第294話 F級の僕は、呪詛に冒された人物が傍にいる事を教えてもらう


6月10日水曜日10



再びボロアパートに戻って来た僕は、押し入れから毛布と敷布団、それに冬用の掛け布団を引っ張り出した。

そしてそれらをインベントリに放り込むと、急いで【異世界転移】のスキルを発動した。

ターリ・ナハとララノアの待つテントへと戻って来た僕は、インベントリから取り出した布団をテントの床に敷きながら、二人に聞いてみた。


「布団で寝たい人!」


ターリ・ナハが微笑んだ。


「私はこの寝袋、気に入っているのでタカシさんかララノアさんで」

「じゃあ僕も寝袋使うから、この布団、ララノアが使って」


僕の言葉に、ララノアが少しキョトンとした感じになった。


「えっ……? あの……ご、ご主人様……?」

「僕のお古で悪いけど、一応、クリーニングにも出したから、汚くはないよ?」


しばらく戸惑った雰囲気だったララノアが、急に顔を赤らめてうつむいた。


「あの……わ、分かり……ました……つまり、先に……温めて……」

「?」


まあ、挙動不審なのも、ララノアの個性の一つだろう。

布団を敷き終えた僕は、二人に声を掛けた。


「ちょっと外の様子、見てくるよ」


テントから外に出ると、冬の冷気の中、頭上には満点の星々が輝いているのが目に飛び込んできた。

周囲は暗がりに包まれているものの、少し向こうの馬車のすぐ脇で、大きな焚火を囲んで二人の男性が座り込んでいるのが見える。

恐らく今夜最初の見張り担当だろう。

僕は彼等に近付いて、笑顔で挨拶をした。


「こんばんは。見張りですか? ご苦労様です」


僕に気付いた二人が笑顔を向けて来た。


「これはタカシ殿。もしかして見回りですか?」

「ま、そんなところです……」


僕は適当に相槌を打ちながら、彼等の傍に腰を下ろした。

僕と同年代の赤毛で短髪の青年が、ルカ。

ルカの向かい側に座る黄色いサラサラヘアのやはり僕と同年代位の青年がミロン。

夕食を一緒に食べた時、二人はボリスさんの部下で、この商隊キャラバンの護衛を担当していると話していた。

僕は少しの間、彼等と雑談を交わした後、気になっていた事をたずねてみた。


「ところでユーリさんって、女性の方、でしょうか?」


二人は一瞬顔を見合わせた後、ルカが言葉を返してきた。


「ははは、ユーリ様は男性だよ。綺麗な方だから、よく間違われるみたいだけど」

「そうなんですね……」


適当に相槌を打ったけれど、僕が会った時は顔を仮面で隠していたから、彼が“綺麗”な顔をしているかどうか含めて不明だ。


「ご病気、だとか?」

「まあ、そう聞いてはいるけれど、詳しくは知らないんだ」


パチパチとぜる炎を見つめながら僕は立ち上がった。


「それじゃあ、そろそろ僕は行きますね。見張り、頑張って下さい」

「ははは、何かあったらお願いしますので、それまでは身体しっかり休めておいて下さい」


僕は彼等から離れると、今夜の野営地をぐるっと一周してみる事にした。

念のため【看破】を発動しながら歩いてみたけれど、怪しい気配は感じられない。


そう言えば、今日はまだエレンと話していない。


僕は歩きながら、エレンに念話で呼びかけた。


『エレン……』

『タカシ、今日はどうしていたの?』

『実はね……』


僕は今日、ユーリさん達を偶然助ける事になった顛末を簡単に説明した。


『エレンは、『解放者リベルタティス』って知っている?』

『ごめんなさい。ネルガル大陸を最後に訪れたのは100年前。だからそういった集団についても詳しくは分からない』

『そっか……』

『『解放者リベルタティス』について気になる事でも?』

『どうしてそう思うの?』


エレンには、『解放者リベルタティス』が、逃亡奴隷の集団で、帝国からテロリスト呼ばわりされている事しか伝えていない。

魔族が加担してそうだとか、その首魁が“エレシュキガル”と名乗っているなんて話は、なんとなく言いそびれてしまっている。


『『解放者リベルタティス』について話すあなたの心に、さざ波が立っていたから』


相変わらずエレンは鋭い。

パスで繋がっているせいか、彼女には、しばしば僕の心の動きが伝わってしまう第244話

僕は気恥ずかしさもあって、話題の転換を試みた。


『エレンとノエミちゃんの方は、変わりない?』

『精霊達が維持してくれている結界のお陰で、光の巫女に問題は無さそう。私も同じ。ただ外部でアールヴが行っている術式の影響で、相変わらずあなたの周囲を含めて外部の状況はあまり“視えない”けれど……』


と、ふいにエレンの心に動揺が走るのが感じられた。


『これは……呪詛の波動? あなたの近くに、強力な呪詛に冒されている人物がいる』

『呪詛?』

『この呪詛に冒されている人物の余命は、おそらくいくばくも残されてはいないはず』


誰の事だろう?


僕はふいにユーリさんの事を思い出した。

彼は確か、“病”を患っている、と話していた。

ただし、余命幾ばくって雰囲気では無かったけれど。


僕は野営地の中央に置かれている馬車に向かって歩き出した。


『その呪詛に冒されている人の位置って分かる? 例えば僕から見て右とか左とか』

『ごめんなさい。正確には……ただ、その人物との距離が近付いてきているのだけは分かる』


僕は馬車のすぐ傍で立ち止まった。


『呪詛を受けている人物は、あなたのすぐそばにいる』


やはり、ユーリさんが?


思わず馬車に手を触れた所で、後ろから呼び止められた。


「タカシ様? どうされました?」


振り返ると、若い女性が一人立っていた。

彼女の名前は確かポリーナ。

黄色い髪を三つ編みにしたそばかすだらけの彼女もまた、今日の襲撃を生き延びた5人の一人だ。


「ユーリさんは、もうお休みでしょうか?」

「はい。もう休まれてらっしゃいますが、何か御用でしょうか?」


もしユーリさんがエレンの言う強力な呪詛で冒されている人物だとしたら、

もしユーリさんが余命幾ばくという状況ならば、

僕ならば、『賢者の小瓶』を使用して助ける事が出来るかもしれない。

最後に『賢者の小瓶』を使用したのは、ネルガル時間の昨日の午後、【奪命の呪い】からララノアを救った時だ。

20時間のクールタイムはとっくに過ぎている。


「緊急でユーリさんにお会いして確認したい事があるのですが」


ポリーナさんが、戸惑ったような表情になった。


「ですがユーリ様は元々ご病気。それにもう休まれてらっしゃいますし……明日ではいけませんか?」

「その病気に関するお話です。僕なら、ユーリさんを癒せるかもしれません」


ポリーナさんの目が大きく見開かれた。


「しばらくお待ちを……」


慌てて馬車の中に駆けこんで行く彼女を見送ってから1分も経たないうちに、馬車の扉が開き、スサンナさんが姿を見せた。


「タカシ様、ユーリ様の御病気の件でお話があるとお聞きしましたが」

「はい。その……ユーリさんは、呪詛に冒されているのでは無いですか?」

「!」


スサンナさんの眉が大きく撥ねた。


「……どうしてそう思われたのでしょうか?」


“呪詛の波動”に気付いたのは、僕とパスで繋がり、念話を交わしたエレンだ。

しかしその事を持ち出せば、彼女の外見が魔族である事も含めて、話がややこしくなるかもしれない。

ならば、僕がどうして呪詛に気付いたかよりも、呪詛を解く手段を持っている事を伝えた方が、話が早いはず。

少し考えた後、僕はカースドラゴンの話を持ち出してみる事にした。


「僕が一昨日、いきなりこの地に転移してしまい、ゴルジェイさんのカースドラゴン討伐に参加した事は、もうお話し第291話しましたよね?」

「そのお話は、夕方、お聞かせ頂きました」


僕は、自分がゴルジェイさんから通行手形を与えられた理由について、カースドラゴン討伐で軍功を上げたからだ、としか説明していなかった。


「実はその時、【奪命の呪い】を解呪しました」

「【奪命の呪い】を解呪……?」


僕の話に理解が追い付かないのか、スサンナさんが固まってしまった。


「お疑いでしたら、後でゴルジェイさんに確認を取ってもらっても結構です。とにかく、強力な呪詛を解いた経験があるので、ユーリさんのケースでもお役に立てるかもしれません」


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