第310話 F級の僕は、なし崩し的に3人パーティーを組まされる


6月12日金曜日6



ゲートをくぐり抜けてすぐの場所は、天然洞窟のような岩肌がごつごつした、少し広い空間になっていた。

淡く燐光を放つ高い天井を、数本の岩の柱が支えている。

ここ、押熊第一には、僕も以前数回潜った事がある。

ただし、荷物持ちと言う名の奴隷として、だけど。

その時の感傷にひたろうとした矢先、いきなり予期せぬ声が掛けられた。


「おい、お前等二人だけか? もう一人、A級はどうした?」


視線の先、洞窟を支える柱の影から、1人の人物が姿を現した。

ベージュ系統の軽装鎧を装備した、目つきの悪い女。

腰には、そんなに長くはない剣を差している

間違いない、“あの”D級のヤンキー少女だ。


「お前……何しているんだ? こんな所で?」


問い掛けながら、僕は二日前第289話にこいつが口にしていた言葉を思い出した。



―――今度押熊第一潜るんだろ?



僕は関谷さんをかばいながら、一歩前に出た。


「まさか、待ち伏せしていたのか?」

「待ち伏せなんかしてねぇし。お前等を待っていただけだし。それより、もう一人、井上とかいうA級ももぐるんじゃなかったのかよ?」


なんでここで、井上さんの名前が出てくるんだ?

均衡調整課への申請では、今日この時間帯、押熊第一に潜る人員として、A級の井上さん、C級の関谷さん、それにF級の僕って事になってはいるけれど。

もっとも、井上さんは、僕と関谷さん二人でダンジョン攻略十分可能だからって理由第238話で、今回からは純粋に名前だけ貸してくれている。

今頃は自分の家かどこかでのんびり過ごしているはず。


それはともかく……


こいつやっぱり、僕等が今日押熊第一潜る予定なのを、均衡調整課のダンジョン予約サイト、虱潰しらみつぶしに当たって見つけ出したんだ。


「お前と待ち合わせなんかした覚えは無いんだけどな」


関谷さんが口を開いた。


「あなたは確か……この前第264話、中村君のアパートの廊下で座り込んでいたコ……だよね?」

「関係ない奴は引っ込んでろ」

「関係なくは……」

「黙ってろ、このブスが。用があるのは、そこの中村だけだし」


聞いている内に、段々腹が立ってきた。


「関谷さんになんて言い方するんだ! お前こそ関係無いんだから関谷さんに謝れ!」

「は? そんなブス知らねぇし。それともそいつ、お前のカノジョなのか?」

「それは……」

「そうよ!」


関谷さんが僕の言葉に被せるように声を上げると、僕の左腕に両腕で抱き付いて来た。


「わ、私、中村君の彼女なんだから……関係、有るよね?」


関谷さんが僕に視線を向けて来た。

なるほど。

ここはひとつ、関谷さんの“芝居”に乗っかった方が良さそうだ。


「そうだ。関谷さんは僕の彼女だ。だから井上さんも遠慮して来なかったんだ。これで分かっただろ? 関係無いのはお前の方だ。分かったら、さっさと帰れ」

「チッ!」


ヤンキー少女は舌打ちしたけれど、不貞腐ふてくされた雰囲気のまま、動こうとはしない。


「関谷さん、行こう」


僕は関谷さんをうながした。

何にせよ、2時間以内に全てを追わらせて、あっちネルガルに戻る必要がある。

こんな場所でこんな奴の相手をしている時間は無い。


僕等が歩き出すと、ヤンキー少女が後ろから付いてくる気配を見せた。

僕は数歩歩いて立ち止まると、振り向きながらすごんでみた。


「いいかげんにしろよ?」


ヤンキー少女は少しだけひるむ素振りを見せたけれど、すぐにこちらを睨みつけながら、言葉を返してきた。


「に、荷物持ちしてやるって言ってんだよ!」

「荷物持ちって、お前に持ってもらわないといけない荷物なんて無いぞ?」


そう。

僕と関谷さんの荷物は、僕のインベントリの中。

関谷さんは銀のメイスを手にしているけれど、僕に至っては完全に手ぶらだ。


「じゃあ、魔石、拾ってやるよ」


僕は嘆息した。

なんなんだ、こいつは。

この状況下でまだ僕等について来ようとする、その根性は見上げたものだけど。


「【影分身】……」


僕は【影】を1体召喚した。


「あいつを拘束しろ」


僕の指示に従って、【影】はヤンキー少女に滑るように接近すると、背後から羽交はがい絞めにした。

ヤンキー少女は身をよじりながら叫んだ。


「は、離せ! この卑怯者!」


卑怯者って……

悪態あくたいにもつき方ってものがありそうだけど。


「中村君、さすがにこれは可哀かわいそうなんじゃ……」


う~ん、関谷さんは優しいからな……


「こいつを奥に連れて行くわけにはいかないからさ。ちょっとここで“待っていて”もらおうかと」

「モンスターに襲われたらどうするの?」

「大丈夫だよ。【影】には、彼女を護るようにも指示しとくから」


それにここはゲートをくぐってすぐの場所だ。

スタンピード目前でも無い限り、まずモンスターは出現しない。

万一出現したとしても、D級モンスターなら、僕の【影】なら瞬殺できる。


「でも……」

「ほら、お前のカノジョもこう言っているんだから、さっさと離せよ!」


口ごもる関谷さんに、意味不明に勝ち誇るヤンキー少女。


「ついて来るだけなら……いいんじゃない?」


僕の左腕にしがみついたままの関谷さんが、ね、と囁いて来た。

大きく綺麗な彼女の瞳には、こんなヤンキー少女ストーカーにさえ向けられてしまう優しさがともって見えた。

僕は、関谷さんにささやいた。


「こいつは、正体不明のストーカーなんだ。そんな奴に僕の戦い方を見せたく無いんだよ」


一応、今日は関谷さんメインで戦う事になっているとは言え、僕が偶然モンスターを斃してしまい、結果、ドロップアイテムを見られてしまうって危険性も無きにしもあらずだ。


「大丈夫よ。今日は私が全部やっつけるから」

「でもその銀のメイス、今日初めて使うんでしょ?」

「毎晩、動画サイト見て特訓したから安心して」


安心してって……

お料理番組じゃないんだから、素振りした位で上手になるとは思えないんだけど……

あ、もしかして?


「メイス系のスキルとか持っているの?」


関谷さんは首を振った。


「私が持っているスキルは、回復強化系だけよ。だけどこの銀のメイス、MP込めると追加ダメージ与える事が出来るから、D級モンスター格下相手なら、そんなに苦労しなくても倒せるはず」


仕方ない……


僕は【影】によるヤンキー少女の拘束を解いた。

そして【影】には新しく、関谷さんを護るように指示を出し直した。


ヤンキー少女が鼻を鳴らした。


「関谷とかいうお前のカノジョの方が、よっぽど物分かりいいじゃんかよ」


もうこいつは無視だ。

いないものとして扱って、さっさとダンジョン攻略終わらせよう。


僕は行きがかり上、関谷さんと腕を組んだまま、奥へと歩き出した。

20m程進むと、早速モンスターが現れた。

異様に鋭い牙をガチガチ鳴らしているのを除けば、全身真っ黒の大型犬のような姿と大きさのキラードッグだ。

幸い、出現したのはこいつ1匹だけのようだ。

早速、関谷さんが銀のメイスを手に、キラードッグへと迫った。

僕の【影】が上手い具合にキラードッグを抑え込み、そこに関谷さんの銀のメイスが振り下ろされる。



―――ギャウン……



十数秒後、キラードッグは光の粒子になって消え去り、後にはDランクの魔石が1個残されていた。


「お疲れ様。やるね」


関谷さんの頬が朱に染まった。


「ううん。中村君が手伝ってくれたからよ」


ちなみに今回は、戦闘支援による経験値獲得を知らせるポップアップは立ち上がらなかった。

【影】で物理的に抑え込んだだけだと、戦闘支援とは見なされないのかもしれない。


と、あのヤンキー少女が魔石に駆け寄ると、それを拾い上げ、背負っているリュックの中に放り込んだ。


「こら、それは僕等の……」

「魔石、拾ってやるって言ったろ? いいからあたしに任せとけって」


……時間が勿体もったいないから、次行こう。



その後も何度かD級モンスター達が出現したけれど、全て同じように斃す事が出来た。

動画サイトでの学習効果か、元々センスがあったのか。

とにかく、【影】で抑え込まれている格下モンスター相手とは言え、関谷さんの“メイスさばき”はなかなかのものだった。

そしてモンスターが残した魔石はことごとく、ヤンキー少女が拾い集めていった。


1時間後、僕等はDランクの魔石を15個手に入れていた。


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