第303話 F級の僕は、ユーリさんと二人で話す


6月11日木曜日6



ゴルジェイさんから貰った手形を目にした店主が、一瞬、大きく目を見開いた。

そして、手もみを始めそうな位卑屈な笑顔を浮かべながら口を開いた。


「これはこれは、ヴォルコフ様の御関係者様でいらっしゃいましたか。分かりました。幌を付けて、ウチで一番の馬もお付けして、金貨4枚でいかがでしょうか?」


……

いや、ここまでわかりやすく態度を変えなくても……


「馬は必要無いんですよ」


僕は話しながら、オロバスを召喚した。



―――ヒヒヒーン!



「ひゃっ!? ふぁっ!?」


いななきながら、突然出現した六本脚の地獄の凶馬を目にした店主が、腰を抜かさんばかりに驚いている。


「あ、大丈夫です。僕の召喚獣ですから。コレに馬車を曳かせたいんですが」

「こ、これに……?」


焦る店主の少し後ろで、先程店主から“躾”を受けていた獣人の男性が、ゆっくりと立ち上がった。

服はあちこち破れ、顔は擦り傷だらけだけど、彼は変わらず人の良さそうな笑顔を浮かべながら口を開いた。


「ご主人様、馬具を工夫すれば、なんとかなりそうです」


店主は、獣人の男性をじろりと睨んだ。


「ゴル! なら馬具はお前が工夫しろ」


そして再び僕には卑屈な笑顔を向けてきた。


「旦那様、それではこの車体に幌と特別製の馬具をお付けして、馬無しですと……金貨2枚でいかがでしょうか?」


後ろからララノアが囁いた。


「そ、相場通り……かと……」



30分後、僕とララノアは、購入した馬車をオロバスに曳かせて、ボリスさん達の待つ野営地へと戻って来ていた。

約1時間強、この場所を留守にしてしまったけれど、特に変化の無さそうな野営地の様子に、僕はホッと胸を撫でおろした。


「ただいま戻りました」

「タカシ殿、無事に戻られて何よりだ。馬車も手に入れてきてくれたようだな」


オロバスから降り立った僕等を、ボリスさんが笑顔で出迎えてくれた。


「金貨2枚で買えたので、残りはお返ししますよ」

「残りは今回の護衛の前金代わりに取っておいてくれ」


金貨の価値は分からないけれど、ここで固辞するのも変だろう。


「分かりました。ありがとうございます」

「それと……」


ボリスさんが、少し口ごもりながら、言葉を続けた。


「……ユーリ様が目を覚まされた」

「良かったじゃないですか」

「うむ。それでだな……」


なんだかボリスさんの歯切れが悪い。


「どうしました?」

「その……ユーリ様には、呪具の一件も含めて全てお話したのだが……スサンナの隔離を許可して下さらないのだ」


ユーリさんは、それだけスサンナさんの事を信頼しているって事だろうか?

だけど、スサンナさんが身に付けていたネックレスが呪具だったのは、まぎれもない事実だ。

スサンナさんが呪詛を仕掛けて来た者の共犯か、或いは単に利用されただけの被害者なのか、判断材料が不足する現状では、彼女とユーリさんが同じ馬車の中、というのは、やはりまずい気がする。


「でしたら、僕からもお話させてもらいましょうか?」


ボリスさんの表情が明るくなった。


「そうしてもらえると助かる」


ボリスさんは、僕をユーリさんの休む馬車へと案内すると、馬車の扉をノックした。


「タカシ殿が戻られました」


少しの間を置いて、馬車の扉が開かれ、ポメーラさんが姿を現した。


「ユーリ様がお会いになられます。どうぞ中へ」


僕、続いてボリスさんが馬車に入ろうとして……ポメーラさんが、僕とボリスさんとの間にすっと入ってきた。


「ユーリ様は、タカシ様と二人きりでお話したい、とおっしゃっています」

「それは……!」


戸惑うボリスさんに、ポメーラさんが、重ねて言葉を続けた。


「私もお諫めしたのですが、ボリス様も御承知の通り、一度言い出されると、なかなかお考えを改めて頂けませんので……」

「むぅ……」


少しの間、悩む素振りを見せた後、ボリスさんが、大きく息をついた。


「仕方ない。タカシ殿、ユーリ様の事、お願い出来るだろうか?」

「分かりました。お話終われば、またお声掛けしますね」


車外に立つボリスさんとポメーラさんに見送られる形で、僕は一人で馬車の中に入り、扉を閉めた。

ベッドの上では、昨日同様、白い寝巻きを身に付け、仮面で顔を隠したユーリさんが、半身を起こして座っていた。

彼は僕に、ベッドの傍に置かれた椅子に腰かけるよう勧めると、頭を下げてきた。


「タカシ殿、色々ご迷惑をお掛けしてしまった事、まずはお詫び申し上げます」

「迷惑なんてそんな。ユーリさんこそ、無理せず、ベッドに横になっていて下さい」


ユーリさんを冒す呪詛は、彼に絶え間ない苦痛第295話を与え続けているはず。


「お気遣いありがとうございます。ところで……タカシ殿がこちらにお越しになったのは、スサンナの件……ですよね?」

「はい。申し上げにくいのですが、スサンナさんは……」


言いかける僕を彼は右手で、やんわりと制してきた。


「今、スサンナが身に付けていた呪具は、どちらにありますか?」

「呪具は危険なので、インベントリに収納しています」

「見せて頂いてもいいですか?」


呪具を?

危険では無いだろうか?


戸惑っていると、ユーリさんが言葉を重ねてきた。


「呪具は、呪詛を媒介する魔道具。既に呪詛に冒されている私にとって、危険はありませんよ」


言われてみれば、そうかもしれない。

僕は、インベントリを呼び出した。

そしてそこから呪具と化しているネックレス、『精霊の微笑み』を取り出した。


「これがそうです」

「お借りしても?」

「どうぞ」


僕から『精霊の微笑み』を受け取ったユーリさんは、愛おしそうに鎖とペンダント部分を触りながら、何かを呟いた。

瞬間、『精霊の微笑み』がほんのかすかかに発光するのが見えた。


!?


と、次の瞬間、ユーリさんがうめきながら、ベッドに突っ伏してしまった。


「ユーリさん!?」


僕は慌てて椅子から立ち上がり、ユーリさんを抱き起した。


「大丈夫ですか?」


ユーリさんは、荒い息をつきながらも言葉を返してきた。


「大丈夫……です。ありがとうございました」


ユーリさんの手の中のネックレスは、今は発光していない。


「今のは?」


僕の腕の中のユーリさんが、息を整えながら答えてくれた。


「実は私は、モノの来歴を視る事が出来るのです。と言っても、非常にぼんやりと、ですが」

「来歴を?」

「はい。この能力を使って、このネックレスの来歴を視てみました。能力の精度を高めるには、精神の高度な集中を要求されるので、少々、みっともない姿を見せてしまった事、お許し下さい」

「こんな状態で、そんな無理はしないで下さい」

「もう大丈夫です。お陰で少し、分かった事があります」

「分かった事?」


ユーリさんは、そっと僕から身を離しながら、言葉を返してきた。


「このネックレスは、どうやら魔族によって、呪具に変えられてしまったようです」

「魔族!?」


僕の脳裏に、昨日の襲撃者達を指揮していたあの魔族の男の姿が思い浮かんだ。


「その魔族の容姿は分かりますか?」


ユーリさんは、首を振った。


「分かるのは、少なくとも過去2週間以内に、魔族と思われる人物が、このネックレスを手に取り、呪力を込めた、という事だけです」


過去2週間以内……

ユーリさんは、10日程前に、執務室で呪詛に冒され倒れたと聞いた。

時間的な辻褄は合う。


「やはり、『解放者リベルタティスがらみ……って事でしょうか?」

「どうでしょう? 私には敵が多いですから……」


仮面に隠されて見えないはずのユーリさんの顔に、寂しげな表情が宿っているのが感じられた。


「こちらはお返ししておきますね」


ユーリさんが『精霊の微笑み』を手渡してきた。

僕はそれをインベントリに放り込みながら、改めて当初の目的を口にした。


「それでスサンナさんの件なんですが……」

「彼女に隔離は必要ありません。今まで通り、彼女には身の回りの細々こまごまとした事、手伝って頂きます」


呪詛に冒されて弱っているとは思えない程、凛とした声音こわねでユーリさんはそう宣言した。


「ですが……」

「タカシ殿」


ユーリさんが優しい口調になった。


「スサンナがもし本当に私を害するつもりなら、この10日間、何度でもチャンスがあったはずです。それにスサンナはもはや呪具を身に付けてはおりません。そして私はこうして再び呪詛に冒されています。少なくとも今、スサンナをこの馬車に同乗させても、差し迫った危険は無いはずです」


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