第297話 F級の僕は、二人と一緒に布団の中で


6月10日水曜日13



夜伽よとぎ

①警護や看護のため、夜寝ずに付き添うこと。また、それをする人。浄瑠璃、心中天の網島「産所の―」

②女が男の意に従って共に寝ること。枕のとぎ。

③死者を葬る前の通夜つや

(出典:広辞苑)


……


「よ、よ、よ、夜伽ぃ~~!?」


思わず素っ頓狂な声が出てしまった。


ちょっと落ち着いて考えてみよう。


つまり、奴隷なのに、外では無く、テントの中、それも布団を使うように言われた命じられた

⇒ 布団を自分の体温で温めて僕が来るのを待っていた。

⇒ いつまで経っても来ないので、心配になって僕を“呼びに”来た。

その後……もしかして、自分の魅力が足りなくて、僕にダメ出しを食らった気分(←今ここ)……ってコト?


「なんだ、タカシさんもちゃんと分かっているじゃ無いですか」


いや、分かったのって、たった今だから。


ターリ・ナハがにっこり微笑んだ。

訂正。

彼女の表情筋は微笑みを形作っているけれど、どう見ても、彼女自身は微笑んでいない。


それはともかく……


「……どうしようか?」


僕は、しょんぼりしている雰囲気のララノアの気配を背後に感じながら、ターリ・ナハに問いかけた。


「それを私に聞きますか?」

「ま、普通そう答えるよね……」


しかし、生まれて初めてのこの状況、どう行動するのが正解か、さっぱり思い浮かばない。

ターリ・ナハが大きく息をついた。


「なるほど。これでは、アリアさんもエレンさんも苦労するはずです」

「なんでそこで二人の名前が?」

「ここでお二人の名前を私が出した理由を理解出来るようになれば、今のこの状況もすぐに解決出来るようになりますよ」


いやそれ、答えになってないよね……

ともかく、本当にどうしよう?

僕はチラッと背後に視線を向けた。

薄暗がりの中、ララノアが一糸纏わぬ姿のまま、不安そうに座り込んでいる。

選択肢としては2つ。



1.あくまでも説得命令して、一人で布団に寝かせる。

2.彼女と一緒の布団に寝る。



1は、ララノアの様子をかんがみるに、彼女を益々ますます傷付けてしまうかもしれない。

2は、例え服を着ていても、そして何もしない前提でも、ララノアと二人っきりで布団の中は、僕のメンタルヘルスに深刻なダメージが発生する可能性が大だ。


ならば……


僕は、二人に声を掛けた。


「1分待っていて。すぐ戻って来るから」


僕は【異世界転移】のスキルを発動した。


向こうネルガルと4時間の時差がある僕の部屋の中。

真夜中と言うよりは、むしろ明け方に近いこの時間帯、窓の外はやや白みかけている。

それはともかく、僕は部屋に敷いてある万年床をそのままインベントリに放り込むと、再び【異世界転移】のスキルを発動した。


テントの中に戻って来た僕は、寝袋を片付けると、インベントリから持ち込んだ万年床を引っ張り出した。

そして万年床一式を、ララノア用に用意していた布団の隣にくっつけるようにして敷いた。


その様子を見守っていたターリ・ナハが、やや怪訝そうな顔になった。


「これは……?」

「つまり、この際、三人仲良く、布団の中で寝ようかと」

「えっ? それはつまり……タカシさんが私とララノアさん二人を……?」


ターリ・ナハが珍しく目を泳がせながらうつむいた。


「で、ですがその……私としては、もしそういう事でしたら、一緒に……では無く、順番に……それにもっと手順を……」


うつむきながら話す彼女のうなじが赤く染まって行く……

って、これ、今までの経験上、完全に何かを勘違いさせている!


僕は慌ててターリ・ナハの言葉をさえぎった。


「違うんだよ! つまり、この冬用の布団に君とララノアが寝て、僕がその隣の後から持ち込んだ布団で寝るって話をしているんだ」


ターリ・ナハが顔を上げた。

彼女の頭の上には。明らかに巨大なクエスチョンマークが浮かんでいる。


「ほら、二人っきりだと何かおかしな事が起こらないとも限らないけれど、三人ならその心配ないでしょ?」


ターリ・ナハは、少しの間キョトンとしていたけれど、すぐに噴き出した。


「まあ、タカシさんらしい解決法ですね」

「僕らしいって……どんな所が?」

「意味が分からない所です」


随分な言われようだ。

だけど、僕としては、これはある意味完璧な解決法……のはず。

ララノアは、当初の予定通り“布団に寝る”。

僕も、ララノアの期待にこたえ(?)て“布団に寝る”。

くっつけているとは言え、一応布団は別だし、ターリ・ナハもいるから、僕とララノアの間に、何も間違いは起こらない(はず)。


「健全な男女が三人、同じしとねで過ごして、間違いが起こらないかどうかはともかく、それ、私があくまでも寝袋で寝るって言ったら、どうするんですか?」

「それは……」


しまった!

完璧に見えた解決法に早くもほころびが!?


「うふふ。冗談ですよ。三人で仲良く布団で寝ましょう。実は私もララノアさんとは、ゆっくりお話してみたいと思っていた所なのです。だけど、お互い言葉が全然通じないですからね。布団の中でくつろぎながら、タカシさんに通訳してもらう事にします」

「ありがとう。じゃあ、寝直しますか」


僕はインベントリから、ターリ・ナハ用にとティーナさんが用意してくれた寝巻きを1着取り出した。

白地に青い水玉模様の可愛いパジャマだ。

ターリ・ナハよりも小柄なララノアには少し大きいかもだけど……

僕はそれを背中越しに、ララノアに差し出した。


「ララノア、これ、着てもらってもいいかな?」

「あ、あの……やっぱり私のカラダ……」

「そうじゃないんだ」


僕はなるべくララノアの裸体カラダを直視しないように振り向いた。

そして出来るだけ笑顔でかつ優しい口調で語り掛けた。


「今夜は、ターリ・ナハも入れて、三人で色々話をしながら寝よう」

「お話……ですか?」

「うん。僕について、もう少し説明しておきたいし。ララノアの事ももっと色々教えてくれないかな? その……君がその格好ハダカだと、僕もドキドキし過ぎてちゃんと話せないと思うし」


僕は正直な気持ちを伝えてみた。


「ド……ドキドキ? わ、私のカラダハダカで……?」

「うん」

「あの……でしたらその……」


ララノアがおずおずとパジャマに袖を通し始めてくれた。

案の定、そでやらすそやらが長過ぎるけれど、とりあえず僕が目のやり場に困る事態は脱する事が出来たようだ。

パジャマを身に付けたララノアが、若干不安そうに問いかけて来た。


「あの……お、おかしく……」

「全然おかしくないよ。凄く似合っているし、可愛いよ」


こういう場合、とりあえずめておけば間違いは無いはず。


「か、可愛い……?」


ララノアの褐色の頬がほんのり朱に染まった。

どうやら彼女の機嫌も回復したようだ。


こうして僕等三人は、布団の中、川の字になって寝る事になった。

僕の通訳を介して、僕等は再び眠くなるまで取り留めのないお喋りを楽しんだ。

僕はララノアに、僕がこの世界の人間では無い事、

時々“出掛けている”のは、僕の生まれた世界地球に戻っている事、

僕の大事な仲間達の事について説明した。

ターリ・ナハは、かつて自分が過ごした【黄金の牙アウルム・コルヌ】の仲間達の事、

奴隷では無い獣人族の誇りある伝統的生活が、どれだけ素晴らしい物であったかを熱く語った。

そしてララノアも、ポツリポツリとではあるけれど、自分の今までの人生について様々な事を話してくれた。

生みの親についての記憶は全く無い事、

物心ついた時には、戦闘奴隷を訓練する施設にいた事、

成績優秀だった彼女は、13歳の時に施設を“卒業”して、属州モエシアの総督、グレーブ=ヴォルコフの戦闘奴隷に召し上げられた事、

1年前、14歳の時に、グレーブ=ヴォルコフの三男、ゴルジェイ=ヴォルコフの戦闘奴隷になった事、

そして15歳の誕生日を2ヶ月程過ぎた今、こうして僕等と出会った事……


幸いな事に、僕が胸元に忍ばせている小さなメダル目覚ましは、今のところ、仕事をしていない。

こうして僕等は、いつの間にか夢の世界へといざなわれて行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る