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第296話 F級の僕は、ララノアの囁きに起こされる
第296話 F級の僕は、ララノアの囁きに起こされる
6月10日水曜日12
馬車へと引き返しながら、僕は今ユーリさんが置かれているであろう状況について、少し整理してみた。
エレンの話によれば、ユーリさんを冒していた呪詛と関連すると思われる呪具が今、あの馬車の内部に存在する。
だけど、スサンナさんの話によれば、ユーリさんは、馬車に乗り込む前、執務室で倒れたらしい。
と言う事は、最初に呪詛を受けたのは、その執務室に置いてあった(はずの)呪具を介してか、或いは、その場に居合わせた強力な術者の攻撃を直接受けて、という事になる。
なんにせよ、その術者が呪力を込めた呪具が、いつの間にか、何者かによって、馬車内へと持ち込まれたのは確実だ。
その何者かは当然、術者自身かもしれないけれど、その協力者かもしれないわけで……
馬車に呪具を持ち込んだという事は、旅程の中途で解呪された時に備えて、とも考えられるわけで……
馬車に戻って来た僕は、馬車の扉をノックしてみた。
少しの間を置いて、ポリーナさんが馬車の小窓から顔を覗かせた。
「タカシ様? どうされました?」
「少しお伝えし忘れていた話がありまして。申し訳ないのですが、もう一度、ユーリさんとお話させてもらえないですか?」
ポメーラさんは、少し戸惑ったような表情になった。
「ユーリ様は、ここ数日、
ユーリさんは呪詛に冒され、絶え間ない痛みに全身を
呪詛が消え去った今、
「ユーリさんが、再び呪詛に冒される可能性があります。その件に関して、直接ユーリさんとお話させて頂きたいのです」
ポメーラさんの瞳に少し迷いの色が浮かんだ。
「では、少々お待ちを……」
ポメーラさんが引っ込んで数分後、馬車の扉が開かれ、スサンナさんが現れた。
「タカシ様、そのお話、私がここで代わりにお聞きする訳にはいかないでしょうか?」
呪具は、少なくとも僕が彼等と出会う前に、何者かによって馬車内に持ち込まれた。
ならば現状、被害者であるユーリさん以外は、スサンナさん達5人……もちろん、襲撃の犠牲となった10人も含めて、全員が“容疑者”の資格を持っている、と言えるのでは?
ここで不用意に“呪具”という言葉は出したくない。
「込み入った話ですし……ご本人で無ければ分からない話でもあります。それに、少々、緊急性を要する話でもありますし……」
僕はスサンナさんの反応を確かめようと、返す言葉を選んでみた。
しかし残念ながら、スサンナさんの表情に、僕が読み取れるような変化は現れない。
スサンナさんは、しばらく考え込む素振りを見せた後、口を開いた。
「申し訳ありません。ユーリ様にとって今一番必要なのは、やはりゆっくりお休み頂く事かと愚考いたします。今夜中に、必ずユーリ様が再度呪詛に冒され、お命に危険が迫るという
呪具の話を持ち出せない以上、僕としては、これ以上
明日の午後になれば、『賢者の小瓶』のクールタイムが終わり、『賢者の秘薬』が再び作製可能になる。
再度ユーリさんが呪詛に冒されたとしても、彼が呪殺されてしまう前には癒す事も可能だろう。
仕方ない。
明朝出直そう。
「分かりました。
「いえ、
スサンナさんに別れを告げた僕は、自分達のテントへと戻って来た。
「おかえりなさい」
「お、おかえり……なさいませ……ご、御主人……様」
ターリ・ナハとララノアが、元気な声で僕を出迎えてくれた。
僕は二人に、ユーリさんが呪詛に冒されていた事、それを『賢者の小瓶』で解呪した事、だけどまだ、呪具が馬車内に残されている事等をかいつまんで説明した。
「呪具について何か知ってる?」
僕の問い掛けに、二人とも首を振った。
「そういった魔道具の存在を聞いた事はありますが……」
「す、すみません……呪いには……詳しくなくて……」
「謝る事無いよ。ま、とりあえず今夜はもう寝よう」
夜も大分更けて来た。
僕は寝袋に潜り込み、僕の右隣でターリ・ナハがやはり同じように寝袋に潜り込んだ。
ちなみに、ララノア用の布団は、僕の左隣に敷いてある。
そちらに視線を向けると、布団の傍にララノアが
彼女を見上げる態勢になっている僕からは、目深に被ったフードによって普段は隠されている、彼女の澄んだ若草色の瞳がよく見えた。
「そろそろ寝たら?」
僕の呼びかけにハッとしたような感じになったララノアが、身に付けていたローブをおずおずといった感じで脱ぎ始めた。
少女の着替えを鑑賞する趣味も勇気も持ち合わせていない僕は、慌てて彼女に背を向けた。
背後の
僕はボリスさんから
ん?
少しうとうとしかけた所で、誰かに耳元で囁かれた。
「……ご主人様……」
眠い目をこすりながら開くと、どうやら薄暗がりの中、誰かが僕の顔を覗き込んできているのに気が付いた。
澄んだ若草色の瞳、まだ幼さの残る顔立ち、背中に流れる灰色の髪……
「ララノア?」
僕を見下ろす顔の小さな唇が動いた。
「あの……もう温まって……布団……」
「布団?」
僕が持ちこんだ布団に何か不備でもあったのであろうか?
僕はとりあえず寝袋から這い出して……
「えっ!?」
身に一糸も
慌てて、僕の
「ちょ、ちょっとララノア? 何してるの?」
テントの中とはいえ、ここは初冬の森の中だ。
暑かったから脱ぎました、はまず無いはず。
「あ、あの……ご命令通り……布団を……」
背後から投げかけられる、ララノアの少し戸惑ったような声。
「命令?」
なんか“命令”したっけ?
混乱する頭を再起動して、必死に記憶を辿るけれど、布団に関する命令に思い当たる節は無い。
強いて言えば、今夜は寝る時布団を使って、と伝えた事位。
……
そうか、もしかして、ララノアは、寝る時、全裸になる人だ!
で、布団に何か異常を感じた?
チクチクしたとか?
とりあえず、ララノアに背中越しに声を掛けた。
「布団、何か具合悪かった?」
「いえ……とても……肌ざわりが良くて……あの……温まって……」
「そ、そっか。それじゃあ、布団の中に戻った方がいいよ? 夜は冷えると思うし。そんな格好していたら風邪引くかもしれないし」
「あ、あの……ご主人様はその……もしかして私のカラダ……お気に召さ……」
僕はララノアに背を向けている。
つまり、僕の視線の先には、寝袋にくるまったターリ・ナハがすやすや寝息を立てているわけで……
騒ぎに気付いたらしいターリ・ナハが目を開いた。
「何か……?」
ターリ・ナハが不思議そうな顔をしながら寝袋から這い出してきた。
彼女は僕、そしてその背後で座り込んでいるララノアへと順番に視線を向けた後、小さく嘆息した。
「タカシさん……」
心なしか、ターリ・ナハの声に棘が感じられる。
「は、はい?」
「そういう事でしたら、事前に教えておいて下さい。私は二人用のテントで寝ますね」
「え? どういう事?」
「ララノアさんは元々、タカシさんに好意を抱いていたようですし、タカシさんがその気になっても責めたりはしませんからっ!」
言葉とは裏腹に、ターリ・ナハはしゃがみ込むと、寝袋を乱暴に丸め始めた。
僕は慌てて彼女に声を掛けた。
「ちょ、ちょっと待った!」
「どうしました?」
丸めた寝袋を手にしたターリ・ナハが、立ち上がった。
全身から思いっきり不機嫌さが噴き出している。
「実は僕も状況がよく分からないというか……」
僕は、眠っている所を、いきなり全裸のララノアに起こされたところだ、と説明した。
ターリ・ナハは束の間眉間に皺を寄せた後、その表情を緩めた。
「……私とした事が……タカシさんにそんな甲斐性なんて無いって知っているはずなのに……」
「何の話?」
「いえ、気にしないで下さい。大体、状況は理解出来ましたから」
「良かったら、僕にも説明して欲しいんだけど」
「つまりララノアさんは、タカシさんから布団を使うように言われたのを、夜伽を命じられたと受け取った、という話なのでは?」
「よとぎ?」
…………
……
「「よ、よ、よ、夜伽ぃ~~!?」」
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