第318話 F級の僕は、再びティーナさんの記憶を見せてもらう


6月13日土曜日2



―――翌朝


昨晩、この世界ネルガルに帰ってきてすぐに就寝した僕は、周囲がまだ薄暗い内に目が覚めた。

僕が身を起こすのと前後して、隣の布団で寝ていたターリ・ナハとララノアも目を覚ました。


「おはよう。ちょっと外を見て来るね」


二人に声掛けをした僕は、テントから外に出た。

冬の朝特有の凛とした冷気が僕に残っていた眠気を追い払ってくれた。

空が白みかけるこの時間帯、昨日と同じく、野営地の中央に設置されている焚火の周囲では、スサンナさんとポメーラさんが、早くも朝食の準備を始めているのが見えた。


さて、どうしようかな?


体感的には、ここは午前6時頃だろう。

という事は、向こうN市は午前10時頃。

関谷さんとティーナさんに任せた曹悠然ツァオヨウランとの話し合いは、もう終わっているのでは無いだろうか?


僕は、焚火に近付くと、スサンナさん達に話しかけた。


「おはようございます」

「おはようございます、タカシ様」

「朝食、いつ位になりそうですか?」


スサンナさんが、おどけた感じで言葉を返してきた。


「もしかして、お腹、空いてらっしゃいますか?」

「あ、いえいえ」


僕の問い掛けを朝食の催促と受け取ったらしいスサンナさんに、慌てて否定の言葉を返した。


「少し周辺を見回ってこようかと思っているのですが、朝食の前にするか後にするか、参考にさせて頂きたいだけなんですよ」


まあ実際は、どのタイミングで向こう地球に戻って、ティーナさんと情報交換してくるかの参考にしたいって事なんだけど。


「とんだ勘違いを。御無礼の程、お許し下さい。朝食はあと20分程で出来上がるかと」

「いえいえ、お腹が空いているのは本当なんで、謝らないで下さい。それじゃあ朝食の前に、用事を済ませてきますね」


一度テントに戻り、ターリ・ナハとララノアに地球の様子を見て来る旨を告げた後、僕は再びテントの外に出た。

そしてオロバスを呼び出すと、昨日来た道を数百m程引き返した。

振り返ると、野営地の方角が焚火で明るくなってはいるものの、起伏のある地形に隠されて、野営地自体の様子は分からない。

つまりここなら、僕が【異世界転移】を使っても、誰にも見咎みとがめられないはず。


「【異世界転移】……」


僕はスキルを発動した。



地球のボロアパートに戻ってきた僕は、充電器に繋いでいたスマホを確認した。

時刻は午前10時04分。

チャットアプリに新着メッセージが届いていた。



6月13日午前8時53分……


『エマさんと一緒に曹さんと会ってきました。帰ってきたら連絡してね』



どうやら無事、曹悠然ツァオヨウランと会えたようだ。

関谷さんに返信する前に……


僕は右耳に『ティーナの無線機』を装着すると、呼びかけてみた。


「ティーナ……」

『Takashi、お帰り。今からそっちに行ってもいい?』

「うん。宜しく」


部屋の隅の空間が渦を巻き、すっかり見慣れたワームホールが出現した。

そして、ティーナさんが僕の部屋にやってきた。

彼女は昨晩と違い、青を基調としたERENの制服に身を包んでいる。


「ご苦労様。どうだった?」


ティーナさんが、少し浮かない顔になった。


「期待していた成果からすると、50%ってところね」

「握手は出来たの?」


彼女は、握手等の手の平を接触させる行為を通じて、相手の記憶を覗く能力を持っている。

ティーナさんは、少し考える素振りを見せた後、口を開いた。


「……そうね。今向こうハワイで服務中だからそんなに時間取れないし、視てもらった方が、話が早いかな」


そう口にすると、ティーナさんが僕の手を握り締めて来た。


「もしかして、記憶を見せてくれる?」


ティーナさんが頷いた。


「記憶を視せるのって、ちょっと恥ずかしいんだけど、Takashiにならいいわよ?」


悪戯っぽく笑う彼女の顔が揺らめいた瞬間、僕の視界が切り替わった……

…………

……



―――ピンポ~ン



午前7時10分。

私はオートロック付き5階建てマンション入り口で、関谷さんの部屋番号を押してから呼び鈴を鳴らした。

しばらくの間を置いて、インターホン越しに聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「はい。どなたさまですか?」


恐らく私の映像を彼女に届けているはずのレンズに向けて、笑顔で言葉を返す。


「オハヨウゴザイマス。エマです。中村サンの紹介でキマシタ」


ガイジンらしく、少しカタコトの日本語を使ってみる。

こういうのは、雰囲気も大事だしね。


「エマさん? 今けますね」


自動ドアが開き、マンションロビーに足を踏み入れた私は、そのまま正面のエレベーターに乗って、関谷さんの部屋に向かった。

向こうは私の事を知らないけれど、彼女とは既に二度会っている。

一度目第185話は、日本の……確か、田町第十と呼ばれているダンジョンの中。

二度目第264話は、彼女がタカシのアパートに手作り料理を持ってきた時。

その時の事を思い出している内に、彼女の部屋の前に到着した。

呼び鈴を鳴らすと、すぐに扉が開いた。


「オハヨウゴザイマス。エマです。関谷サンですか?」

「エマさん……ですね? どうぞ」


関谷さんは、やや緊張した面持ちで私を部屋に上げてくれた。


「あの……適当に掛けて下さい。お茶、飲みますか?」

「アリガトウございます。頂きマス」


部屋の中は、彼女の性格を反映してか、パステル調の優しい雰囲気のインテリアでまとめられていた。

私は、ソファに腰を下ろし、関谷さんが出してくれたお茶に口をつけながら、“自己紹介”を始めた。


「ハジメマシテ。私は、エマ=ブラウンです。中村サンとは同じ学科の留学生デス」

「あ、ご丁寧にどうも。私は関谷詩織です。中村君とは違う大学だけど、学年は同じ二回生で20歳です」


そう話しながら、関谷さんは私に探るような視線を向けて来た。


彼女はタカシに明確な好意を抱いている。

当然、同性の私とタカシとの関係が気になっているはず。


「中村サン、いつも関谷サンのコト話シテマスヨ」

「え? そうなんですか?」

「彼がアナタの事を話ス時は、いつもとても楽シソウです。キットあなたは彼にとって大切な存在ナノデショウネ」

「そ、そんな事は……」


関谷さんは、頬を染めながらうつむいてしまった。

うん、なかなか良い滑り出し。

私の見立て通り、いや、見たて以上に彼女はタカシに好意を寄せている。

情愛の鎖で縛られ続ける限り、彼女は決して、タカシを裏切れない……



流星雨が降り注ぎ、世界が一変したあの日以来、

つまり、私にこれほど強大な力が与えられたあの日以来、

私はずっと一つの問いに対する答えを追い求め続けて来た。


何者が、何の目的で私達の世界をこんな風に変えてしまったのか?


長らく成果を挙げる事が出来なかった私の探求の旅路は、中村隆という一人の日本人との出会いで大きな転機を迎える事になった。


理論上の存在であったブレーン1649cは、異世界イスディフイとなり、顕在化した。

正体不明の何者かには、魔王エレシュキガルという名が与えられた。

そして私は気が付いた。

私達のかけがえのない世界が、異世界の魔王が復権する為のにえに選ばれてしまったのだ、という事実に。


だから私は次のステージに進もうと考えている。


私達の世界を、エレシュキガルなる異世界の魔王から解放する。

少なくとも、魔王エレシュキガルが異世界イスディフイに復権するための策源地なんかに、私達のかけがえのないこの世界を使わせない。


幸運にも、私は中村隆という素晴らしいパートナーを得る事が出来た。

彼は私達の世界の住人でありながら、唯一、世界の壁を越えて異世界イスディフイに渡る能力を持っている。

そしてエレシュキガルを消滅させるという強い意志と、その意思を遂行するに足る高い能力とを兼ね備えている。

しかしそれでも、私とタカシの二人だけでは、この世界からエレシュキガルを駆逐するには力不足だろう。

私達には国家や組織といった既存の枠に縛られない、信頼出来る仲間達が必要だ。



つまるところ、目の前で赤くなってうつむいている関谷詩織というC級のヒーラーは、この世界地球における私達の最初の仲間候補と言う事だ。

彼女のタカシに対する強い想いは、そのままタカシに対する強固な忠誠心の裏付けとなる。

ならば今は、自分自身の感情を抑えてでも、彼女の想いを尊重、醸成してあげる態度を示す必要がある。

さらに、私とタカシとの関係は、彼女には徹頭徹尾てっとうてつび隠し通す。

そうする事で、私自身も彼女からの“信頼”を勝ち取る事が出来るだろう。

信頼こそが、その集団と成員の能力を極限まで高める事が出来る。



とは言え、最終的にはタカシにとっての一番の座を譲るつもりは、微塵みじんも無いのだけれど。


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