第335話 F級の僕は、街に出掛ける事にする


6月14日 日曜日6



短い昼食休憩時以外、ひたすら街道上を走り続けた僕等は、午後2時半過ぎ、ついにトゥマの街に到着した。

ボリスさんの話によると、トゥマの街は属州リディア南部で最大の帝国軍駐屯地にもなっているらしく、郊外にはいくつもの幕舎が張られ、大勢の兵士達がくつろぐ様子が見て取れた。

そして街全体をぐるりと取り囲むようにそびえ立つレンガ作りの頑丈そうな城壁の所々に設けられた出入り口では、槍を手にした衛兵達が、街を訪れる旅人達を一人一人、丁寧にチェックしていた。

いつも通り街への入り口で身分証を呈示した僕等は、イレフの村の時同様、アルラトゥについても事情を説明した。


「……そんなわけで、州都リディアまでの護送を依頼されてはいたのですが、この地で帝国軍にお引渡しする事は可能でしょうか?」


スサンナさんの言葉に、衛兵達はお互い顔を見合わせた。


「我等だけでは即答しかねる。とりあえず、この地に駐屯する帝国軍の大隊長、キリル中佐にご報告するから、そのご指示に従ってもらいたい」

「あと私ども、今朝イレフの村をったのですが、その際、モエシアからの避難民の方々にお会いしました。一応手持ちの食料等、お分けしたのですが、非常に困窮している様子でした。彼等を保護するため、帝国軍をイレフに派遣するよう、お願いして頂けないでしょうか?」

「分かった。その件についてもキリル中佐にご報告しておこう」

「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。これは手間賃としてお受け取り下さい」


スサンナさんが、数枚の金貨を衛兵達に手渡した。

彼等が笑顔になった。


「捕虜の護送に避難民への支援。お前達サハロフ商会の帝国への貢献は、モノマフ卿属州リディア総督にもお伝えいただけるよう、キリル中佐に申し上げておこう」

「宜しくお願いします」


友好的な雰囲気の中、僕等は宿を決めたらそれを衛兵達の詰め所に報告する。

そして改めて帝国軍からの指示が届くまで、宿で待機する、という方向で話はまとまった。

駐屯軍の司令官キリル=モノマフは、属州リディアの総督、ウラジーミル=モノマフの長男なのだ、とボリスさんが教えてくれた。

帝国では、属州に駐屯する軍の指揮官を、州総督の子息が務めるのは、ごく一般的な事らしい。

そう言えば、ゴルジェイさんはどうしているのだろうか?

彼は属州モエシアの総督、ヴォルコフ卿の三男で、中隊長を務めていた。

州都モエシアを滅ぼされたと知れば、彼はきっと自分の中隊を動かして、“エレシュキガル”と戦おうとするだろう。

ゴルジェイさんには、色々お世話になった。

自然、彼の安否が気遣きづかわれた。


僕等は宿を早々に決めると、荷ほどきを行った。

あとは駐屯軍の指揮官、キリル中佐からの指示を待つだけだ。

部屋割りはイレフの村の時同様、ユーリヤさん、スサンナさん、ポメーラさんで1室、ボリスさん、ミロンさん、ルカさんで1室、そして僕、ターリ・ナハ、ララノア、アルラトゥで1室。

宿は、にぎやかな大通りに面していた。

椅子に腰掛け、僕等にあてがわれた2階の客室の窓から、外に視線を向けてみた。

通りを大勢の人々が行き交っている。

彼等の喧騒を眺めていると、すぐ隣の属州モエシアで進行中であるはずの“エレシュキガル”絡みの話が、遠い世界の事のように思えてくる。


結構大きな街だな。

ルーメル位はありそうな……


そこまで考えた僕は、ふと思いついて立ち上がった。


「ターリ・ナハ、ララノア、ちょっとユーリヤさん達と話してくるね」


僕は二人にアルラトゥの“監視”を頼むと部屋を出た。

そしてそのまま、ユーリヤさんの部屋を訪れて、扉をノックした。



―――コンコン



「はい、どなた様でしょうか?」


すぐにスサンナさんの声で応答があった。


「すみません、タカシです。ちょっと相談したい事がありまして」

「少々お待ち下さい」


数秒後、扉が開かれ、僕は部屋の中に招き入れてもらった。

上は白いシャツ、下は紺のズボンを身に付けたユーリヤさんは、ベッドに腰掛け、そのかたわらにはスサンナさんとポメーラさんがはべっている。

ユーリヤさんが笑顔を向けて来た。


「どうしました?」


問われて僕は、彼女に相談を持ち掛けた。


「道具屋を見てきてはダメでしょうか?」

「道具屋?」

「はい。実はMP回復ポーションのたぐいを切らせていまして。今の内に色々補充しておきたいな、と」

「分かりました。まあ、キリル殿から呼び出しがあっても、全員で向かう必要は無いですし、タカシ殿にはゆっくり街を見物してきて頂いても構わないですよ」

「ありがとうございます。一応、ターリ・ナハとララノアは置いていくので、僕の留守中、アルラトゥを外に連れ出したい時には、二人に話して下さい」


ユーリヤさん達に別れを告げた僕は、自分の部屋へと戻ってきた。

そして改めて二人に、街に出て買い物をしてくる事を告げた。


「アルラトゥの拘束着の着脱は問題無いよね?」


二人には何度か“練習”――アルラトゥの食事やトイレの時等――してもらっている。


「大丈夫です。それではお気を付けて」

「あの……」


ターリ・ナハは、笑顔で僕を見送ろうとしてくれたけれど、ララノアが、僕の服の裾を引いた。


「どうしたの?」


ララノアは、ちらちら僕を見上げながら、言葉を返してきた。


「あ……案内……」


もしかして、街を案内してくれようとしている?


「ララノアはこの街、詳しいの?」

「く……詳しくは……でも、ま……魔法で……察知……道具屋……最短距離で……」


なるほど。

探索系の魔法を使って、効率よく道具屋まで連れて行ってくれる、という事らしい。

道行く人々にたずねながら、道具屋を目指そうと思っていたけれど、彼女が同行してくれるのならば、かなり時間短縮出来そうだ。

だけどララノアを連れ出せば、ターリ・ナハが、一人でアルラトゥを監視しなければならなくなる。


「ターリ・ナハ、ララノアが道案内を申し出てくれているんだけど、留守を君一人に任せても大丈夫かな?」


ターリ・ナハは、チラッとアルラトゥに視線を向けた。

彼女は今、拘束着で簀巻きにされ、身動き一つ出来なくなっている。

ターリ・ナハが微笑んだ。


「お任せ下さい。何か困った事が起きれば、ユーリヤ様達を頼らせて頂きますので」

「じゃあ、ユーリヤさん達に伝えておくよ」


ララノアと一緒に部屋を出た僕は、その足で再びユーリヤさんの部屋を訪れた。



「……そんなわけで今、ターリ・ナハが一人でアルラトゥを“監視”しているんですよ。何も無いとは思うのですが、一応、お知らせしておこうかと」


僕の話を聞いたユーリヤさんが、言葉を返してきた。


「それなら、私がタカシ殿と参りましょうか? ちょうど街もゆっくり見て回りたいと思っていた所ですし」

「え? ですが留守中、キリル中佐から呼び出されたら……」

「ふふふ、どのみち呼び出されても、私は留守番をしているつもりでしたから。実は私は、キリル殿とは面識があるのです。例えコレを使っていても、見破られないとは限りませんので」


ユーリヤさんは、自分の首元浅葱色のスカーフを指差しながら、腰かけていたベッドから立ち上がった。


「スサンナ、もし私の留守中にキリル殿から呼び出されたら、打ち合わせ通りにお願いしますね」

「かしこまりました」


と、ララノアが声を上げた。


「あ……あの……私が……案内……」


ユーリヤさんが、ララノアに笑顔を向けた。


「ララノア……でしたっけ? あなたはタカシ殿のお部屋に戻って、休んでいなさい」

「で……ですが……」


まあ僕としても、ターリ・ナハをアルラトゥと二人っきりにしておくのは少し不安があるし、魔法に長けたララノアが残ってくれるのが、ベターな選択だとは思うんだけど。


しかしララノアは、ちらちら僕の方を見上げるのみで、動こうとはしない。


「ララノア、ユーリヤさんが買い物、付き合ってくれるそうだから……」


言い終わる前に、ララノアが僕の服の裾を握り締めてきた。


「あの……案内……あの……」


ララノアの声が、なぜか泣きそうな感じで震えている。

もしかして、ララノア的には、『一度“命じられた”案内を完遂出来無ければ、ご主人様に捨てられる』とかなんとか、思っているのだろうか?


仕方ない。


僕はスサンナさんとポメーラさんに話しかけた。


「僕等の留守中、アルラトゥの様子、ターリ・ナハと一緒に見ていてもらえないですか?」


スサンナさんが、やや怪訝そうな顔になった。


「それはもちろん、構いませんが……?」

「せっかくですので、ララノアの案内で、ユーリヤさんと一緒に出掛けてこようかと」

「分かりました。それでは、ユーリヤ様の事、宜しくお願いしますね」


こうして僕等は、三人で道具屋に向かう事になった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る