第316話 F級の僕は、代役を立てる事にする


6月12日金曜日12



気を取り直した僕は、ターリ・ナハとララノアに再び留守を託すと、【異世界転移】でティーナさんの待つ僕のアパートの部屋へと戻って来た。


「で、どうだったの? Takashiの【影】」


僕は、【影】を世界の壁を越えて維持し続けるのはどうやら不可能らしい事と、ついでに、僕が向こうで巻き込まれている“エレシュキガル”がらみの事態についても簡単に説明した。


「……そんなわけで、あっちネルガルを留守にするのは、極力、最小限にしたいんだよね。だけど、曹悠然ツァオヨウランから、黒い結晶体や中国がチベットで計画しているっていう新しい作戦についても、じっくり話を聞いてみたいし……ホント、今ほど、身体が二つあればって思った事は無かったよ」

「Ummm……私がTakashiの代わりに曹悠然caó yōu ránと話せればいいんだけど……一人で行けば、絶対に警戒されるわ。お前は誰だ?って。まさか、ERENのagentですって能天気に挨拶する訳にもいかないし」


ティーナさんは、少し考える素振りを見せた後、再び口を開いた。


「Takashiの代役……曹悠然caó yōu ránを警戒させない代役を立てて、私がそれに同行する。うん、これなら彼女の警戒心を必要以上にあおらずに済むかも」

「そんな都合よく代役頼めそうな人って、心当たり無いんだけど」


残念ながら、今の僕には、代役頼む以前に、友達と呼べる存在自体が、片手で数えられる程しか存在しない。


ティーナさんが、悪そうな顔になった。


「あら、いるじゃない? 曹悠然caó yōu ránの警戒心を煽らず、しかもTakashiが頼めば、喜んで代役引き受けてくれそうな人」

「誰?」


ティーナさんが、僕の耳元に顔を近付けてきて囁いた。


「Se-Ki-Ya-Sa-N。彼女は曹悠然caó yōu ránと面識もあるし、C級だからS級の曹悠然caó yōu ránから警戒されない。代役としてうってつけでしょ?」

「関谷さんが引き受けてくれるかどうか以前に、代役頼むのは、問題が有り過ぎでしょ?」

「問題って?」

「彼女は黒い結晶体はおろか、チベットやミッドウェイで実際に何が起こっているのか、全く予備知識を持ってないよ?」

「予備知識はいらないわ。彼女はあくまでもTakashiの代役。で、私がその付き添い。曹悠然caó yōu ránとの実際の会話は私が行うし、会った瞬間、握手出来れば、そもそも会話も必要無いかもしれないでしょ?」


なるほど。

ティーナさんが何を考えているのか、大体読めた。

彼女は、握手した相手の記憶をのぞく能力を持っている第141話

変装か何かして正体隠して関谷さんについて行って、“初めまして~”とかなんとか理由をつけて、曹悠然ツァオヨウランと握手する……

確かにその方法ならば、数秒の内に、曹悠然ツァオヨウランが持っている情報全てを抜き取る事が出来るだろう。


「それはともかく、曹悠然ツァオヨウランは、明日の朝7時までに連絡が欲しいって言っていたよ? 今は……」


机の上の目覚まし時計は既に日付が変わって、午前0時18分を指している。


「……こんな時間だから、関谷さん、もう寝ているだろうし、関谷さんから確約得られていない状況で、彼女を代役に、曹悠然ツァオヨウランと話すって提案、相手に持ち掛ける事は出来ないでしょ?」

「なら、試しにチャットアプリで関谷さんにメッセージを送ってみて」

「代役頼みますって?」

「いきなり代役云々うんぬんって送っても混乱するだけでしょ? そうね……“早急に君と相談したい事が出来ました。急いで連絡下さい” これでいいんじゃない?」


……仕方ない。

確かに、曹悠然ツァオヨウランの件、ティーナさんと“代役”に任せることが出来れば、それだけ僕は向こうで“エレシュキガル”に集中出来るわけで。



―――『深夜に突然メッセージ送ってごめん。実は早急に相談したい事があるんだ。このメッセージに気付いたら、急いで連絡下さい』



送信してから気付いた事を、ティーナさんにたずねてみた。


「これ、関谷さんがメッセージに気付くの、明日の朝だったらどうするの?」

「私の予想だと、まだ関谷さんは寝てはいないはず」

「なんでそう言えるの?」

「だって、今日Sekiya-sanは、Takashiと二人っきりでdungeonに潜ったんでしょ?」


正確には、鈴木っていう謎のストーカーがついてきたけれど。


「で、dungeon終わった後、Takashiは、“時間が無いから”って、余韻も何も無しで急いで帰ってしまった。どうせ夕食、食べて帰らない?って誘われて、それも時間無いからって断ったんでしょ?」


なんでその事第301話、ティーナさんが知っているんだ?

僕の記憶は覗けなくなったって話していた第277話し、まさか、女のカンってやつ?


「そして明日は土曜日、つまり休みの日。愛する彼の心を振り向かせる事に失敗した乙女は、深夜の長電話で友達からなぐさめられて……」

「だ、か、ら、関谷さんはそんなんじゃ……」



―――ピロリン♪



僕のスマホが、チャットアプリに新しいメッセージが届いた事を知らせてくれた。


「Bingo!」


ティーナさんが、ほらねって顔で、僕にメッセージを確認するよううながしてきた。

スマホを立ち上げてみると、はたして関谷さんからの返信だった。



『どうしたの? 今から電話しようか?』



僕はそのメッセージをティーナさんに見せながら聞いてみた。


「で、なんて返事するの?」

「とりあえず、smartphoneをspeakerにしてからSekiya-sanに電話して。彼女になんて話せばいいか、私が横からadviceしてあげるから」


ティーナさんが、自身の右耳に装着している『ティーナの無線機』を指差した。


仕方ない。

ここはティーナさんの“作戦”に乗ってみよう。


僕は関谷さんの電話番号をタップした。

すると、待ち構えていたかのように、関谷さんが電話口に出た。


『もしもし、中村君? 何か困った事になってる?』


彼女の声はスマホのスピーカーを通して、僕から少し離れた場所に移動したティーナさんの耳にも届いている。

僕はチラッとティーナさんに視線を向けた。

ティーナさんのささやき声が、『ティーナの無線機』を通して、僕の右耳に届けられた。

僕はその通りに復唱してみた。


「……夕方、曹悠然ツァオヨウランが僕と話をしたいって言っていたでしょ?」

『うん。確か明日の朝7時までに返事が欲しいって言っていたわよね?』

「……そう。その件についてなんだけど、実は今、僕は猛烈に忙しくて、彼女と話す時間を作れなさそうなんだ。それで、明日の朝、僕の代わりに君が曹悠然ツァオヨウランの話を聞いてきてくれないかな?」


復唱しながら僕はティーナさんを軽くにらんだ。

ナンダコレ。

深夜に突然電話して、僕の都合を押し付けているだけじゃないか。

ティーナさんは、どこ吹く風といった感じで、平然としているけれど。


『私一人で? ……大丈夫かな……』

「……実は僕の大学に留学生の女の子がいるんだけど、彼女、結構強いらしいんだ。その人が、君の護衛を買って出てくれているんだけど……」


なんだなんだ?

ティーナさん、もしかして、僕と同じ大学に通う謎の留学生に成りすますつもり?


『……その留学生さんは、中村君と仲いいの?』

「……安心して。同じ学科だから、時々話すだけだよ。それに僕が本当に信頼して心ぅを……」


って、何臭いセリフ言わせるんだ!?

僕は再びティーナさんを睨んだ。

彼女の囁き声が届く。


『ほら、セリフ、噛んじゃってるわよ?』


......

今は電話に集中しよう。


「その……心を許せる相手って、君だけだから」

『えっ? それって、どういう……』

「……言葉通りだよ。留学生のコは、あくまでも君の護衛を頼むだけだ。僕にとって本当の意味で大事な君を曹悠然ツァオヨウランなんかに傷付けられたくないからね」


って、復唱しといてこう言うのもなんだけど、なんだ、この歯が浮きそうなセリフ。

関谷さんにヘンに思われたらどうしてくれるんだ?


『……分かった。私、中村君の代わりに曹悠然ツァオヨウランさんと話をしてくる』

「ありがとう関谷さん。今度、何かお礼をするよ」


僕は思わず自分の言葉で感謝の気持ちを伝えてしまった。

結果的に、“囁き”を無視された形になったティーナさんが僕を睨んできた。


『勝手な発言は許可してないわよ?』

「なんだよ、お礼を言っただけじゃ無いか」

『中村君? 何か言った?』


どうやら、ティーナさんに小声で言い返したのが、関谷さんにも聞こえてしまったらしい。


「なんでもないよ。それで……」


僕はティーナさんの囁きを復唱する“作業”に戻った。


「……今から曹悠然ツァオヨウランと連絡取るから、詳細が決まったらすぐに知らせるね」


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