第328話 F級の僕は、ララノアとの会話で少し振り回される


6月13日土曜日12



イレフの村の入り口、篝火かがりびかたわらには、槍を持った衛兵が2人立っていた。

彼等は僕等の姿に気付くと、声を掛けてきた。


「ここはイレフの村だ。身分証を呈示せよ」


僕は懐から、ルーメルの冒険者登録証、それにターリ・ナハとララノアの奴隷登録証とを取り出した。

ユーリヤさん達も次々と身分証を取り出し、呈示していく。

とはいえ、ユーリヤさん達が呈示しているのは、第一皇女と従者達みたいな身分証であるはずがないので、恐らく偽造された物だとは思うけれど。


衛兵達は、僕等の身分証をチェックしながらたずねてきた。



「お前達、属州モエシアを抜けて来たのか?」

「さようでございます」


スサンナさんが、皆を代表する形でそう答えた。


「モエシア、どんな状態だった?」


心なしか、衛兵達の顔に不安の色が感じられる。


「私どもが通ってきた道筋では特に何も」

「お前達は見なかったのか? あの……“エレシュキガル”とか名乗る幻影が、モエシアを滅ぼした、と告げたのを」

「目にはいたしましたが、私ども、州都モエシアには寄りませんでしたので……」

「そうか……」


僕はふと、気になる事を聞いてみた。


「僕等より前に、モエシアとの州境を越えてこの村に到着した方々は、何か話していましたか?」


衛兵の一人が、顔をしかめた。


「2組程州境を越えて来た者達がいたが、皆、お前達と似たり寄ったりだ。あの幻影がハッタリを告げていたので無ければ、より詳細な事情を知る者の到着は、明日以降になるって事だろうな」



ちなみに、簀巻すまきにして連行中のアルラトゥについては、事情をほぼそのまま説明した。

ここで衛兵達に引き渡しても良かったのだが、あいにく、彼等にはアルラトゥを州都リディアに護送する余力が無いとの事で、僕等がその代わりを引き受ける事になった。

衛兵達は、『奴隷の首輪』をいくつか持っていた。

それを譲ってもらい、一応、僕の所有する奴隷としてアルラトゥの身分登録を行った後、僕等は無事、イレフの村に入る事が出来た。



イレフは、以前僕が荷馬車を購入するために訪れたチャゴダ村と比較すると、倍ほどの規模の比較的大きな村であった。

州境近くという立地を生かして、交易でうるおっているのだ、とボリスさんが教えてくれた。

今夜は、そうした交易をになう商人達向けの宿の一つに泊る事になった。

部屋割りは、ユーリヤさん、スサンナさん、ポメーラさんで1室、ボリスさん、ミロンさん、ルカさんで1室、そして最後に、僕、ターリ・ナハ、ララノア、アルラトゥで1室。

1階の受付でカギを受け取った僕は、階段を上って、割り当てられた2階の部屋へと向かった。



僕等の部屋は、6畳程のスペースに大き目のベッドが一つ、あとは最低限の家具だけが置かれた質素な造りになっていた。

ここ最近、ずっと野宿続きだったので、とにかく、屋根の下、ベッドに寝られるのはありがたい。

と、ここで一つ問題点に気が付いた。


大き目とはいえ、ベッドが一つしかない。

拘束着で簀巻きにしてあるアルラトゥは、部屋の隅で寝かせるとして……

ターリ・ナハとララノアはどうしよう?


少し考えた後、僕はインベントリから冬用の布団を取り出した。


「ターリ・ナハとララノアは、ベッドを使って。僕はコレ、床に敷いて寝るからさ」

「ありがと……」

「ご……御主人様!」


珍しく、ララノアがターリ・ナハの言葉に自分の言葉をかぶせてきた。


「どうしたの?」

「ど……奴隷がベッドは……」

「気にしなくていいよ。どうせこの部屋の中にいるの、僕等だけだし」

「で……でしたら……私も……その……布団で……」


ララノアが、僕にチラチラ視線を向けながら言葉を返してきた。


「もしかして、布団の方が好き? ターリ・ナハはどう? 布団でもいい?」

「私はどちらでも結構ですよ」

「そっか……じゃあ、僕がベッドで、ターリ・ナハとララノアで布団、使ってもらってもいいいかな?」

「分かりました」


ターリ・ナハは明るくそう答えたけれど、なぜかララノアはもじもじしている。

まあ、元々挙動不審なのもララノアの個性の一つって分かってはいるけれど。


「ララノア?」


僕の呼びかけに、彼女の身体がピクっとねた。


「今夜は、ターリ・ナハと一緒に布団で寝てもらってもいいかな?」

「あの……」

「ん?」

「やっぱり……ベッドで……」


??

奴隷がベッドに寝るのはダメ、とか言い出したの、ララノアじゃ無かったっけ?


「じゃあ、僕が布団に寝るから、ターリ・ナハとララノアがベッドを使う?」

「私はどちらでも構いませんよ」

「で……でしたら……私も……その……布団で……」


……ナニこの反復横跳びみたいな会話。

はっ!?

まさかララノア、また余計な気を回して、夜伽をしないと! とか勝手に勘違いしているんじゃ……


僕は一度深呼吸してから、ララノアに出来るだけ優しく話しかけた。


「ララノア、僕はここ最近、神経が張り詰めっぱなしだったからさ。“一人で”ゆっくり寝たいんだ」


僕の言葉を聞いたララノアは、なぜか思いっきり落胆した雰囲気になってしまった。

結局、今夜は僕がベッドで、ターリ・ナハとララノアは布団で寝るという事で、なんとか話はまとまった。



着替えを終えた僕達は、ユーリヤさん達と一緒に夕食を食べる為に部屋を出た。

少し迷ったけれど、アルラトゥもその拘束を一時的に解いて、一緒に連れて行く事にした。

拘束着で簀巻きにした状態だと、食事もままならないだろうし、もし本当にヴォルコフ卿から何か命じられているのであれば、24時間簀巻きにされっぱなしというのも少し可哀そうかな、と考えたからだ。

もちろん食事がすめば、再び彼女を拘束着で簀巻きにする予定ではあるのだけど。


宿の1階は、商人や旅行者相手の酒場になっていた。

時間帯もあってか、大勢の客で賑わっている。

その一角から、誰かが僕の名を呼ぶのが聞こえてきた。

視線を向けるとボリスさん達であった。

既にユーリヤさんはじめ、皆揃っているようであった。

拘束を解かれ、『奴隷の首輪』のみをめているアルラトゥの姿を目にしたボリスさんの表情が険しくなった。


「タカシ殿、これは?」

「食事位は、ゆっくり食べてもらおうかと」

「……まあ、タカシ殿がそう言うのなら……」


僕はボリスさんの隣に並んで腰かけようとして……


「あれ? ターリ・ナハやララノア達の席は……?」

「奴隷はあっちだ」


ボリスさんが酒場の隅、剥き出しの土の床の上に、みすぼらしい木箱が置かれている場所を指差した。

数人の奴隷と思われる獣人やダークエルフ達が、その場所で、粗末な食事を口に運んでいるのが見えた。


仕方ない。

郷に入れば郷に従えって言うし。


僕は奴隷専用の食事スペースに視線を向けながら、ターリ・ナハにささやいた。


「ごめん。君達は、あっちで食事しないといけないらしい」

「ふふふ、気にしないで下さい。この国が奴隷制を採用している以上、主人と奴隷が同じ食卓を囲む方がおかしいですから」


僕は心の中で、ターリ・ナハに頭を下げた。



食事を終え、ユーリヤさん達と明日の予定を再確認した後、僕等は再び自分の部屋へと戻ってきた。

部屋に入ると、アルラトゥが突然地面にひざまずいた。


「改めて感謝いたします。ご主人様」

「え? どうしたの、急に?」

「決してわざとでは無かったのですが、私は結果的に、モンスター達をご主人様達に押し付けて、危険な目にあわせてしまいました。客観的に考えれば、あの場で処刑されてもおかしくない状況でしたのに、ご主人様は、私めの命をお救い下さいました。その上、こうして食事まで普通に食べさせて下さいました。感謝してもしきれません」


彼女の言葉に、僕は彼女の紅い瞳と目が合った時にいだいたかすかな違和感を思い出した。

彼女に助け舟を出したのは、もちろん僕本来の“甘さ”もあるだろうけれど、結果的にはあの違和感が大きく作用したのは否めない事実だ。


その事に想いを馳せていると、彼女から問いかけられた。


「あの……ご主人様は、もしかしてこの大陸の出身では無いのでしょうか?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る