第309話 F級の僕は、クリスさんとアリアが無事転移出来た事を知る


6月12日金曜日5



木陰から野営地の方に戻って来ると、既にユーリさん達は馬車に乗り込み、ボリスさん達も馬の準備を終えていた。


「すみません、お待たせしました」

「ではそろそろ出立しゅったつしよう。時間が惜しい」


そう話しながら馬にまたがるボリスさんに、僕は声を掛けた。


「昼食の時間を相談させてもらいたいのですが」

「昼食?」

「はい。可能なら今日午後1時過ぎから3時までの2時間、昼食休憩を取ってもらえないでしょうか?」


関谷さんが迎えに来るのが午後5時15分(ネルガル時間午後1時15分)。

2時間あれば、押熊第一攻略して、魔石も入手して、ついでにカウルの壊れたスクーターもバイク屋に預けて来られるはず。


「2時間か……何か理由でも?」


いきなり異世界地球行ってきます、と説明すれば色々ややこしくなる。


「少し別行動させてもらって、個人的な用事を済ませて来たいんですよ。あ、ターリ・ナハとララノアは、護衛の一員としてここに残しますのでご安心を」


ボリスさんは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。


「分かった。こちらも色々無理をお願いしている。出来るだけタカシ殿の都合に合わさせて頂こう」

「ありがとうございます」



ボリスさん達の騎馬、ユーリヤさん達の乗車する馬車と僕が購入してきた幌付き荷馬車、そして最後方が僕、ララノア、ターリ・ナハの騎乗するオロバスという順で隊列を組み、森の中での移動が開始された。

僕はオロバスの馬上で、右耳に装着した『二人の想い(右)』に指を触れながら、念話を送ってみた。


『アリア……』

『タカシ君。今どこかな?』

『クリスさん?』


意外な事に、クリスさんが念話を返してきた。


『今、州境に向けて移動中です。クリスさん達は?』

『僕等は州都リディアに“潜入”したところだよ』


クリスさんの話によると、ルーメルで旅の準備を整えた後、30分程前にアリアと二人で転移して来たのだという。

それにしても、“潜入”って?


『アリアは身分証冒険者登録証を持っているけれど、僕が大昔に作った冒険者登録証はとっくに失効しているからね』


クリスさんは、500年前、臥竜山で竜王バハムートと戦い、自分一人残して仲間が全滅した出来事をきっかけに、冒険者を辞めたと話していた。

クリスさんのおどけたような念話が続いた。


『正規の手段で街に入るには、出入口で身分証のチェックを受けないといけないんだ。ただ僕等は街中まちなかに直接転移して来たからね。だから“潜入”さ』

『なるほど』

『そうそう、ここでも例の“エレシュキガル”の噂で持ち切りだよ』


クリスさん達は、転移してきてすぐに、トゥマの街に向かうための地図と小型の馬車とを買い求めた。

その際、店員や客達が、今朝の異変について話すのを耳にしたのだという。


『どうやら君の見た“エレシュキガル”の幻影は、相当広範囲、もしかするとネルガル全域で目撃された可能性があるね』

『本物……の可能性ってどうでしょう?』


ユーリヤさんは否定的だったけれど、もしアレが本物だとしたら、ある意味、好機ともいえるのだが。

今度こそ、エレシュキガルを消滅させ、エレンを、そしてこの世界をその呪縛から解き放ってあげられる。


『恐らく本物じゃないだろうね。本物なら、ネルガルと言わず、全世界に破滅を宣告してくるんじゃないかな。それに、幻影の“エレシュキガル”が口にしたのは、“世界を取り戻す”では無くて、“ヒューマンをネルガル大陸から駆逐する”だったんだよね?』


500年前、僕が対峙した魔王エレシュキガルが目指したのは、“世界を取り戻す第160話”事だった。


『では何者……でしょうか?』

『それは僕も非常に気になるところだね。だけど、禁呪クラスの大魔法を見せつけてくる相手だ。僕の予想だと、魔族、それも相当強力な、もしかすると、500年前に魔王エレシュキガルのもとで共に戦った経験の持ち主かもしれない。そいつが、君の言う『解放者リベルタティス』と手を組み、いずれきたるべき“本物の”エレシュキガル復活に備えようとしている、とも考えられるね』


いずれにせよ、“エレシュキガル”は斃すべき存在だ。


『クリスさんは、僕がその“エレシュキガル”と戦うって言ったら……手伝ってくれますか?』

『もちろんだよ』


それは嬉しい答えだったけれど。


『即答ですね?』

『500年前、魔王エレシュキガルは世界の半分を焼き払った。そして僕はその焼き払われたがわにいた。育ての両親は、魔族に村ごと滅ぼされた。僕のかけがえの無い仲間達は、竜王バハムートに虫けらの如くなぶり殺された(※拙作【そして僕等は彼に出会う】等御参照下さい)。誰であってもその名“エレシュキガル”を使い、この世界に挑戦しようとしてくる者を、僕は決して許さない』



周囲はいつのまにか、葉を落とした枯れ木がまばらに生える山道に差し掛かっていた。

途中、数回低レベルのモンスターが出現したけれど、全て先頭を行くボリスさん達が瞬殺していく。

こうして走り続ける事2時間。

適当な空き地を見付けた僕等は、その場所で昼食のための休憩を取る事になった。



皆が昼食の準備を始める中、僕だけはオロバスに再び跨った。


「お気を付けて」


ユーリさん達に見送られながら、僕はそのまま来た道を数百m引き返した。

振り返ると、起伏に富んだ地形と立木に邪魔されて、ユーリさん達の姿は確認出来ない。

つまり、向こうからも僕の姿は確認出来ないはず。

僕はオロバスをメダルに戻すと、スキルを発動した。


「【異世界転移】……」



ボロアパートの部屋の中、机の上の目覚まし時計は、午後5時5分を指している。

予定では、あと10分程で関谷さんが迎えに来るはず。

彼女が来る前に……


僕は充電器に繋いであったスマホを手に取ると、スクーターのカウル修理をお願いしていたバイク屋に電話した。

そして、部品が届いている事を確認した後、今からスクーターを持って行くので修理して欲しい旨を告げた。

気さくな感じのバイク屋の店主は、1時間もあればカウルの交換が終わる、と教えてくれた。


関谷さんが来たら、僕がスクーターに乗って、彼女の車を先導してバイク屋へ。

スクーターを預けたら、彼女の車に乗せてもらって押熊第一へ。

1時間程度、D級モンスター達を適当に狩って魔石を入手。

帰りは、バイク屋まで関谷さんの車で送ってもらって、修理の終わったスクーターを受け取る。

その後、自分のスクーターでここまで帰って来る。


よし、完璧。



―――ピンポ~ン♪



関谷さんだ!



予定通り、バイク屋にスクーターを預けた僕は、関谷さんの車に乗せてもらって、押熊第一へと向かった。

押熊第一は、住宅街からやや離れた竹林の傍にその出入り口ゲートが存在するD級ダンジョンだ。

内部を徘徊するのは、キラードッグやヘルキャット等、今の僕なら素手で殴り倒せるD級モンスター達。

ただ、今日は関谷さんが、買った第271話ばかりの『銀のメイス』で近接戦を試したいとの事で、僕はそのサポートに回る事になっている。

関谷さんはヒーラーとは言え、C級だ。

一応、【影】も1体常時召喚しておくし、関谷さんが危険にさらされる瞬間は、まずこないだろう。


駐車場で車を下りて、関谷さんと並んで陽炎のように揺らめく押熊第一のゲートに向かおうとした僕は、気になる物を発見した。


ベージュ色をしたくたびれた感じのスクーターが、駐輪場に停められている?


但し、周囲に僕等以外の人影は無い。

僕はそのスクーターを指差しながら関谷さんに話しかけた。


「あれ、誰のだろ?」


関谷さんも不思議そうに首を傾げた。


「私達の前に潜っていた人が、置いて行ったのかしら?」

「前って?」

「確か今日の午前中、C級とD級の人達が、ここ予約入れていたみたいだから」


ダンジョン攻略終わって、スクーターそのままにして、皆でドライブ行っちゃった?

或いは、一人だけ、スクーターに乗って帰れない状態――死んだか、大怪我したか――になった?


「怪我はともかく、死亡事故が発生していたら、今頃、均衡調整課が駆け付けているって思うけれど……」

「ま、気にしても仕方ないか。もしかしたら、押熊第一とは無関係な単なる放置スクーターかもしれないし」


僕と関谷さんは連れ立ってゲートを潜り抜け、押熊第一へと足を踏み入れた。


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