第300話 F級の僕は、呪具の特定を試みる


6月11日木曜日3



「呪具は今、スサンナさんが持っている可能性が高いです」


僕の言葉を聞いたボリスさんの眉が跳ね上がった。


「なっ……! それは本当か?」


僕は頷いた。

ボリスさんが、声をひそめながら、僕に問いただしてきた。


「しかし君は、ついさっきまで、ユーリ様が呪具を身に付けてらっしゃると……」

「すみません。勘違いだったようです」

「勘違い?」

「先程もお話しました通り、僕は呪具の存在には気付く事が出来ますが、正確な位置や形状までは分かりません。ユーリさんが倒れて以来、呪具の気配をずっと近くに感じ続けていました。なので最初、ユーリさんが身に付けてらっしゃる物の中に、呪具が含まれていると誤認してしまいました。ですが……」


僕は再度、数m先で、所在無げにたたずむスサンナさんに視線を向けた。


「馬車を出てからも、ずっと傍に呪具の気配を感じ続けていました。おかしいと思って、こうしてスサンナさんから離れてみたら、呪具の気配が遠ざかりました」


話しながら、僕は出来る限りボリスさんの表情や仕草の変化を観察してみようと試みた。

もし僕の話が、ボリスさんの“想定内”であれば、つまり、ボリスさんもスサンナさんが呪具を持っている事を事前に知っていれば、その驚き方に、不自然さが出るのでは、と考えたのだが……


「まさかスサンナが? いやしかし、陛下に命じられれば、彼女とて……」


小声で何かをぶつぶつつぶやくボリスさんは、本気で僕の言葉に衝撃を受けているように感じられた。

まあ僕自身、読心術系のスキルを持っているわけでは無いから、完全にその認識が正しいとは言い切れないんだけど。


「とにかく、スサンナさんを今の状態のまま、どこかに隔離して下さい。少なくとも、呪具が特定できるまでは、彼女をユーリさんに近付けるのは危険かもしれません」


スサンナさんは利用された、つまり何者かが、勝手にスサンナさんの所持品に呪具を忍ばせた可能性も否定できないけれど。


「……分かった」


ボリスさんは、スサンナさんの方にすたすたと歩み寄って行った。

そして冷たい声で彼女に問いかけた。


「スサンナ、君は呪具を持っているのか?」


スサンナさんが、怪訝そうな表情になった。


「ボリス殿? 一体何の話を?」

「タカシ殿が、君が呪具を所持している、と教えてくれたのだ。もし持っているなら、提出して欲しい。今なら君の今までの功績に免じて罪一等を減ずるよう、ユーリ様に進言する」

「待って下さい。私が呪具を? それは何かの間違いです!」

「だが、陛下から命じられれば……」

「例え陛下に命じられても、ユーリ様を害するような行動を取る位なら、死を選びます」


そう告げると、スサンナさんは、その場で目を閉じた。


「ボリス殿。このような嫌疑を掛けられた以上、生への執着はございません。どうぞ早急にこの首を撥ね、私の所持品をお調べ下さい」


静かにたたずむスサンナさんからは、確かな覚悟が感じられた。

という事は、彼女は、いつの間にか呪具を持たされていただけの、“被害者”なのだろうか?

二人の会話をすぐ傍で見守りながら、僕はエレンに念話で問いかけた。


『今呪具は?』

『あなたのすぐ傍に存在する』


やはり、スサンナさんが身に付けている衣服かアクセサリーか所持品か、とにかく、呪具は、スサンナさんと一緒に“動いて”いる事は間違いなさそうだ。

僕は、スサンナさんに声を掛けた。


「スサンナさん、僕はあなた方の置かれている事情をよく知りません。今分かるのは、あなたの衣服かアクセサリーか、とにかく所持品の中に、呪具が含まれている可能性が高い、という一点だけです。いきなり命がどうこうの前に、まずは所持品全てを調べさせて頂けないでしょうか? 何者かがあなたを利用しているだけの可能性もありますし。もしそうなら、あなたが命を落としても笑うのは、その何者かだけって話になるかもしれませんよ」


スサンナさんが目を開けた。


「とりあえず、僕等のテントにお越し下さい。着替えは、ターリ・ナハとララノアに手伝ってもらうって形でどうでしょう?」


いいでしょうか?


僕の視線にボリスさんも頷いた。

スサンナさんは、束の間考える素振りを見せた後、口を開いた。


「分かりました。もし身に付けている品の中に、あるじを害する物が含まれているならば、一刻も早く特定して頂き、どうかあるじの憂いを取り除いて下さい」


スサンナさんの話では、着替えは全て馬車の中の家具に収められているという。

僕は、焚火にあたりながら僕等を待っていたターリ・ナハとララノアを呼び寄せた。

二人に今の状況を簡単に説明した後、スサンナさんの“着替え”を手伝ってくれるように頼んでみた。


「僕は今からスサンナさんの着替えを馬車に取りに行ってくるから、二人はボリスさんと一緒に、一足先に、スサンナさんを僕等のテントに案内しておいてくれないかな」



スサンナさんをボリスさん達に預けた僕は一人、馬車に戻って行った。

馬車の外から声を掛けると、すぐにポメーラさんが顔を出した。


「タカシ様? どうかされましたか?」

「すみません、スサンナさんの着替えを用意して頂きたいのですが」

「スサンナ様の? でしたら、直接ご本人にこちらにお越し頂ければ……」


馬車の外で現在進行中の事態について、全く気付いていないらしいポメーラさんが、不思議そうに周囲を見渡した。

そしてボリスさん、ターリ・ナハ、それにララノアに囲まれる形で、僕等のテントへと入って行くスサンナさんの姿を遠目に確認したらしい彼女の顔に、怪訝そうな表情が浮かんだ。


「……何かありましたか?」

「あとでご説明させてもらいます。とにかく、この件に関しては、ボリスさんもスサンナさんも了承済みです」


彼女にとって、上役うわやくに当たる二人の名前を出した事が効いたのだろう。

彼女は僕にしばらく待つように話すと、再び馬車の中に引っ込んだ。

数分後、彼女は大きな袋を手にして馬車から外に出て来た。


「スサンナ様の着替え、一通りこの中にまとめています」

「お手をわずらわせました」


僕は荷物を受け取りながら頭を下げた。


「ところでユーリ様は……?」


僕の問い掛けに、彼女は悲し気に首を振った。


「まだお目覚めになられません」

「そうですか……ですが、夕方には恐らく昨日ユーリさんを解呪したポーションを提供出来ると思いますので、それまでユーリさんの事、宜しくお願いします」


ポメーラさんが馬車の中に姿を消した後、僕はエレンに念話で話しかけた。


『エレン、今、呪具の気配、感じる?』

『……感じない』


どうやら現時点では、馬車の中、それと僕が抱えるこの大きな荷物の中に、呪具は存在しないようだ。


『ありがとう。実は今……』


僕は僕等のテントへと向かいながら、今の状況について、エレンに簡単に説明した。


『……それでエレンには、後で呪具の特定を手伝って欲しいんだけど、大丈夫かな?』

『心配しないで。あなたの力になれる事こそ、私の喜び。本当ならすぐにでもそこに駆け付けて、呪具も、面倒な呪詛を投げかけてきた者も、全部無かった事にしてあげたいところなんだけど』


全部無かった事って……

僕は一人苦笑した。

呪詛を仕掛けてきた人物が何者かは分からないけれど、今、エレンがノエミちゃんを護る為に動けないのは、その人物にとっては幸いだったに違いない。


僕等のテントの外には、ボリスさんが立っていた。

僕は、テントの中に声を掛けた。


「ターリ・ナハ、ララノア、今の状況は?」


数秒後、ターリ・ナハが顔を出した。


「今、スサンナさんが脱いだ服とアクセサリーを整理している所です」


僕は、ポメーラさんから受け取った、着替えの入った大きな袋を彼女に手渡した。


「これ、スサンナさんの着替えが入っているから。それとスサンナさんが身に付けていた物、1個ずつ外に持って来てもらってもいいかな?」


ターリ・ナハが運んでくる衣服、アクセサリーを1品ずつ、“エレンに鑑定”してもらいながらの呪具探しが始まった。

そして……

10分後、僕はついに今回の事件の鍵を握るはずの呪具を特定する事に成功した。


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