第333話 F級の僕は、嘆きの砂漠で何が起こっていたかの推論を聞く


6月14日 日曜日4



イレフの村をあとにした僕等は、トゥマを目指して街道沿いを進み始めた。

時折旅人や荷馬車とすれ違い、また、追い越していく。

どうやら僕等がイレフの村で目にしたのが、避難民の集団としては第一陣だったらしく、街道上にモエシアでの異変の影響を受けていそうな人々の姿は見られない。

沿道には林や畑がぽつぽつと広がり、のどかで牧歌的な風景が広がっている。

僕はオロバスの馬上、右耳に『二人の想い(右)』を装着して、念話を送ってみた。


『アリア……』

『タカシ! 今どこ?』


いつも通りの元気な“声”。


『トゥマ目指して北上中だよ。アリア達は?』

『私達もトゥマ目指して南下中。そうそう、嘆きの砂漠、見て来たよ。クリスさんに代わるね』

『うん』


十秒程度で、今度はクリスさんから念話が届いた。


『タカシ君、嘆きの砂漠の様子なんだけど……』


クリスさんは、あれからすぐにアリアに呼び出されて、二人で一緒に、急いで嘆きの砂漠に向かってくれたのだという。

到着時には、黒い結晶体の周囲に“何者か”の姿は見当たらなかったけれど……


『確かに、大掛かりな儀式呪法を作動させた痕跡が見つかったよ』

『それは誰が用意して、どういった効果があるものだったのか、とか分かりますか?』

『ごめんよ。詳しくは分からなかったんだ。恐らく光の巫女が話していた“何者か”が、僕等の到着前に、その痕跡を丁寧に拭い去ったんだと思う。事前に儀式呪法の話を聞いていなかったら気付けない程小さな痕跡しか残っていなかったよ』

『そうだったんですね……』


再び、チベットからの生中継が中断する前に画面いっぱいに広がった白い光の事が思い起こされた。


『とにかく、相当大規模な儀式呪法だった事は確実だと思う。推測だけど、高レベルの術者達が、何日もかけて事前に準備を行ったんじゃないかな。タカシ君の世界の……チベットだったっけ? そこの黒い結晶体には何か変化は現れていないの?』

『それがですね……』


僕は現在進行中(と思われる)チベットでのスタンピードに対して、中国が実施している制圧作戦について詳しい説明を試みた。

もちろん、この世界には存在しない“テレビ”やレーザー兵器“といった概念が、どこまでクリスさんに伝わったかは分からないけれど……


僕の話を聞き終えたクリスさんが、念話を返してきた。


『その“テレビ”の“生中継”が途切れたタイミングと、“何者か”が儀式呪法を行っていたタイミングが見事に重なっている気がするけど、気のせいかな?』

『気のせいじゃない、と思います』

『“レーザー兵器”は、黒い結晶体が転移出来る限界を超えるエネルギーを、持続的に浴びせ続けるために使用されていたって事だよね?』

『はい』


僕が見せてもらったティーナさんの記憶の中で、曹悠然ツァオヨウランはそう語っていた。


『“レーザー兵器”のエネルギーは、当然、黒い結晶体の許容限界までは、嘆きの砂漠に転移させられた可能性大、だよね?』


中国が以前、地球のチベットで使用した核ミサイルは、イスディフイの嘆きの砂漠で炸裂した第222話


『そうだと思います』

『それって凄まじいエネルギー、つまり攻撃力だったはずだよね?』

『そのはずです』


確か、300PJペタジュール以上のエネルギー云々って話だった第320話はず。

普通の戦術高エネルギーレーザー(THEL)3億台分、とか。


『だとすれば……もし“何者か”が儀式呪法を準備中、或いは発動中に、地球で“レーザー兵器”を使用されたら、そのエネルギー攻撃力は、嘆きの砂漠に転移させられて、“何者か”含めて全て吹き飛ばしてしまうはず』


確かにその通りだ。


『じゃあ、“何者か”も儀式呪法もそのせいで消滅?』

『普通ならそうなるはずなんだけどね。痕跡を調べた限りでは、儀式呪法はちゃんと発動して、それを準備した“何者か”は、痕跡を丁寧に拭い去っている』


それってどういう……?


『ここからは憶測になるんだけどね』


クリスさんは、前置きをしてから言葉を続けた。


『儀式呪法を準備した“何者か”は、どうやってかは知らないけれど、事前にその“レーザー兵器”が使用される事を知っていたんじゃないかな?』



―――ドクン!



心臓の鼓動が跳ね上がった。


『知っていたからこそ、その“何者か”は、何日も前から入念な準備を行って、レーザー兵器の影響を受ける事無く、儀式呪法を発動させる事が出来た……』


イスディフイにいながら、地球で使用されるであろうレーザー兵器の存在を知っていた?

そんな事が出来そうな存在って……


『エレシュキガル?』

『関与は濃厚だろうね。今のところ僕の知る限り、世界の壁を越えて行き来できる存在は、君だけだ。その君が、“何者か”に“レーザー兵器”について教えていないのなら、それを知り得る存在としては、やはりその名前が出て来るよね』


しかし、エレシュキガルは、どこかに封印されているはず。

エレシュキガルの本体疑惑をかけられていたエレンも、神樹の間にこもりっきりだ。


『もしエレシュキガルが関与しているとして……レーザー兵器が地球で使用されると“察知”出来たとして……』


クリスさんが考えをまとめながら念話を送ってきているのが感じ取れた。


『もしかすると、嘆きの砂漠に転移されたレーザー兵器のエネルギー攻撃力をそのまま撃ち返した可能性もあるよね』


撃ち返した!?


『少なくとも、嘆きの砂漠に、以前の“核ミサイル”によるものは別として、真新しい破壊の痕跡は見当たらなかった。つまり、“レーザー兵器”は、嘆きの砂漠に何も痕跡を残していない。ならば、君の世界に撃ち返されたって考えもアリなんじゃないかな』

『それだと……』


僕は以前、エレン達と一緒に、黒い結晶体の機能の封殺方法を相談した時第230話の事を思い出した。


『向こうとこっちとのエネルギーが釣り合って、相殺されるんじゃ?』

『全く同じエネルギーを双方向から同時に加えれば、そうなるかもだけど。“何者か”が最初から撃ち返す気満々で儀式呪法を準備したのなら、話は変わって来るよ』


例えば黒い結晶体を特殊な結界で囲み、同時に、特殊な儀式呪法により、世界の壁を越えて来るエネルギー攻撃力を全て捕捉蓄積していく。

十分に蓄積出来た時点、或いは放置する事で“ベヒモス”が斃されそうになった時点で、捕捉蓄積した膨大なエネルギー攻撃力を地球側に撃ち返す。

そのエネルギー攻撃力は、地球側から照射されている300PJペタジュールエネルギー攻撃力を、何十倍もの差で圧倒したはず。


『僕がその“何者か”なら、そして、地球側に存在する標的を自由に選択できるなら、当然、黒い結晶体の機能を抑制している“レーザー兵器”そのものを狙うだろうね。“レーザー兵器”を破壊出来れば、あとは黒い結晶体に護られた“ベヒモス”達が……ごめんよ、言い方が悪かったね。それにこれはあくまでも僕の憶測にすぎない。気を悪くさせたら申し訳ない』


クリスさんの気遣いの言葉が耳に残らない程、僕の心は激しく動揺していた。

確かに今聞いた話は、クリスさんの憶測だけど、僕にはとても確からしく聞こえて……


もし“何者か”が、世界の壁を越えて地球側の状況を正確に知る事が出来るのならば、

もし“何者か”が、世界の壁を越えて地球側の意図を容易に見破る事が出来るのならば、

もし“何者か”が、世界の壁を越えて地球側の目標を正確に攻撃出来るのならば……


僕等の世界は……


『タカシ君?』


クリスさんの言葉にハッと我に返った。


『すみません。ちょっと考え事をしていました』

『出来るだけ早く、向こう地球の様子を見て来た方がいいんじゃないかな』

『そうですね……』


クリスさんとの念話を切り上げた僕は、そのまま先頭を行くボリスさんの方にオロバスを駆けさせた。


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