第299話 F級の僕は、呪具に関して勘違いをしていた事に気付く


6月11日木曜日2



「ユーリさんの衣服と装飾品、全て脱がせてもらえないですか?」


僕の言葉を聞いたボリスさんが、なぜか鬼のような形相になった。


「おまっ! あ、いや、タカシ殿……それは一体、どういう意味だ? いくら君でも言って良い事と悪い事があるぞ?」


言葉は悪いけれど、お風呂に入る時同様、裸になってもらうだけだ。

なんだか反応が過剰な気も。

それはともかく。


「ユーリさんが身に付けている物の中に、呪具が含まれている可能性が高いです。呪具を特定して、少なくともユーリさんから引き離さないと、彼は何度でも呪詛に冒されます」

「ユーリ様が身に付けてらっしゃる品々の中に呪具が含まれているというが、その根拠は何だ?」


何と説明しようか?

少し考えた後、僕は言葉を返した。


「僕は呪詛や呪具の存在を感じ取る事が出来るのです」


正確には、僕とパスで繋がるエレンに教えてもらっているんだけど。

僕の言葉を聞いたボリスさんが、チラッとスサンナさんに視線を向けた。

その視線を受けてか、スサンナさんが口を開いた。


「分かりました。私どもの方で、ユーリ様のお召し物を別の品々とえさせて頂きます。ですがその前に……」


スサンナさんが、深々と頭を下げて来た。


「厚かましいお願いかとは存じますが、タカシ様のお力で、ユーリ様を再び癒しては頂けないでしょうか?」


昨晩、ユーリさんの呪詛を解いたのは、『賢者の小瓶』で創り出した『賢者の秘薬』だ。

そして『賢者の秘薬』を再び創り出せるようになるのは、おおよそ、今日の午後6時以降になるはず。

ユーリさんを冒す呪詛に関連して、エレンは、“昨日と同じ呪詛の波動”と話していた。

ならば、【奪命の呪い】のように、一気に呪殺されてしまうって事にはならないと思うけれど……


僕はエレンに念話で確認してみた。


『エレン、僕のすぐ傍で呪詛に冒されている人って、余命幾ばく、とかじゃないよね?』


少しの間を置いて、答えが返ってきた。


『呪詛は掛け直されている。その人物の命を奪うまでには、多分……1週間か10日はかかると思う』


僕はホッと胸を撫でおろした。

それだけ時間的猶予があれば大丈夫なはず。

僕は改めてスサンナさんに言葉を返した。


「昨夜のポーション、作製には少し時間がかかるんですよ。作製出来次第、すぐにご提供はさせて頂きますので、ご安心下さい」

「それまでにユーリ様に万一の事があれば……」


スサンナさんが余裕の無さそうな表情になった。


「大丈夫です。呪詛は今、掛け直されたばかりのようです。少なくとも、今日明日、お命が、といった事態にはならないはずです」


って、エレンが教えてくれたんだけど。

それはともかく、呪具だ。

呪具が特定できれば……それがユーリさんの衣服にせよ、アクセサリーのたぐいにせよ、最初にそれをユーリさんに手渡した人物を調べる事で、この件の首謀者に辿たどり着ける可能性がある。


「では、お二人タカシ様とボリス殿は、馬車の外でお待ち下さい。私が、ユーリ様のお召し物全て、別の品と換えさせて頂きます」


スサンナさんの言葉を聞きながら、僕はユーリさんにチラッと視線を向けた。

ベッドに仰向けに横たわるユーリさんは、意識を失ったまま、浅い呼吸を続けている。

僕は、スサンナさんに言葉を返した。


「差し出がましい申し出かも知れませんが、僕もユーリさんの着替えに立ち会わせて下さい」

「そ、それは!?」

「な、な、何を言い出すんだ!?」


あれ?

スサンナさんとボリスさんが、天地がひっくり返ったみたいな表情で狼狽している?

もしかして、この国帝国では、身分の高い人――僕はユーリさんが、商人ではなく、貴族かなにかだと疑っているけれど――の素肌を一介の冒険者なんかに見せてはいけないとか、そういう“常識”でも存在するのだろうか?

しかし、これは僕にとっては必要な申し出だ。


「何って……先程もお話しました通り、僕は呪具が近くに存在すればそれを感じ取る事が出来ます。ですが、正確な位置や形状までは分かりません。立ち会わせて頂いて、ユーリさんが全ての衣服を脱ぎ、アクセサリーを外したのを僕自身の目で確認させて頂いて、その上で、衣服やアクセサリーの中のどれが呪具なのか、特定したいのです」


ボリスさんが困惑した様子で口を開いた。


「し、しかし、ユーリ様の御着替えに君を立ち合わせるわけには……」

「すみません。御存知の通り、僕は三日前にこの地に転移して来たばかりです。なので、もしかしたらこの国の常識から外れた申し出なのかもしれませんが、ユーリさんを救うのに絶対的に必要な事、とご理解頂ければ」


ボリスさんとスサンナさんが顔を見合わせた。

そして今度はスサンナさんが口を開いた。


「では、タカシ様には馬車のすぐ外でお待ち頂きながら、私とポメーラでユーリ様のお召し物を1品ずつタカシ様のもとにお運びして、呪具かどうか確認して頂く、というやり方はいかがでしょうか?」


その方法だと、もしスサンナさんかポメーラさんが、呪詛に関するこの一件に絡んでいた場合、証拠隠滅される恐れがある。

二人を疑いたくは無いけれど、ここはやはり僕が立ち会って、エレンに手伝ってもらいながら1品ずつ確認する方が、確実なはず。

それにしても、なぜここまで着替えの立ち合いをかたくなに拒むのだろうか?

まさか、スサンナさんもボリスさんも……昨日の襲撃を生き残った5人全員が、この件に関してグル……は、あまりに人を疑い過ぎか?


「僕がユーリさんの着替えに立ち会うと、何かまずい事でもあるのでしょうか?」


途端に二人の顔色が変わった。

まさか、本当にこの二人が、ユーリさんの呪詛に関わっている!?

僕の表情も強張った。

スサンナさんもボリスさんも今は普段着。

武器のたぐいは手にしていない。

しかし僕もまた、普段着かつ全ての武装はインベントリの中。

二人から明確な戦意は感じられないけれど、この至近距離で不意打ち的にスキルか魔法を使用されれば厄介だ。

ならば【影分身】のスキルを先制使用して二人を拘束、ユーリさんを救出……

僕の思考が、若干アブない方向に舵を切りそうになったところで、スサンナさんが声を掛けて来た。


「とりあえず、一度皆のもとに戻りませんか? 朝食も出来上がっている頃合いですし」


質問をはぐらかされた気がしないでも無いけれど、ここでこれ以上ゴネても話は進まないだろう。

それによく考えてみれば、この狭い馬車の中で、二人と戦いになった場合、意識の無いユーリさんを護り切れるかどうか自信が無い。


「分かりました。ユーリさんの着替えの話はまた後で」


僕は、ボリスさん、スサンナさんの二人と一緒に、馬車から外に出た。


「ポメーラ!」


スサンナさんの声に応じて、焚火の傍にいたポメーラさんが、こちらへと駆け寄ってきた。


「ポメーラ、私達は朝食を頂きます。その間、馬車の中のユーリ様をお願いしますよ」


ポメーラさんは、一礼してから僕等と入れ替わるように馬車の中へと入って行った。

僕は二人と共に焚火の方へ戻りながら、エレンに念話で呼びかけた。


『エレン……』

『タカシ、呪具は結局、どうなったの?』

『今、呪具と僕との距離感ってどんな感じ?』


呪具は今、ユーリさんと共に馬車の中のはず。

ならば、エレンには、僕が呪具から遠ざかって行くように感じられるはず。

しかし……


『呪具はまだ、タカシの傍に存在する』

『遠ざかっていない?』

『タカシと呪具との距離に大きな変化が生じているようには感じられない』


僕は、歩きながら後ろを振り返った。

馬車とはもう、4mは離れている……!

ユーリさんをベッドに横たえて布団を被せたのは僕だ。

そして馬車を立ち去る今の今まで、ボリスさんもスサンナさんも、ユーリさんには直接触れてはいない……!


まさか、大きな勘違いをしていたのでは?


僕は、並んで歩くボリスさんとスサンナさんを呼び止めた。


「ちょっと待って下さい」

「どうした?」


立ち止まったボリスさんが、不思議そうな顔を向けて来た。

今朝、ユーリさんが再び呪詛に冒されて倒れた時、ボリスさんは、ユーリさんからは8m以上離れた馬車の傍で馬の世話をしていた。

そしてスサンナさんは、僕等の“すぐ傍”で朝食の準備を行っていた。

と言う事は……!?

僕は、二人に声を掛けた。


「ボリスさんにお話が。あ、スサンナさんは、そのままそこでお待ち下さい」


不思議そうに首を傾げるボリスさんを促して、僕は彼をそこから少し離れた場所へと誘導した。

同時に、エレンに念話でたずねてみた。


『今、呪具の気配は?』

『呪具の気配は次第に遠のいている』


僕は、背後でたたずむスサンナさんにチラッと視線を向けた後、ボリスさんに囁いた。


「呪具は今、スサンナさんが持っている可能性が高いです」


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