第317話 F級の僕は、スケジュール管理をしてくれる人物が欲しくなる


6月13日土曜日1



関谷さんとの電話を切った僕は、とりあえずティーナさんに“抗議”した。


「さっきのって、何? 滅茶苦茶恥ずかしいセリフ、いっぱい言わされた気がするんだけど?」

「でも、関谷さんに引き受けてもらえたでしょ?」

「結果的にはそうだけど……確実に、ヘンに思われたよ?」

「ふふふ、相手に少し難易度の高い要求を飲ませたい時は、相手の気分を良くしてあげる。これ、交渉の基本よ?」

「あんな口説いているみたいな話し方したら、関谷さん、かえって気分を害しそうなものだけど」


ティーナさんが、なぜか大きくため息をついた。


「Thanks for his insensitivity」

「何?」

「気にしないで。時間無いんでしょ? 急いで曹悠然caó yōu ránに連絡するわよ」


なんだか少し納得いかないけれど、時間が無いのはその通りだ。

僕はチャットアプリを立ち上げて、曹悠然ツァオヨウランからのメッセージを開いた。

そこには、電話番号とメールアドレスが記載されている。


「それで、具体的には曹悠然ツァオヨウランになんて伝えるの?」

「そうね……明日午前中、向こうが指定した時間に、指定された場所におもむくと伝えて。その代わり、代役としてSekiya-sanと友達の留学生Ema Brownが話を聞きに行く。その話次第で、実際に協力するかどうか決めさせてもらう。こちらの条件が飲めなければ、話を聞くのも無しって感じで」

「エマ=ブラウンって、誰?って言われたら?」


というより、それは僕自身の質問だ。

同じ大学に通う留学生エマ=ブラウンさんの“設定”も確認しておかないと、ボロが出る。


「適当でいいわよ? 留学生で、同じ学科で、関谷さんとも面識有って、僕等の話を聞いて、B級の彼女が心配して付いて来ちゃった、みたいな感じで」


そんな取ってつけたような設定で大丈夫だろうか?


曹悠然caó yōu rán側には、Takashiと是が非にでも話したい強い動機が存在するからこそ、わざわざ押熊第一に出向いて来たはずよ。なら、多少おかしな点があっても、向こうはこちらの条件を受け入れる公算が高くなるわ。会ってしまえば、後は私に任せて」

「了解」


僕はスピーカーにしたまま、曹悠然ツァオヨウランの電話番号をタップした。

真夜中だけど、相手は中国の情報機関の人間だし、深夜になっても構わないって言っていたし……

あれ?

中国と言えば、孫浩然スンハオランって中国人のテロリストいなかったっけ?

確かスマホ、盗聴する能力第187話持っていたよな……

って、今更なんだけど。

それはともかく、呼び出し音数回で、スピーカーから女性の声が聞こえてきた。


wéi?』

曹悠然ツァオヨウランさんですか? 中村です」

『中村さん! わざわざ連絡、ありがとうございました。お話、お聞き頂けるとの理解で宜しいでしょうか?』

「はい。時間と場所はそちらにお任せしますので、条件を一つ出させて下さい」

『どのような条件でしょうか?』

「まず、僕と直接話す前に、代理人とお会い頂き、用件をお伝え下さい。その上で、僕が納得いく内容であれば、ご協力させて頂きます」


話しながらチラッとティーナさんに視線を向けた。

彼女が左手で親指を立てる、いわゆるサムズアップをして見せて来た。

少しの間を置いて、曹悠然ツァオヨウランの声が返ってきた。


『夕方にもお話しましたように、人類全体に関わる、非常に重要なお話です。直接、お会いするわけにはいきませんか?』


と、僕の右耳に、『ティーナの無線機』を通して、囁き声が届いた。


『復唱して。“僕は最も信頼する二人の女性を代理人に指名します。彼女達と僕は、特別な関係下にあります。彼女達を信頼してお話して頂けないのでしたら、この話は無かった事にして下さい”』


特別な関係下ってナニ?

って疑問は置いておいて、とりあえず、僕はそのまま復唱した。


『……分かりました。そのお二人のお名前をお伺いしても宜しいですか?』

「関谷詩織さんと……(なんだったけ?)」


すかさずティーナさんの囁き声が届く。

『Ema Brown』

「……エマ=ブラウンさんです。関谷さんは、もうご存知ですよね? 今日の夕方、僕と一緒にいた女性です。で、エマさんは……」


右耳の『ティーナの無線機』を介して、ティーナさんの囁き声が届く。


『同じ大学に通う留学生です。B級なので、関谷さんの護衛代わりに同行してもらいます』


僕の復唱を聞いた曹悠然ツァオヨウランが言葉を返してきた。


『分かりました。それではお二人には明日、午前8時にN市のJMマリオネットホテルまでお越し頂くようにお伝え下さい』


曹悠然ツァオヨウランとの電話を終えた僕は、改めてティーナさんにたずねてみた。


「それで、“エマ=ブラウンさん”は、どこで関谷さんと落ち合ってJMマリオネットホテルまで向かうの?」


JMマリオネットホテルは、N市の中心街近くに建つ、外資系の瀟洒なホテルだ。

2年前のオープン時には、地方都市に似つかわしくない世界的ラグジュアリーブランドの日本初上陸って事で、随分話題にもなった。

残念ながら、彼女もいない貧乏学生だった僕には、今まで全く縁が無かった場所ではあるけれど。


「そうね……」


明日ティーナさんは、ワームホールを介して持ち込む自転車に乗って、関谷さんのマンションを訪れる。

そこで少し顔合わせを行った後、関谷さんの車でJMマリオネットホテルに向かう。

曹悠然ツァオヨウランとの会談が終了すれば、関谷さんのマンションまでまた一緒に帰り、そこで解散する。

後は、日本時間の午前9時(ネルガル時間の午前5時)以降、出来るだけ早い時間に、僕が地球に【異世界転移】で戻ってきて、ティーナさんと情報交換を行う。


「そうと決まれば、早速関谷さんに連絡して」

「了解」


僕は再び関谷さんの電話番号をタップした。


『もしもし、中村君? それでどうなったの?』

「無事、曹悠然ツァオヨウランと連絡が取れたよ。それと、話していた留学生のエマ=ブラウンさんとも連絡を取っておいたよ」

『私と一緒について来てくれる留学生って、エマさんって言うのね? どんな人?』


僕はチラッとティーナさんに視線を向けた。

曹悠然ツァオヨウランと会うのに、まさか、素顔で行くわけ無いよな……

しかしティーナさんは、なぜか素知らぬ顔をしている。


「普通の外国人の女の子だよ。どんな人かは、明日会った時、本人と喋ってみて。それで、明日の予定なんだけどね……」


僕は先程ティーナさんと打ち合わせた内容をそのまま、関谷さんに説明した。


『分かったわ。明日はその……中村君のために頑張るから』

「関谷さん……」


関谷さんって、やっぱり凄く良い人だ。

こんな深夜に怪しさ満載の企画を持ちかけたのに、ちゃんと引き受けてくれるんだから。


「本当にありがとう。今度お礼に……」


言いかけて、無言のプレッシャーを感じた。

ティーナさんが、ニコニコしながら僕等の会話を見守っている。

ただし、なぜか目が笑っていない。


「……お礼に、エマさんも含めて、何か御馳走するよ」


ふう……

ようやくこの件に関しては一段落ついた。

それにしてもこの1時間位で、10年分位疲れた気分だ。

もちろん、精神的にって意味で。

芸能人やエライ人が、秘書やらマネージャーやらにスケジュール管理を丸投げする気持ちがよく分かった。

とりあえず、急いで向こうネルガルに戻ろう。

ターリ・ナハとララノアが心配しているかもしれないし。



手を振りながらワームホールをくぐり抜けて帰って行くティーナさんを見送った僕は、昨日持って帰ってきたばかりの万年床と、冬用の布団を再びインベントリに放り込んだ。

クリスさんと落ち合うまでは、またしばらく3人で一緒に夜を過ごさなければならない。


今の時点で、地球で出来る事全てを終えた僕は、今日何度目になるか、数えるのも忘れてしまった【異世界転移】のスキルを発動した。


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