第325話 F級の僕は、ユーリヤさんと共闘する


6月13日土曜日9



「ム……ムシュフシュ……レ……レベル100のモ……モンスター……!」


レベル100!?

魔王宮を護るかなめとなっていた四体を除いては、僕が今まで遭遇してきた中で、最高レベルのモンスターだ。

ララノアの言葉に、僕の全身を緊張が駆け抜ける。

ムシュフシュ達は僕等に気付くと、その巨体に似合わないスピードで僕等を囲むような位置に移動した。


僕はインベントリを呼び出すと、『技能の小瓶』と『強壮の小瓶』を取り出した。

『技能の小瓶』は全ステータス(HPとMPを除いて)を一時的に+100してくれる『賢者の秘薬』を、

『強壮の小瓶』は、HPとMPを一時的に倍加してくれる『強壮の秘薬』を、

それぞれ材料無しで瞬時に創り出してくれる。

ともに偉大なる錬金術師カロンが遺した逸品第121話だ。

二つの小瓶を握り締めると、たちまち内部が秘薬で満たされて行く。

それらを一気に飲み干した僕は、オロバスにまたがったまま、スキルを発動した。


「【影分身】……」


呼び出したのは、【影】3体。

MP全快効果のある女神の雫は、残り1本になってしまっている。

いつものような【影】大量召喚によるゴリ押し戦法は使えない。

僕の後ろで一緒にオロバスにまたがっているララノアとターリ・ナハは、元のレベルが分からないけれど、『奴隷の首輪』の効果で、レベル50以下に能力が制限第287話されている。

ユーリヤさん達も当然、レベル100のモンスター達とまともにやりあったら、瞬殺されるに違いない。

僕は周囲の人々に向かって声を上げた。


「僕の【影】達でこいつらを牽制します。皆さんは、全力でここを離脱して下さい。僕が殿しんがりを務めます」


しかし、ユーリヤさんが意外な言葉を口にした。


「ボリス! スサンナ達を護りながらこの場を離脱しなさい。私はタカシ殿とここに残って戦います!」

「……かしこまりました。御武運を!」


そしてもっと意外な事に、ボリスさん達は、あるじであるはずのユーリヤさんをここに残して行こうとしている!?


「ユーリヤさん!?」


戸惑う僕に言葉を返す事無く、ユーリヤさんは、首に巻いていたあの顔立ちを変える浅葱色のスカーフをするすると解いた。

髪色が金色から瑠璃色へ、耳もより切れ長な形へと変化していく。

同時に彼女から、僕にも分かる位、濃密な魔力があふれ出してきた。

彼女が何かの詠唱を開始した。


「光の権能よ、きたりて我が敵を穿うがて……」


途端に、彼女を縦に囲むように光の輪が出現した。

その輪は瞬く間に無数の剣へとその姿を変えた。

そして光のつるぎの群れが、粉雪の如く舞いながら、1体のムシュフシュに襲い掛かった。



―――シャァァァァァァ!?



ムシュフシュは、驚いたように飛び退いたけれど、輝く剣舞の渦から逃れる事は出来ない。

恐らく防御か反撃を試みているのだろう。

ムシュフシュが次々と魔法陣を描き出した。

しかし、それらは生成されるはしから、全て剣舞の渦に切り刻まれて行く。

そして、ユーリヤさん自身もいつの間にか手にしていたレイピアのような武器を手にムシュフシュとの距離を詰め、その外皮を無造作に貫いた。



―――シャァアアアアアア!!



絶叫が上がり、緑の血飛沫が舞う。

その美しくも残酷な光景に、刹那の間見とれてしまったけれど、僕はオロバスを駆りながら、残り2体のムシュフシュへと攻撃を開始した。

レベル105の僕を容易ならざる相手と認めてくれているしいムシュフシュ達は、ボリスさんやスサンナさん達を無視して、連携して僕に襲い掛かってきた。

僕は『アルクスの指輪』で召喚したフェイルノートによる攻撃を試みた。

しかし残念ながら、僕の放った死の矢は、ムシュフシュの展開した魔法障壁に阻まれ、彼等まで届かない。

死の矢は、命中すれば相手のHPを9割減らす事が出来るけれど、1回生成するのにMP100を消費する。

女神の雫MP全回復の在庫が尽きようとしている今、MPを浪費する戦い方は出来ない。

仕方なく、僕はムシュフシュ達に近接戦を挑む事にした。


幸い、オロバスは50m程の高さまでは舞い上がる事が出来る。

そして飛行能力を持たないムシュフシュ達は、その高さまで跳び上がる事は出来ないようであった。

ムシュフシュ達の注意を【影】3体に引き付けながら、僕はオロバスの機動力を生かした戦い方を試みた。

ムシュフシュの死角から襲い掛かり、反撃される前に再び上空に舞い上がる。

ヒットアンドアウェイを繰り返していく事で、ムシュフシュ達のHPは、徐々に、しかし確実に削れていった。

時折彼等が放つ魔法は、ララノアが魔法障壁を張る事で、完全には防げないものの、かなりの威力を減殺げんさいしてくれた。

剣術系の上位スキルを保持しているらしいターリ・ナハは、攻撃力+1の無銘刀を使用しているにもかかわらず、こちらも着実に相手にダメージを与え続けていく。

最後の女神の雫を飲み干し、神樹の雫を2本消費して戦い続ける事10分。

ついに1体目のムシュフシュが、光の粒子となって消え去った。



―――ピロン♪



ムシュフシュを倒しました。

経験値18,069,385,668,231,800,000を獲得しました。

Sランクの魔石が1個ドロップしました。

ムシュフシュの毒針が1個ドロップしました。



僕は周囲の状況を確認した。

僕が交戦中のもう1体のムシュフシュは、僕の【影】3体からわるわる攻撃を受け、全身を緑の血で染めている。

少し向こうでは、ユーリヤさんが、1体のムシュフシュと互角に渡り合っている。

さらに離れた場所には、ボリスさん、ミロンさん、それにルカさん達が、剣を手に、スサンナさんとポメーラさんを護るように立っている。


僕は、【影】3体に、ユーリヤさんを支援するように新しい指示を出した後、残る1体のムシュフシュに襲い掛かった。

既にHPのほとんどを失っていたらしいムシュフシュは、1分後、やはり光の粒子となって消滅していった。

ポップアップが立ち上がり、経験値と魔石、それにアイテムの獲得が告げられた。


僕はオロバスから降りて、斃したムシュフシュ達が遺した魔石とアイテムを拾い上げた。

それらをインベントリに放り込んでいると、本日3度目のポップアップが立ち上がった。



―――ピロン♪



ユーリヤ=ザハーリンが、ムシュフシュを倒しました。

戦闘支援により、経験値1,806,938,566,823,180を獲得しました。



ユーリヤさんに視線を向けると、ちょうど彼女の手の中のレイピアと彼女を取り巻いていた光の渦が溶けるように消えていくのが見えた。

同時に、ボリスさんやスサンナさん達が、ユーリヤさんの元に駆け寄って行く。


「ユーリヤ様、お見事です!」


口々に賞賛の言葉を述べる人々に、ユーリヤさんが笑顔を向けている。

僕は、ララノア、ターリ・ナハと一緒に、彼女に近付いた。


「タカシ殿、お疲れ様」


僕と目が合ったユーリヤさんが笑顔で、そうねぎらいの言葉を掛けてきた。


「ユーリヤさんこそお疲れ様です」


周囲に他のモンスター達の気配は感じられない。

ひとまず、危機を脱する事が出来たようだ。

それにしても、レベル100のモンスター3体を相手に、死者を一人も出さずに勝利できたのは、他ならぬユーリヤさんが僕の想像以上に“強かった”事に尽きるだろう。

僕は素直にその感想を口にした。


「それにしても意外でした。ユーリヤさん、もしかして相当強いですか?」

「ふふふ、私も護ってもらうだけのお姫様の方が楽だったのですが、周りがそれを許してはくれませんでしたので……」


彼女が寂し気に微笑んだ。

横からボリスさんが補足してくれた。


「ユーリヤ様は、中部辺境軍事管区に赴任されて以来、連日魔の森に入られてはモンスター討伐を繰り返してらっしゃったのだ」


それは職務に専念しているという姿勢を中央帝都の皇弟達に見せる為か、それともきたるべき日に備えて、レベルを上げ、鍛錬に励んでいたという事か……


少し暗くなった雰囲気を払うように、ユーリヤさんが明るく話しかけてきた。


「ですが、今回は私にとっても幸いでした」

「幸い? ですか?」

「私の能力と相性の良いモンスター相手とは言え、こうして私も戦えるのだという所を、実際、タカシ殿にお見せする事が出来ました。タカシ殿とお仲間の方々にとっても、“同盟相手”がそれなりに戦える方が、より安心してお力を貸して頂けるかと」


なるほど。

それはその通りだ。

ユーリヤさんは、やはり、僕が当初思っていたよりも、ずっとしたたかな人物なのかもしれない。


そんな事を考えていると、ララノアがそっと僕の袖を引いてきた。


「あそこの……木の上に……ダークエルフが……」



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