第324話 F級の僕は、一路北の州境を目指す


6月13日土曜日8



彼女は僕と出会う前に、強力な呪詛に冒され、呪殺されかかっていた。

幸い呪具は特定出来たものの、犯人はいまだ不明のまま。

今後犯人が、第二第三の呪具を用意して彼女に呪詛を投げかけてこないとも限らない。

ならばこの『反呪の指輪』、彼女が身に付けておけば、呪詛を防ぎ、かつ、うまくすれば犯人を逆に反射した呪詛で攻撃出来るかもしれない。

そんな考えで指輪を渡したのだが……


ユーリヤさんは僕から『反呪の指輪』を受け取ると、指で確かめるような仕草を見せた後、僕にその指輪を返してきた。

僕は指輪を受け取りながら聞いてみた。


「この指輪、何か不具合ありましたか?」


カースドラゴンが、5日前にドロップ第275話して以来、ゴルジェイさんに見せた以外は、ずっとインベントリの中に仕舞い込んでいたけれど。

ユーリヤさんがにっこり微笑んだ。


「いいえ。実は殿方から指輪をプレゼントされるのは、初めての経験なんですよ。せっかくですし、片膝をついて、直接タカシ殿の手で私の指にめて頂けませんか?」


えっ?

それって、なんか別の意味にならない?

それともネルガルの帝国だと、皇族に指輪のたぐいを献上する時、そうするのが一般的? なのだろうか?


とりあえず言われた通り、片膝ついてみると、僕等の様子を眺めていたらしいスサンナさんのやれやれといった感じの声が聞こえてきた。


「ユーリヤ様」


見ると、ユーリヤさんが、悪戯を見咎みとがめられた子供のような表情をしている。

ん?

もしかして?


スサンナさんの言葉が続いた。


「おたわむれもほどほどになさりませ。タカシ殿が困っておられるではありませんか」


そして、僕に気の毒そうに声をかけてきた。


「タカシ殿、どうぞお立ち下さい。それは『反呪の指輪』でございますよね? あるじの身を案じて下さる贈り物、主に変わって御礼申し上げます」


スサンナさんは、深々と僕にお辞儀をしてきた。

どうやらからかわれたようだ。

僕は苦笑いを浮かべながら、立ち上がった。


ユーリヤさんが、澄まし顔でスサンナさんに言葉を返している。


「あら? 誰かさんが、礼儀作法にはこだわるべしって常日頃つねひごろから口うるさいから、言う通りにしただけなのに」

「でしたら、今後は“常に”、礼儀作法を意識して頂けるもの、と期待しておりますよ?」


猫をかぶっていないユーリヤさんの本当の姿が垣間見かいまみえそうな二人の掛け合い、もう少し聞いていたい気もするけれど。


僕は手の中の『反呪の指輪』を再度、ユーリヤさんに差し出した。


「あの……コレ、普通に受け取って頂いても良いですか?」

「ふふふ、仕方ないですね。ですが改めてお礼を申し上げます」


ユーリヤさんは、今度は指輪を普通に受け取ってくれた。

そして、それを自分の左手の薬指にめると、しげしげと眺めながら、僕に問い掛けてきた。


「これは、カースドラゴンを斃した時に入手なさったのですよね?」


恐らく、最初にこの指輪を手に取った時に、来歴を“見た”のだろう。


「そうです。それがあれば、とりあえず呪詛に悩まされずに済むかと」

「これを私に、という事は、今後もお力を貸して下さる、という認識で宜しかったでしょうか?」


僕はうなずいた。

彼女に力を貸すと決めた以上、彼女の身の安全を図る事は最重要課題となる。

彼女が生存していれば単なる“お家騒動”で済ませられるかもしれない問題も、彼女に万一があってなお、皇弟ゴーリキー達と争うのなら、それはすなわち僕等と帝国との“戦争”を意味する事になる。


「クリスさんも、ユーリヤさん達に力を貸してくれるそうです。とりあえず、当初の予定通りトゥマの街を目指して、クリスさん達と実際に合流出来たら今後の事も含めてもう一度相談しましょう」


ユーリヤさんが、僕の手に自身の手をそっと重ねてきた。


「ありがとうございます。事が成った暁には、必ずやこの御恩に報いさせて頂く事、第一皇女の名においてここにお誓いします」



昼食後、僕等は再び北の州境目指して出発した。

道は次第に上り坂に差し掛かり、周囲に生える針葉樹の密度も次第に濃くなっていく。

進み始めて1時間程経過したであろうか。

すぐ後ろから僕にしがみついているララノアの身体が、ピクッと跳ねるのを感じた。


「どうしたの?」


振り返った僕に、ララノアが強張った声音で囁いてきた。


「何かが……接近……」


と、僕等の後方からかすかに遠雷のような音が複数回聞こえてきた。

オロバスに跨ったまま首を音の方向に向けてみたけれど、木々と枯草の茂みに邪魔されて、見通す事が出来ない。

僕はララノアにたずねてみた。


「接近って、もしかして解放者リベルタティス?」


ユーリヤさん達と初めて出会った時、解放者リベルタティスと思われる集団が、彼女達を襲撃していた。


「モンスター達が……誰かを……襲撃……こっちに……近付いて……」

「モンスター達が? それってここからどれ位離れているか分かる?」


少しのを置いて、ララノアがささやき返してきた。


「1km位……段々近付いて……900m……」


もしかして、モンスターに襲われた誰かが僕等の方に逃げてきている?

僕は、オロバスの速度を上げて馬車を追い越すと、そのまま先頭を行くボリスさんの馬に並んだ。


「ボリスさん!」

「タカシ殿? どうした?」

「後方から誰かがモンスター達に追いかけられてこっちに接近してきているようです」

「何!?」


ボリスさんは、馬を急停止させた。

後方からついてきていたユーリヤさんを乗せた馬車と、ボリスさんの部下のミロンさんが御者を務める荷馬車も停止した。

ユーリヤさんの馬車の御者を務めていたポメーラさんが問いかけてきた。


「ボリス様、何事でしょうか?」


ボリスさんは、じっと耳を済ませながら。後方に視線を向けている。

と、再び遠雷のような音が聞こえてきた。

先程より明らかに近い。

ボリスさんは、素早く周囲を見回すと、ポメーラさんに告げた。


「馬車を左手の林の中に乗り入れろ! ユーリヤ様をお守りするのだ!」


緊張した面持おももちで頷いたポメーラさんが、躊躇する事無く、林の中に馬車を突入させた。

魔法的な強化術でも施されているのだろうか?

馬車は、メキメキ音を立てて木々をなぎ倒しながらも、強引に奥へと入って行く。

ボリスさん、ルカさん、そして荷馬車から降りて来たミロンさんが、腰の剣を抜いた。



―――シャァァァァァ!!



一際大きな咆哮が辺りの空気を震わせると同時に、後方の木々が大きく揺れるのが見えた。

彼我ひがの距離は、数百mを切ってそうだ。

ボリスさんが、引きつったような表情で、まだオロバスに跨ったままの僕に向かって叫んだ。


「ユーリヤ様を頼む!」

「ボリスさんは?」

「ここで食い止める!」

「何を無茶な事を言っているのですか!」


僕では無い凛とした声が、響き渡った。

声の方に視線を向けると、そこにはスサンナさんとポメーラさんを従えたユーリヤさんが立っていた。

先程馬車が突入していったはずの森の奥に視線を向けると、数十m先に、乗り捨てられた形になった馬車が見えた。


「ユ、ユーリヤ様!?」


驚くボリスさんを無視して、ユーリヤさんが叫んだ。


「来ます!」


その言葉の直後、茂みの影から何者かが飛び出してきた。

灰色のローブを頭からすっぽり被ったその何者かは、僕等には目もくれず、そのまま反対側の茂みへと飛び込んで行った。

そして……



―――メキメキメキ……



先程の人物の後を追うかのように、木々をなぎ倒しながら、数mはあろうかという巨大なモンスターが姿を現した。

大蛇のような頭部に、猛獣のような胴体と前足、そして猛禽類のような後ろ足、尾はサソリの様に大きく反り上がり、その先に巨大なカギ爪のような針がついているのが見て取れた。

モンスターは、1体だけでは無かった。

木々をなぎ倒しながら、次々と合計3体出現した。

オロバスの馬上、後ろから僕にしがみついているララノアが震える声でそのモンスターの名を口にした。


「ム……ムシュフシュ……レ……レベル100のモ……モンスター……!」


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