすり抜け、さっさと階段を上って行く。

レオニート軍曹が、その後ろ姿に視線を向けながら、僕にたずねて来た。


「今、お前と一緒に宿に戻って来たように見えたが、あいつもお前達の旅の同行者か?」

「ユー……」

「あの方は、私達とは無関係でございます」


僕の声をさえぎるように、その場にいたスサンナさんが声を上げた。


「……そうか。それで、お前達の代表者の“ユーリ”とやらは、どうしても同行出来ないのか?」

「申し訳ございません。先程も申し上げました通り、体調を崩して寝込んでおります。流行り病の可能性もございますので、キリル様へのご面会は、ご遠慮させて頂きたく……」


スサンナさんが、申し訳無さそうな声でそう説明した。

二人のやりとりを聞いている内に、僕も大体状況を理解した。

出掛ける前に、ユーリヤさんは、面識のあるキリル中佐と会うつもりは無いと話していた。


レオニート軍曹が言葉を返してきた。


「仕方ない。ではアルラトゥを連れてこい」


どうやら、ここでアルラトゥをレオニート軍曹に引き渡してお仕舞いでは無く、僕、ボリスさんそれにスサンナさんが、皆を代表してキリル中佐に直接会って、事の次第を説明する、という話になっているらしい。

アルラトゥは今、2階の僕の部屋で拘束されている。

僕はアルラトゥを連れてくるために、ララノアと一緒に2階に上がった。

2階の廊下にユーリヤさんが立っていた。

彼女は、僕に悪戯っぽい表情を向けながら話し掛けてきた。


「ごめんなさいね。そんなわけで私は留守番だから、後は宜しくお願いします」



部屋に戻ると、ターリ・ナハと……ポメーラさんが笑顔で出迎えてくれた。


「ポメーラさん、いらっしゃったんですね?」

「はい。ターリ・ナハとアルラトゥを二人っきりにしておくのは不安だ、とおっしゃられていたので」


スサンナさんが気を利かして、ポメーラさんにもアルラトゥの監視の手伝いをお願いしてくれていたのだろう。


「ありがとうございます。それで、特に何も無かったですか?」

「特に何も」


アルラトゥは拘束着で簀巻きにされたまま、僕が出掛ける前と同じ姿勢で床の上に転がっていた。


このまま彼女を担ぎ上げて階下に連れて行くのは、ちょっと、いや、大分変だよな……


そう考えた僕は彼女に近付くと、彼女の拘束を解いた。

彼女が不思議そうに立ち上がった。


「夕ご飯の時間には、まだ早いようですが……」


窓の外は、まだ西日で明るかった。

夕食の時間まで、アルラトゥの言葉通り、まだ1~2時間はあるはずだ。

この二日間、彼女が拘束を解かれたのは、食事時のみ。

それゆえの疑問だろう。


「これから君を帝国軍に引き渡す事になったんだ」


アルラトゥの顔にサッと緊張が走った。


「私は、ウラジーミル様属州リディア総督に直接お話を……」


僕は彼女の緊張を解こうと、出来るだけ笑顔で語り掛けた。


「君の引き渡し先は、そのウラジーミル様の長男、キリル中佐の部隊だよ。多分だけど、この後は帝国軍が君を州都リディアに護送するんじゃないかな。まあ一応、君がヴォルコフ卿属州モエシア総督から主命を受けているって話は、ちゃんとキリル中佐に伝えるから安心して」



再び留守をターリ・ナハ達に託し、アルラトゥを伴って階下に向かおうとしたところで、ララノアに服の裾を引かれた。


「あの……私も……お供……」

「大丈夫だよ。僕とユーリヤさんを案内して疲れたでしょ? 僕が戻って来るまで、ゆっくり休んでおいて」


しかし、ララノアは服の裾を掴んだままもじもじしているだけ。


「ララノア?」

「あの……お供……」


……

ララノア的には、“ご主人様”の僕が、キリル中佐という初対面の人物に会いに行くから、護衛しなきゃとか、そんな感じなんだろうか?

仕方ない。


「分かったよ。それじゃあ一緒に行こうか」



階下に下りて行き、アルラトゥをレオニート軍曹に引き渡した僕等は、そのまま彼等と一緒に街の外、キリル中佐の元へと向かう事になった。

アルラトゥは衛兵達によって縛られた後、僕等が宿の前で見かけたあの馬車の荷台に設置された檻の中に入れられた。

僕、ララノア、ボリスさん、そしてスサンナさんの4人も、同じ荷台に乗り込むよう指示された。

ちなみにララノアの同行は、特に問題にはされなかった。

元々この国ネルガルの帝国では、奴隷は“人間”ではなく、単なる所有物とみなされているからかもしれない。


西日に照らし出される中、僕等を乗せた馬車はゆっくりと動き出した。

馬車の荷台には、幌は付けられていなかった。

剥き出しの檻に入れられたアルラトゥの姿に、通りの人々の好奇な視線が向けられる。

檻の中で縛られた姿で座り込み、ただ項垂うなだれているアルラトゥの姿は、僕の心の中に複雑な感情を引き起こした。


アルラトゥは、三体のムシュフシュを、自分が生き残る為に僕等に押し付けてきた事を認めていた。

だけどそれは、ヴォルコフ卿属州モエシア総督から託された主命――モエシアで何が起こったかを、モノマフ卿属州リディア総督に直接伝える――を果たすため、やむを得ずそうしたのだとも語っていた。

もちろん、彼女の言葉がどこまで真実――ムシュフシュに“本当に追われていたのか”含めて――なのかは分からない。

ただそういった諸々もろもろの事情をかんがみても、こうして彼女が晒し者になっているのを目にすると、やはり心がざわついてしまう。

彼女がダークエルフで無ければ、つまり“奴隷人モドキ”では無く、“人間”であれば、もっと扱いが違ったのでは無いだろうか?


僕等を乗せた馬車は、街を囲む城壁の外に出た。

そして、一際目立つ、白く大きな幕舎の前で停止した。

幕舎のてっぺんには、双頭の龍がとぐろを巻いた独特の意匠が描かれた軍旗がひるがえっていた。

レオニート軍曹は僕等にそのまま待機するよう話すと、一人、幕舎の中へと入って行った。

数分後、レオニート軍曹が幕舎から出て来た。


「大隊長がお会いになられる。入れ」



レオニート軍曹に続いて幕舎の中に入ると、数人の幕僚らしき男達に囲まれた痩せぎすの男性が、大きな背もたれのある椅子に、ふんぞり返るようにして座っていた。

男性は、僕等と、少し遅れて幕舎の中に運び込まれたアルラトゥの入れられた檻に視線を向けながら、めんどくさそうに口を開いた。


「で、お前等か? 怪しいダークエルフを1匹捕まえたって言うのは」


名乗りもせずにそう切り出した所を見ると、彼が“キリル中佐”だろうか?

僕はそっと男性の様子を観察してみた。

仕立ての良さそうな軍服に身を包み、金髪を綺麗にセットしたその男性は、最初に想像していたよりも随分若く見えた。

もしかすると、僕とそう変わらないかもしれない。


「キリル様とお見受けいたします。私、サハロフ商会のスサンナと申す者でございまして……」


スサンナさんが僕等を代表する形で、事の経緯を説明し始めた。

ただしムシュフシュとの戦いの下りでは、ユーリヤさんの活躍に触れる事無く、ただ、僕等全員が協力して斃した、と少しぼかして説明していたけれど。


話を聞き終わったキリル中佐が口を開いた。


「ご苦労。もう下がって良いぞ。褒賞金は、後で宿の方に届けさせよう」


あれ?

もう終わり?


呆気なく終わろうとしている“事情聴取”にやや拍子抜けしてしまった僕は、とりあえず、アルラトゥの処遇の確認を試みた。


「キリル中佐、アルラトゥは州都リディアに護送されるんですよね?」


キリル中佐は、不機嫌そうに僕を睨みつけた。


「護送? なんでそんな事をしなければいけないんだ?」

「えっ?」


キリル中佐は、檻の中で縛られたまま項垂うなだれているアルラトゥを指差した。


「まさかお前は、こいつを父上に会わせてやってくれ、等とふざけたことを言い出すつもりでは無いだろうな?」

「ですがアルラトゥは、ヴォルコフ卿属州モエシア総督から……」

「馬鹿かお前は? そんな話、こいつの詐言さげんに決まっているだろ?」

「ですが、一応話を……」

「まさかお前、冒険者風情で総督の息子たる俺様に意見するつもりか?」


激昂した雰囲気のキリル中佐が立ち上がり、腰の剣に手を掛けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る