第334話 F級の僕は、チベットでの作戦の結末を聞く


6月14日 日曜日5



「ボリスさん!」


僕の呼びかけに、先頭を行くボリスさんが馬の歩みを緩めた。


「タカシ殿、どうした?」

「すみません、20分程休憩を取って頂けないでしょうか?」

「ははは、もしかしてトイレか?」

「まあそんな感じです」


ボリスさんが、後続する馬車と荷馬車の御者台に座るポメーラさん、ミロンさんそれぞれに、小休止する事を告げてくれた。

街道脇、停車した馬車から降りて来たユーリヤさんに、僕はそっと話しかけた。


「ちょっとまた“倉庫”に物を取りに行きたいんですよ」

「分かりました。お気を付けて」


“倉庫”に物を取りに行く人への声掛けとしては少々変だ。

もしかしたら、薄々何か感づいているのかも、だけど。


それはともかく、僕は皆に手を振って、近くの茂みへと入って行った。

十数m程歩いて、良い感じに茂みがユーリヤさん達から僕をさえぎってくれている場所で、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。



地球のボロアパートの部屋の中。

机の上の目覚まし時計は、13時43分を指している。

僕はインベントリから『ティーナの無線機』を取り出すと、急いで右耳に装着した。


「ティーナ……」


少しの間があってから、囁き声が戻って来た。


『Takashi? 5分待って』

「分かった。連絡待ってる」


なんだか随分忙しそうだ。

彼女は今、ハワイの対策センターにいると話していた。

ハワイは、日本とは19時間の時差だから……今向こうは、日付的には昨日の18時45分位のはず。

同僚達と夕ご飯でも一緒に食べている所かもしれない。


僕はテレビをけてみた。

お昼の情報番組枠で、朝のチベットでの中国の作戦について取り上げられていた。

フリップボードが出され、司会者とコメンテーター達が、意見を交わしあっている。

どうやら中国は、“S級モンスターを50体以上殲滅するも、完全制圧には至らず”と発表しているらしい。

しかしそれ以上の記者会見も追加の発表もなされていない様子で、つまり今のところ、コメンテーター達がそれぞれの推論を口にしているだけのようだ。


そのままテレビを見るとは無しに眺めていると、右耳の『ティーナの無線機』を通して、ティーナさんから囁かれた。


『お待たせ。ねえ、今部屋?』

「そうだよ。て言っても、あと15分程でまた向こうネルガルに戻らないといけないんだけど」

『Takashiも忙しそうね』

「ティーナ程じゃ無いと思うけど。それでチベットの話なんだけどさ」

『中国は、stampede制圧に失敗したみたいよ』

「やっぱり……」

『Huh? 驚かないのね』

「実は……」


僕は、今朝エレンから、嘆きの砂漠に生じている黒い結晶体周囲で何者かが儀式呪法を発動させているらしいと聞いた事、

クリスさんに頼んで嘆きの砂漠の様子を見に行ってもらった事、

そしてクリスさんが話していた推測について、簡単に説明した。


「それで結局、こっちでは何が起こったか分かる?」


数秒の沈黙の後、囁きが返ってきた。


『なるほど。そのChrisという人物は、かなり頭が切れそうね。彼女の推測が正しいと仮定すれば、私達USAが現時点で確認出来ているいくつかの事象を、整合性を以って説明出来るわ』

「具体的には?」

『まず、突然の中継映像の中断。あれは、映像を中継していた航空機が撃墜されたからよ。これは偵察衛星による画像分析でも確認されているわ。ただ、Takashiの話を聞くまでは、どうやって撃墜されたのか謎だったのだけど』

「謎というのは?」

『あの航空機は、高度4,000m近くを飛行していた。チベットでstampedeを起こしているBehemoth以下、地上性のS級monster達は、いずれもその高度に届く攻撃手段を持っていないと見られているの。なのに中国の航空機は撃墜された。最初は、terrorismの可能性も視野に入れていたのだけど、isdifui側から攻撃されたのであれば、説明が付くわ』


クリスさんは、もしイスディフイ側から世界の壁を越えて攻撃可能であれば、真っ先に狙われるのは、レーザー兵器になるはず、と話していた。

と、言う事は……


「撃墜されたその航空機が、映像中継と同時に新型のTHEL(戦術高エネルギーレーザー)による黒い結晶体封殺の役目も果たしていた?」

『Wow! さすがは私のboyfriendね。Chrisの推測が正しければ、当然そういう事になると思う。と言っても、実際、撃墜された航空機に新型のTHELが搭載されていたかどうかに関しては、まだ何の情報も無いのだけど。それはともかく……』


ティーナさんが一呼吸置いてから囁きを続けた。


『もしChrisの推測が正しければ、私達の世界地球にとって、由々ゆゆしき事態よ』


それには激しく同意する。

もしクリスさんの推測が正しければ……


嘆きの砂漠で儀式呪法を発動させた“何者か”は、

世界の壁を越えて地球側の状況を正確に知る事が可能で、

世界の壁を越えて地球側の意図を容易に見破る事が可能で、

世界の壁を越えて地球側の目標を正確に攻撃可能、

という恐るべき存在と言う事になる。


やはりその“何者か”は、魔王エレシュキガルその人なのであろうか?

しかし、エレシュキガルは今、いずこかに封印されているはずで……


その時、州都モエシアを滅ぼした“エレシュキガル”の事が、僕の脳裏をよぎった。


「今僕等の世界で起こっている事と、直接関係があるかどうかは分からないんだけど……」


そう前置きしてから、僕は州都モエシアを滅ぼし、幻影を使ってネルガルに滅びを告げて来た“エレシュキガル”について、ティーナさんに説明した。


「“彼女”の突然の出現が、僕のルーメルへの帰還を大きく遅らせる要因になっているんだけどね」

『話を聞く限りでは、その“Ereshkigal”は、非常に臭うわね。出来ればそいつは捕縛して、色々情報を引き出したい所だけど……』

「そうだね……」


相槌を打ちはしたけれど、あれ程の力を見せつけてきた相手だ。

いざ対峙する事になったら、本気で――つまり斃すつもりで――戦わないと、僕の方が危なくなるかもしれない。


「それで結局今、チベットはどういう状況なんだろう?」

『私達が把握している情報では、stampedeを起こしたS級monster達の内、少なくとも数十体は、参加したS級達に斃されたはずよ。ただし、“Behemoth”は結局斃せなかった。あとこれは不幸中の幸いって事になると思うんだけど、参戦していたS級達は、全員無事に戦場を離脱して、今はラサに集められているみたい』

「中国は再度同じ手法、つまり新型のTHELを用意して攻撃を再開するつもりかな?」


もしそうだとしたら、そして事前に作戦開始時刻を把握出来ていれば、クリスさんに(彼女と合流出来た後って事にはなるけれど)嘆きの砂漠に転移させてもらって、“何者か”による再度の妨害が行われないか、見張る事が出来そうだけど。


『その辺はなんとも言えないわね……いっそ、曹悠然caó yōu ránに直接電話で聞いてみる?』


そうか、それも一案だ。

と、僕は机の上の目覚まし時計が、14時20分を指している事に気が付いた。

こっちに戻って来て40分近くが経過してしまっている!


「ごめん、ティーナ! 急いであっちネルガルに戻らないと。人を待たせているんだった」

『そう言えば、15分で戻るつもりだったのよね? 私の方こそごめんなさい。ついつい話し込んじゃったわ』

向こうネルガルの時間で午後にはトゥマの街に到着するからさ。それから少しまとまった時間作るから、もう一度この件について相談しよう」

『そうね。今こっちは……19時20分だから、緊急招集かからなかったら、明日の朝、日本時間だと……夜中の1時頃までなら、怪しまれずに抜け出したりも出来そうよ』

「分かった。それじゃ!」


僕はティーナとの話を切り上げると、急いで【異世界転移】のスキルを発動した。



茂みをかき分け、再び皆の所に戻って来ると、既に騎乗していたボリスさんから声を掛けられた。


「もう用事は済んだのか?」

「はい、おかげさまで。それより遅くなって申し訳ありませんでした」

「なあに構わんさ。それで、すぐに出発出来そうか?」

「はい」


僕は頷きながら、オロバスを召喚した。


僕等は街道沿い、トゥマの街目指して再び動き出した。



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