第327話 F級の僕は、アルラトゥを簀巻きにする


6月13日土曜日11



ユーリヤさんの裁定で、このアルラトゥと名乗るダークエルフの処遇は、僕に一任される事になった。

あとは、“アレ”をどうやって手に入れに行くか、だけど……


僕は頭の中で手順を再度反芻はんすうし直した後、ララノアに話しかけた。


封力の魔法陣第291話、またここに設置してもらえるかな?」


封力の魔法陣は、捕虜をそこに立たせておけば、スキルと魔法をMP消費無しに封じ続ける事が出来る。


「か……かしこまり……ました……」


ララノアが地面に魔法陣を描き始めるのを確認しながら、ボリスさんに声を掛けた。


「とりあえず、このダークエルフをロープか何かで縛っておいて頂けないですか?」

「それは構わないが……一体、どうするつもりだ?」

「少し僕に考えが有りまして……」


言いながら、ユーリヤさんに視線を向けた。


「ちょっと向こうでお話させてもらっても?」

「何でしょうか?」


僕は彼女を少し離れた場所に連れて行った。


「実は僕、インベントリの発展型のようなスキルを持っているんですよ」

「インベントリの発展型?」

「はい。普通のインベントリと違って、倉庫みたいな空間に直接入り込んで、保管してある品物を取ってこられるってやつなんですが……」


もちろんそんなスキルを持ってはいない。

これは【異世界転移】について、その詳細を隠したまま説明を試みるという、窮余きゅうよの一策みたいなものだ。

ユーリヤさんが確実に勝利した後ならともかく、今の時点で僕が異世界地球から来訪した、つまり“異世界の勇者”である可能性を告げる事は、避けた方が良いだろう。

この世界イスディフイの多くの人々の信仰の対象である創世神イシュタルから祝福された“異世界の勇者”が、帝国の派閥争いで一方に加担しているって形になれば、それこそクリスさんの言葉通り、この世界に大きな混乱戦争をもたらしてしまうかもしれない。

僕はあくまでも“ルーメルの冒険者”として、ユーリヤさんに力を貸す必要がある。


僕の言葉を聞いたユーリヤさんは、一瞬、探るような視線を僕に向けた後、微笑んだ。


「なるほど。つまり、あまりおおやけにしたくないスキルをお持ち、と言う事ですね? それでその“倉庫”に出入するところを誰にも見られたくない……」


ユーリヤさんの理解が早くて助かる。


「まあ、そんなところです」

「分かりました。では、“取りに行く”時は、教えて下さい。ボリス達には詮索しないように命じておきます」

「ありがとうございます」


僕とユーリヤさんが皆のもとに戻ると、ララノアによる封力の魔法陣の設置は既に終了しているようであった。

そしてその近くに、僕の【影】で拘束され、頑丈そうなロープで縛られたアルラトゥが立たされていた。

僕は【影】に命じてアルラトゥを封力の魔法陣の中央へと運ばせた後、【影分身】のスキルを停止した。


僕はユーリヤさんに改めて声を掛けた。


「それではちょっと用意してきますので、5分か10分、お待ち下さい」

「分かりました。お待ちしております」



さて……

僕は、道の脇、茂みを藪漕やぶこぎしながら十数m程林の中に入って行った。

振り返ってみると、今来た方向からは、明るさが射し込んできてはいるものの、木々と茂みに阻まれ、ユーリヤさん達の姿は視認出来ない。

という事は、ここなら向こうからも僕を視認する事は不可能に違いない。


僕はもう一度周囲の状況を確認した後、【異世界転移】のスキルを発動した。



窓の外から夕焼けの光が差し込む中、僕はボロアパートの自分の部屋へと戻ってきた。

机の上の目覚まし時計は、午後6時半過ぎを示している。

僕はインベントリから『ティーナの無線機』を取り出すと、右耳に装着して囁いた。


「ティーナ……」


少しの間をおいて、彼女からの囁きが返ってきた。


『タカシ、お帰り』

「今大丈夫?」

『大丈夫よ。今日の勤務終わって、今、部屋で寛いでいる所だから。そっちはどう? 旅路たびじは順調?』

「まあ細かい事件は色々起こっているけど、大筋としては順調かな」


とりあえず、予定通り、今日中には州境を越えられそうだし。


「それで、ちょっとお願いがあるんだけど」

『何?』

「前に田町第十で『七宗罪QZZ』の連中を捕える時使った拘束着第188話、あれ、1着譲ってもらえないかな?」

『いいわよ。もしかして、向こうで使うの?』

「ちょっと怪しい人物を捕まえたんだけどね……」


僕は簡単に、ムシュフシュの襲撃を受け、そのきっかけになったらしいダークエルフの女性を捕えている事を説明した。


『OK! すぐ持って行ってあげるわ。ちょっと待っていて』


十数秒後、部屋の隅の空間が渦を巻き出し、出現したワームホールを潜り抜けて、ティーナさんが僕の部屋へとやって来た。

幸い彼女は、この前ほど煽情的な格好第315話はしておらず、上は半袖Tシャツ、下はジーンズといった部屋着を身に付けている。

そして手にはあの拘束着が丸められていた。


「はいどうぞ」

「ありがとう」


僕は受け取った拘束着を確認してみた。

以前使用したのと同じタイプだ。

相手を簀巻すまきにして、感応装置に自身のMPを50流し込めば、A級以下なら、数時間に渡ってスキルも魔法も封じ込められる優れモノ。


「これ、拘束時間を延長しようとしたら、どうすればいいの?」

「A級なら数時間おき、B級なら、1日おき、C級なら、1週間に1回、感応装置にMP50追加で流し込めば、拘束時間を延長出来るわ」


なるほど。

あのアルラトゥというダークエルフの正確なレベルは分からないけれど、ララノアで容易にスキルや魔法を封じる事出来ていたし、まさかA級――異世界イスディフイ風に言えば、レベル75~89――以上って事は無いだろう。

まあ一応、念のため、数時間おきにMP50流し込む事にしよう。


「それじゃあ僕は急いでいるからこれで」

「ふふふ、あんまり無理しないでね」


ふいにティーナさんが横から顔を寄せて来た。

そして彼女の吐息が僕の頬にかかった直後、柔らかい感触があった。


「!」


心臓が喉元まで飛び出しそうになる。


「ちょ、ちょっと!?」

「あら? 頬にkissしただけじゃない。挨拶みたいなモノでしょ?」


以前なら、ティーナさんにからかわれているだけって思えるところ、彼女の僕への想いを見せられた今は、“挨拶みたいなモノ”なんて受け止め方は出来ない訳で……


耳まで真っ赤になっている事を自覚しながら、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。



数分ぶりに戻ってきた州境近くの林の中。

射し込んでくる日の光も、辺りの雰囲気も、当然ながらそんなに変化は感じられないけれど、僕の心臓の音だけがやたら大きく聞こえる。

僕は少し落ち着くのを待ってから、ユーリヤさん達のもとへと歩いて行った。



結局、僕が持ちこんだ拘束着で簀巻すまきにしたアルラトゥは、僕が購入してきて、今はミロンさんが御者を務める荷馬車に乗せて連行する事になった。

EREN特製の拘束着で、魔法やスキルはおろか、喋る事すら不可能になってはいるものの、一応監視の為、ターリ・ナハが荷馬車に同乗している。

再び州境を目指して動き出した僕等は、予定より少し遅れて、夕方5時過ぎには無事、属州リディアに入る事が出来た。


ボリスさんの話では、属州リディアの総督ウラジーミル=モノマフは、もちろん、ユーリヤさんの味方とは言えないけれど、特に熱烈な皇弟、或いは第一皇子支持派というわけではないらしい。

そのため、属州モエシア領内を通過していた時程には潜行する必要も無くなった僕達は、州境を越えてすぐに、それまでの杣道そまみちでは無く、よく整備された街道上に進路を取る事になった。

今夜はこのまま北上して、州境近くの村、イレフに宿泊する予定だ。


やがて日が沈み、周囲を夜のとばりが包み込む頃、前方に赤々とかれた篝火かがりびが見えて来た。

オロバスの馬上、後ろから僕にしがみついているララノアがそっと教えてくれた。


「イ……イレフの……村……」


こうして僕等は午後7時過ぎ、今夜の宿泊地、イレフに無事到着した。



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