第302話 F級の僕は、貰った手形の威力を実感する


6月11日木曜日5



チャゴダ村は、周囲をぐるりと3m位の高さの木柵で囲まれていた。

木柵には、村への出入り口が1ヶ所設けられており、そこには銀色の甲冑に身を固め、槍を手にした衛兵らしき男が1人、暇そうに立っていた。

僕はオロバスをメダルに戻すと、ララノアと連れ立って、その出入口に近付いた。


「こんにちは」


そのまま男に挨拶しながら村に入ろうとして……槍でさえぎられた。


「止まれ!」


見た目30代のその男は、僕等を胡散臭うさんくさそうな目で眺めまわした後、言葉を続けた。


「身分証!」


僕は懐からルーメルの冒険者登録証とララノアの奴隷登録証とを取り出した。

男は僕が呈示したその身分証を確認しながら問いかけて来た。


「ルーメル? 聞いた事ねぇな。何しに来た?」

「馬車を買いに来ました」

「フン」


男は鼻を鳴らした後、やおら右手を差し出してきた。


「入村税を払え! お前とそこの奴隷、合わせて帝国白金貨1枚だ」


帝国白金貨?

僕は懐に入れていた、ボリスさんから馬車購入用に預かってきた金貨の袋の中身を確認した。

袋の中には、金貨が10枚入っている。


「金貨だと、何枚になりますか?」

「金貨だぁ? 白金貨持ってないのか?」


帝国白金貨……

あっ!

ゴルジェイさんが、確か白金貨10枚を下賜第288話してくれたっけ?

インベントリを呼び出して、帝国白金貨を取り出そうとしたところで、後ろから服の裾を引かれた。


「にゅ、入村税……いらない……」


ララノアが囁くと同時に、男が槍の石突いしつき(※刃の付いている穂先とは逆の持ち手の部分)で、いきなりララノアの胸を突いた。


「奴隷風情が! 黙ってろ!」


ララノアは、悲鳴も上げずにそのまま尻もちをついてしまった。


「何をするんですか!?」


抗議の声を上げながら、ララノアを助け起こそうとしゃがみ込む僕の頭上で、男が小馬鹿にしたような罵声を浴びせてきた。


「奴隷のしつけがなってねぇな!」


僕はララノアを助け起こすと、その男に非難の視線を向けた。

男が居丈高いたけだかに怒鳴りつけて来た。


「なんだその目は? 言っておくが、俺様はモエシア最強のゴルジェイ様の部隊に属しているんだ。たかが冒険者風情が、俺様に盾ついてただで済むと思ってんのか?」


ゴルジェイ様の部隊?

僕は懐から、ゴルジェイさんから貰った、あの手形を取り出した。


「奇遇ですね。僕は一昨日、ゴルジェイさんの部隊と一緒に、カースドラゴン討伐に参加したんですよ。これ、その時ゴルジェイさんから頂いた手形です」

「カースドラゴン? ゴルジェイ様の手形ぁ? 嘘つ……」


僕が示した手形を目にした男の顔色が、みるみるうちに、青ざめていく。


「あ、え? あの……し、士官様……!? でしたか。これは失礼しました」


ん?

なんか態度の変化が急すぎて、置いてけぼり感が半端ないんだけど……


男は槍を立てて、直立不動の姿勢を取った。


「ど、どうぞお通り下さい」

「入村税は?」

「も、申し訳ありませんでした! ゴルジェイ様の賓客、しかも士官様とは露知らず、御無礼の程、なにとぞ、なにとぞお許しを……」

「ですから入村税……」


再び、ララノアに服の裾を引かれた。


「にゅ、入村税……いらない……」


……

ま、いいけど。


僕は、改めてゴルジェイさんの手形に書いてある文面を読んでみた。



タカシ=ナカムラ

ルーメルの勇士

上記の者を、カースドラゴンを単独で撃破した功により、帝国軍大尉、ゴルジェイ=ヴォルコフの名において、名誉士官として遇する事をここに宣言する。

この手形の呈示を受けた者は、彼の者の旅路において、最大限の便宜を図られたし。


帝国軍大尉

属州モエシア第1中隊長

ゴルジェイ=ヴォルコフ 日付と押印



手形には、帝国の暦と思われる日付と一緒に、なんだか立派な印が押してある。

どうやら知らない間に、僕には帝国の名誉士官なる肩書が与えられていたらしい。

だからボリスさんもこの手形を見て、顔色を変えて第291話いたのかも。

これからは貰った書類、その場でちゃんと中身も確認するようにしよう。

それはともかく、僕はララノアに話しかけた。


「大丈夫? 怪我してない?」

「魔法で……防御……だいじょ……」


ララノアは、こちらをチラチラ見上げながら、言葉を続けた。


「あ、あの……やっぱり……大丈夫じゃ……」


僕は、槍を手にしたまま直立不動の姿勢で立つ衛兵の男を睨んだ。

冬の冷たい空気の中、男の顔からは、大量の汗が噴き出してきている。


「おい、ララノアに謝れ!」

「も、もうしわけ……」

「ご、御主人様……」


ララノアが男の声にかぶせるように囁きかけてきた。


「どうしたの?」


振り返ると、ララノアはうつむきながら、もじもじしている。


「どこか痛むの?」

「せ、背中……」

「背中?」


僕はこちらを向くララノアの背中に右手を回して優しくさすってみた。


「どの辺?」

「あ、あの……」


ララノアが、おずおずとした仕草で、僕の背中に腕を回してきた。

結果的に、僕等はカチコチに固まってしまっている衛兵の男の目前で、抱きしめ合う姿勢になった……って、ナニコレ?


「え~と……ララノア?」


ララノアは、僕の胸の中に顔をうずめて、すんすん鼻を鳴らしている。


「大丈夫? 神樹の雫、飲む?」


ララノアがハッとしたように顔を上げた。

若草色の瞳が潤み、顔が上気している。


もしかして、突き倒されて、相当痛かった?


僕がインベントリから神樹の雫を取り出したタイミングで、ララノアが僕から身を離した。


「だ、大丈夫に……なりました……もう、痛く……」


話しながら、なぜかララノアは、フードを目深にかぶり直してうつむいた。


まあ、本人がそう言うのなら、大丈夫かな?


ララノアの一連の行動が意味不明だけど、元々挙動不審な所もあるし、きっとこれが彼女の個性という事だろう。

それはともかく、早く本来の目的を果たしに行こう。


僕は、傍に立つ衛兵の男に問いかけた。


「馬車を買いたいんだけど、どこに行けば売ってもらえるか教えてもらえますか?」

「はっ! 馬屋はあちらでございます! 荷馬車のたぐいも取り扱っております!」


衛兵の男が指し示す方向には、数頭の馬が繋がれた厩舎が見えた。



厩舎では、一人の男性が馬の世話をしていた。

僕等に背中を向けている彼は、首輪をめていた。

灰色の髪の毛からは同系統の色合いの大きな耳が飛び出し、お尻からは大きく太い尻尾が生えている。

どうやら獣人の奴隷のようだ。


「すみません」


僕の呼びかけに、その男性が振り向いた。

初老に見えるその男性は、人の良さそうな顔に笑顔を浮かべた。


「いらっしゃいませ。馬をお探しでしょうか?」

「馬車を1台買いたいのですが」

「ご主人様をお呼びしますので、こちらで少々、お待ち下さい」


待つ事数分で、やせぎすの目が細い男が、獣人の男性の案内でやってきた。

店主と思われるその男は、僕等にじろりと視線を向けると、ぶっきらぼうにたずねてきた。


「荷馬車が欲しいのかい?」

「荷馬車と言いますか……」


僕は、ボリスさんから聞かされた通り、幌が張れて、大人が足を延ばして十分なスペースを確保出来る、かつ、馬1頭で引ける馬車を探している旨、説明した。


「予算は?」

「一応、金貨10枚以内で……」


さっきも確認したけれど、懐に収まっている、ボリスさんから預かった袋の中には、金貨が10枚入っている。

店主は、厩舎の脇に無造作に置かれている木製の質素な荷馬車を指差した。


「それじゃあ、こいつだな。幌と馬1頭つけて金貨10枚だ」


馬はいらないんだけど……


僕が口を開く前に、獣人の男性が、店主に声を掛けた。


「ご主人様、こちらは確か、馬付きで金貨4枚……」

「うるせえ!」


店主が、いきなり獣人の男性を殴り倒した。


「幌も付けるんだ。金貨10枚になるんだよっ!」

「申し訳ございません! お許し下さい!」


店主は、身を丸くしている獣人の男性を蹴り上げた。


「誰のお陰でメシが食えていると思っているんだ!?」

「ちょ、ちょっと!」


僕は店主と獣人の男性との間に割って入った。


「お客さん、しつけの邪魔しないでもらえるかい?」

「躾って……」

「奴隷の分際で商売に口を挟みやがるバカは、早目に躾とかないと、増長して手に負えなくなるんでさ」


店主は、僕の邪魔が入った事で興を削がれたのか、それ以上獣人の男性に暴力を振るう事は諦めたようであった。

彼は改めて僕に問いかけてきた。


「それでどうするんだい? 馬車」

「……」


帝国金貨10枚の価値が今ひとつ分からないけれど、どうやら“ぼられそうになっている”という事だけは、推察出来た。

仕方ない。

なんか、虎の威を借るキツネみたいな気分になってしまうけれど……

僕は、懐に一旦収めていたゴルジェイさんの手形を再び引っ張り出した。




――◇――◇――◇――



作者の私が言うのも何ですが、ララノアをこのままルーメルに連れて帰っても大丈夫なんでしょうか……

アリアとか、アリアとか、あと、アリアとか


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る