第329話 F級の僕は、アルラトゥの言葉に動揺する


6月13日土曜日13



「あの……ご主人様は、もしかしてこの大陸の出身では無いのでしょうか?」


アルラトゥの言葉を聞いた僕の心に、少し緊張が走った。

彼女は、僕が村の入り口でルーメルの冒険者登録証を呈示した時、まだ荷馬車の中で拘束されていた。

それに彼女の前では、僕自身について殆ど喋ってはいなかったはずだけど。


「どうしてそう思ったの?」

「奴隷に対する態度が、他の方々と明らかに違いますから」


なるほど。

拘束着で簀巻すまきにされていても、視界や聴覚はさえぎられていない。

僕がターリ・ナハやララノアと交わす会話等から判断した……ってところだろうか。

それはともかく、僕は彼女を州都リディアまで“連行”した後は、しかるべき役所に引き渡すつもりだ。

わざわざ自分の履歴を彼女に説明する必要は感じられない。


僕は彼女の紅い瞳を見つめながら、違う話題を振ってみた。


「君は州都モエシアが襲撃を受けた時、ヴォルコフ卿と一緒にいたんだよね?」

「はい」


アルラトゥが素直に頷いた。


「その時の状況って、詳しく教えてもらったりは出来ないのかな?」

「すみません、グレーブ様ヴォルコフ卿から、ウラジミール様にのみ、お伝えしろ、と命じられておりますので……」


アルラトゥは、申し訳無さそうな顔をしながらも、今日の午後、僕等に捕らえられた時と同じ返事を繰り返した。

彼女は本当に主命を果たす事にこだわっているだけなのか、或いは実はグレーブ様ヴォルコフ卿云々は、彼女のでっち上げで、本当は語るべき何の情報も持ち合わせていないのか……


そんな事を考えていると、アルラトゥが、意外な事をたずねてきた。


「ご主人様は、伝説の勇者様をご存知ですか?」


伝説の勇者。

500年前、魔王エレシュキガルがこの世界を紅蓮の炎に包んだ時、異世界より召喚され、魔王を封印して世界を救ったとされる存在。

他ならぬ僕自身が理由不明にその役割を演じさせられたのは、記憶に新しい。

しかし彼女はなぜ、いきなりこんな質問を投げかけて来たのだろうか?


「知ってはいるけれど……伝説の勇者がどうかした?」

「ご主人様にとって、伝説の勇者様は、どのような存在でしょうか?」


どのような存在?

それは言い換えれば、自分がどんな存在なのか問われているのと同じ事で……

答えあぐねていると、彼女が赤い瞳で僕の事を凝視している事に気が付いた。

またあの不可解な違和感が沸き上がって来る。

彼女が言葉を継いだ。


「伝説の勇者様は、闇を打ち払い、この世界に光を取り戻してくれた、と皆が口にしております。ならば今、この世界は光に満ちあふれているのでしょうか?」


ふいにあの襲撃者の一人が口にした言葉第291話を思い出した。



―――どうだ勇者よ? これが、お前が救った世界の真の姿だ! 光が闇を打ち払う? 打ち払われるべき闇は、お前等ヒューマン……



世界を救った?

闇を打ち払った?

違う。

僕はそんな崇高な動機でエレシュキガルと戦ったのではない。

一人の魔族の少女が苦しんでいたから……

一度は世界に絶望して、それでも僕なんかの言葉を拠り所に、500年間、たった一人で生き抜いてきた魔族の少女を救いたいから、今もエレシュキガルと戦っているわけで……


そして今、世界を救ったはずの“伝説の勇者”が、エレシュキガルに加担したという理由でイシュタル大陸では族滅され、ネルガル大陸では奴隷として生きる事を強いられているダークエルフの女性から、この世界は光が満ち溢れているのか? と問いかけられている。


僕は喉がカラカラに乾いていくのを感じた。


「それは……どういう……?」


アルラトゥの表情がフッと和らいだ。


「申し訳ございません。気になさらないで下さい」



再びアルラトゥを拘束着で簀巻きにして、感応装置にMP50を流し込んだところで、部屋の扉がノックされた。


―――コンコン


「はい」


扉を開けると、ユーリヤさんが一人で廊下に立っていた。

彼女はいつもの白いシャツに、紺色のズボンを穿いている。


「どうしました?」

「明日の予定を相談しようと思いまして……」


彼女は僕の部屋の中に、なぜか探るような視線を向けながら、そう切り出した。


「分かりました。どうぞ」


部屋の中に招き入れようとしたけれど、ユーリヤさんは首を振った。


「少し込み入った事も相談したいので、階下で話しませんか?」


僕はターリ・ナハとララノアに留守を頼むと、ユーリヤさんと二人、連れ立って階下の酒場に向かった。


時刻はそろそろ夜の11時になろうかという時間帯。

まだまだ酒場の喧騒は続いていたけれど、僕等はすみに二人掛けの席を見付ける事が出来た。

席に着くなり、ユーリヤさんが、僕に顔を寄せながらささやいてきた。


「アルラトゥなるダークエルフにはお気を付けを」


彼女の言葉に、先程のアルラトゥとの会話を思い出してしまった僕の鼓動が少し早くなった。


「それはどういう意味でしょうか?」

「実は……」


ユーリヤさんは、僕が“倉庫”に拘束着を取りに行っている間に、さりげない風を装ってアルラトゥの着衣に触れ、その来歴を“視よう”と試みたのだという。

もし本当に彼女がヴォルコフ卿属州モエシア総督の奴隷だったのなら、当然、その着衣にその痕跡が感じ取れるはずだと考えたのだが……


「何も感じ取る事が出来ませんでした」

「何も?」

「はい。恐らく、事前に来歴を“視られないように”ロックが掛けられていたようです」

「そのロックを掛けたというのは、彼女自身が、でしょうか?」

「分かりません。ですが、そのようなロックをかけ、私の能力を妨害するには、少なくともレベル100を越える術者で無ければ難しいはずです」


レベル100オーバー!?

地球風に言えば、S級だ。

アルラトゥがもし、レベル100を越えているのなら、僕が持ちこんだEREN製の拘束着は意味を成さないはず。

だけど彼女は、ララノアの魔力で簡単に魔法もスキルも封じる事が出来たわけで……


「ヴォルコフ卿があらかじめ、そうした処理を施した衣服を奴隷に着せていた、とか?」


ユーリヤさんが難しい顔になった。


「可能性としては低いですね。属州モエシアで最高の魔導士、マトヴェイ第284話殿でも、確かレベルは70弱だったはず。それにもし、外部からレベル100を越える魔導士を招聘しょうへい出来たとしても、わざわざ奴隷に高度な術式を施した衣服を着せる意味合いが分かりません」


彼女は実は、ヴォルコフ卿とは無関係?

ならば……


「彼女は解放者リベルタティス?」

「そちらの可能性の方がより高いとは思いますが、そうであった場合でも、奇妙な点がいくつか残ります」

「と言うと?」

「まずムシュフシュです。属州モエシア北部には、あのような強力なモンスターは生息していません。つまり、何者かがあの場に連れてきたはずです」

「アルラトゥがテイムしたモンスターだった、とか?」


ムシュフシュは、斃された後、魔石とアイテムを残した。

召喚されたモンスターは、斃しても魔石やアイテムはおろか、経験値すら獲得出来ず、ただ光の粒子となって消え去るだけだ。

しかしテイムされたモンスターは、斃した後、普通に経験値や魔石、アイテムを獲得出来る第201話


「テイム自体が非常にレアなスキルですし、そもそも自分よりレベルの低いモンスターで無ければテイム出来ません」


ならばアルラトゥが、本当はレベル100オーバーなのでは? という当初の疑問に回帰してしまう。


「それに私達がムシュフシュを斃した後もなお、彼女が逃げずにあの場に留まり続けていたのも奇妙です」


確かにムシュフシュを斃した後、長時間にわたってアルラトゥがあの場に留まり続けていたからこそ、僕等は彼女を捕える事が出来たわけで。


「さらに殺されそうになっても、詳しい事情については話せないの一点張り。だけど大人しくこうして連行されている……」


言われてみれば、彼女の行動はずいぶんチグハグな感じがする。

僕は彼女の紅い瞳を見た瞬間に抱いた違和感についても思い出した。


「もしかすると、最初から私達に捕まり、行動を共にする事が目的だったのかもしれません」


ユーリヤさんが、大胆な推測を述べた。


「それは、なんのためでしょうか?」

「分かりません。想像をたくましくしてよいのなら、彼女が実は叔父皇弟ゴーリキーの息がかかった者で、私達の監視目的で行動を共にしている可能性も否定は出来ません。ですからタカシ殿には、よくよくお気を付け下さるよう、お願いします」


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