第326話 F級の僕は、不審者を拘束する


6月13日土曜日10



「あそこの……木の上に……ダークエルフが……」



ララノアがそっと指し示す方向に視線を向けたけれど、生い茂る木々にはばまれて、何者の姿も見出せない。

僕はララノアにささやいた。


「相手は一人? それとも複数?」

「い……一匹……最初に……飛び出してきた……」


最初に?

飛び出してきた?

もしかして……


「あの灰色のフード付きローブを頭からかぶっていた?」


ララノアが小さくうなずいた。

何者だろうか?

ムシュフシュ達に追いかけられていたように見えはしたけれど……


「そのダークエルフのスキルや魔法、封じられる?」


ララノアが再び小さく頷いた。


「じゃあ、僕が【影】で物理的に拘束するから、スキルと魔法を封じて」


ララノアが何かをつぶやくのと同時に、少し離れた樹上から、何かが落下する物音が聞こえてきた。


「なんだ!?」

「まさか、さっきのモンスター達の仲間!?」


僕等の会話に気付いていないボリスさん達が身構える中、僕は【影】を1体呼び出した。

そして、ララノアがスキルと魔法を封じているはずのダークエルフを拘束して連れて来るように指示を出した。

数秒後、僕の【影】が、茂みの奥から一人の小柄な人物を、引きるようにしながらこちらに連れて来た。

頭からすっぽりと灰色のフード付きローブをかぶり込んでいるので、年齢はおろか、性別すら推し量る事が出来ない。

ボリスさん達にさっと緊張が走るのが感じられた。


「タカシ殿、こいつはもしや……?」

「はい。先程、茂みから最初に飛び出してきた人物だと思います」


僕は、【影】に拘束されているその人物に近付き、フードを取り払った。

中から、銀白色にキラキラ輝く長い髪がこぼれ出た。

鼻筋が通った端正な顔立ちのそのダークエルフは、どうやら若い女性のようであった。

彼女の燃えるように紅い瞳が、こちらに向けられた。

その紅い瞳と目が合った瞬間、なぜか僕はかすかな違和感を抱いた。

その違和感の正体に想いを巡らそうとした矢先、彼女が口を開いた。


「ど、どうかお許しを。ですが主命により、私は生きてウラジーミル=モノマフ様にモエシアで起こった出来事をお伝えするよう、命じられておりましたので……」

「ウラジーミル=モノマフ? 属州リディアの総督だな。誰に命じられた?」


ボリスさんが、険しい表情でそう問いかけた。


「私の主人、属州モエシア総督、グレーブ=ヴォルコフ様でございます」


ボリスさんが彼女のローブに手を掛け、首元を確認した。


「お前……首輪はどうした?」


彼女の首元には、奴隷ならば必ずめられているはずの『奴隷の首輪』が見当たらない。

ボリスさんが、腰に下げていた剣を抜いた。


「お、お待ち下さい! 首輪は解放者リベルタティスどもにモエシアが襲撃され、のがれる際に、グレーブ様が外して下さいました。首輪が無ければ、解放者リベルタティスどもにまぎれて、モエシアを脱出できるだろう、と」


ボリスさんは、そのダークエルフに、明らかに疑わし気な視線を向けながら、僕等に声を掛けた。


「こいつはどうも胡散臭い。経緯はどうあれ、こいつはあのムシュフシュどもを我等の元まで導いた。自分が生き延びるために、我等になすり付けて来たのか、最初から我等を襲わせようと企んでいたのか……」

「も、申し訳ございません! その……生き延びるために……」


ダークエルフの女はがっくりとこうべを垂れた。


「ですがどうしても、生き延びてウラジーミル様にお伝えせよ、と命じられておりましたので……」


と、それまで黙って話を聞いていたユーリヤさんが口を開いた。

ちなみに彼女は、あのスカーフを巻き直し、再び人間ヒューマンの男性に擬装している。


「あなたの名前は何ですか?」


問われて、ダークエルフはハッとしたように顔を上げた。


「わ、私は……アルラトゥと申します」

「アルラトゥ……それでは、モエシアが襲撃された時の状況について、詳しく話してもらっても良いですか?」

「それは……」


アルラトゥは口ごもったまま、再び下を向いた。


「私のあるじ、グレーブ様から、ウラジーミル様にのみお伝えせよ、と直接命じられましたので……」


ボリスさんが若干いらついた雰囲気で声を荒げた。


「つまりお前は、その主命を果たすために、強力なモンスターどもを我等になすり付けて生き残ろうとした、と。しかし、その主命については口に出来ない、と。そう申すのだな?」

「お許し下さい! 主命ですので……」

「お前が本当にヴォルコフ卿の奴隷だった、或いは主命をさずかっているというあかしは?」

「その……」


ボリスさんが、ユーリヤさんにささやいた。


「こいつはここで処刑しましょう。どのみち、首輪をめていない時点で、生殺与奪については我等に預けられております」


アルラトゥが取り乱したように叫んだ。


「お、お許しを! でしたら首輪を嵌めて頂き、せめて、ウラジーミル様にお引き渡し下さい! 同じ処刑されるのでしたら、ウラジーミル様に全てをお伝えしてから……」


確かにこのアルラトゥと名乗るダークエルフの女性は、相当怪しく思えるけれど、いきなり処刑するのは、可哀そうなんじゃ無いかな。

そう考えた僕は、口を挟んだ。


「彼女の言葉通り、『奴隷の首輪』をめて、僕か“ユーリ”さんで奴隷契約して、とりあえず属州リディアに入った後、しかるべき役所に引き渡しては?」


ボリスさんが、険しい表情のまま、言葉を返してきた。


「現実問題として、今、我等は余分な『奴隷の首輪』を持ち合わせていない。つまり、もしこいつを連れて行くとすれば、縛り上げて荷馬車にでも放り込んでおくしか方法が無い。例え封力の魔法陣第291話を荷馬車に描いたとしても、隙をついて縄抜けされれば、逃走を許す事になるだろう。ならばやはり、ここで殺しておいた方が良い」

「お許し下さい! お許し下さい!」


アルラトゥが半狂乱で泣き叫んだ。


「黙れ!」


ボリスさんが、拳で彼女を殴りつけた。

血飛沫ちしぶきが舞ったけれど、僕の【影】に拘束されている彼女は地面に倒れ込む事も出来ない。

僕は思わず顔をしかめてしまった。

しかし、ユーリヤさんは、その様子をただじっと眺めているのみ。


僕は、ユーリヤさんに声を掛けた。


「“ユーリ”さんは、どう思いますか?」

「この者をどうするか、ですか?」

「はい」

「私としては、やはり危険の芽は小さい内に摘み取るべきだとは思いますが……」


つまり、ユーリヤさんもアルラトゥをここで処刑するべきだ、との考えに傾いているって事だろうか?

僕はチラっとアルラトゥの方に視線を向けた。

彼女の紅い瞳と目が合った。

再びかすかな違和感を抱いた。


なんだろう?

この違和感の正体を突き止めるまでは、彼女を処刑しない方が良い気がしてならない。

どうして自分がそう感じるのか定かでは無かったけれど、僕はとりあえず自分の直感に従ってみる事にした。

とすれば、彼女をどうやって、属州リディアまで連行するか、だけど、“アレ”使えるんじゃないかな?

今手元に無いから、手に入れてこないといけないけれど。

少し考えてから、僕はユーリヤさん達に声を掛けた。


「一応、お聞きしたいのですが、もしこの女性のスキルや魔法等完全に封印して拘束し続ける手段があれば、属州リディアに連行するのは、選択肢としてはアリでしょうか?」


ボリスさんが怪訝そうな顔になった。


「つまり、タカシ殿としては、こいつを属州リディアまで生かして連れて行きたい、と?」

「はい。彼女は州都モエシアが、“エレシュキガル”率いる解放者リベルタティス達に襲撃された際、その場に居合わせたって事ですよね? ならば彼女の持つ情報は、今後、帝国が反撃する際、重要になるのでは? と思うのですが」

「それはこいつが真実を述べていたら、という仮定の話だ。それに末端の奴隷ごときが、本当に襲撃の現場に居合わせたとしても、何ほどの情報も持ち合わせていないだろう」

「一応、総督のヴォルコフ卿から何かを命じられているって話していますが」

「それもこいつがそう口にしているだけだ。少なくとも、こいつは生き残る為にムシュフシュどもを我等になすり付けた事を認めている。その事一つとっても、万死に値する」


僕はユーリヤさんに視線を向けた。

ユーリヤさんが軽く息をつきながら口を開いた。


「分かりました。それではこの者の処遇は、タカシ殿に一任しましょう」

「“ユーリ”様!?」

「ボリス、どのみち、今回のムシュフシュ討滅の最大の功労者は、タカシ殿です。それにこの者も、タカシ殿がこうして見つけ出して拘束してくれました。そのタカシ殿がこの者を連行したいとおっしゃるのでしたら、私としてはその気持ちを無下には出来ません」


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