第293話 F級の僕は、助けた人々の素性について考察する


6月10日水曜日7



「とりあえずモエシアまでなら、ご一緒しても構わないですよ。その後、モエシアで新しく護衛を雇われてはいかがでしょうか?」


僕の折衷案を聞いたスサンナさんが、言いにくそうに言葉を返してきた。


「先程も申し上げました通り、ここ属州モエシアはライバル商会の商圏なので、あまり大きな村や街には近付きたくないのですが……」


確かにそういう話が出ていたけれど。


「冒険者か誰かを護衛として追加で雇う際に、そのライバル商会から妨害される、という意味でしょうか?」

「それも考えられますし、何より私達がこの地を移動している事は、ヴォルコフ卿モエシア総督やライバル商会に知られたくないものですから」


何か複雑な背景がありそうだ。

だからこそ、“貿易商会の商隊キャラバン”が、こんな街道から外れた森の中で野営しようとしていた、という事であろうか?


ユーリさんが声を掛けてきた。


「それでは、せめて属州モエシアを出るまでの護衛をお願い出来無いでしょうか」


それだと、2日後にモエシアからルーメルに戻るという当初の予定は変更を余儀なくされる。

彼等の事情は分かるけれど、とりあえず、ターリ・ナハだけは出来るだけ早く、ルーメルに連れて帰ってあげないといけない。

彼女にいつまでも『奴隷の首輪』をめさせ続けるのは、例え彼女が許容しても、僕自身の心が許容しない。


「分かりました。それでは、こうしませんか?」


とりあえず、一緒にモエシアに向かう。

モエシアに到着すれば、ユーリさん達は、郊外のどこかで待機。

僕はモエシアで落ち合った“友人”に、ターリ・ナハを託す。

その後、僕とララノアの二人が、モエシア州境を出て、代わりの護衛を雇える街に辿り着くまで、ユーリさん達に同行する。


「ありがとうございます」


ユーリさんが頭を下げて来た。

スサンナさんが、やや不安そうに口を開いた。


「帝都まで護衛……は、どうしてもご無理でしょうか?」

「スサンナ」


ユーリさんが、スサンナさんを優しくたしなめた。


「無理を申しているのは私達の方です。とにかく、属州モエシアを出るまでの安全が確保できただけでも良しとしなければ」



夕食後、僕等だけで焚火を囲みながら、僕はターリ・ナハとララノアに、改めて現状と、僕等の今後の予定について説明した。


「とりあえず、ユーリさん達を、モエシア州境を越えた次の街まで護衛する事にしたんだけど……」


話を聞き終えたターリ・ナハがやや難しい顔になった。


「この方々は、本当に貿易商会の商隊キャラバンでしょうか?」


それは僕も少し違和感を抱いている所だ。

商隊キャラバンであれば、以前、僕がルーメルからアールヴまで護衛を務めたドルムさん達第49話のように、複数の馬車に荷物を積載して移動するのでは無いだろうか?

しかし彼等の馬車は一台のみ。

しかも、その馬車の内部にはユーリさんが“療養”している瀟洒なベッドが置かれているだけ。

運搬しているはずの商品の類は見当たらない。

もっとも、彼等の移動目的が、商品の運搬では無く、中部地区支部長のユーリさんが、緊急の業務連絡か何かの為に、帝都の本部に向かっている、という事なら話は変わって来るけれど。

しかしそれなら、なぜ15人――襲撃者達に殺された10人も含めて――もの大所帯で移動していたのであろうか?

大勢で移動しながら、しかし、人目に付きたくないから、と村や街は避けて通る。

矛盾していないだろうか?

加えて……


「ボリスさんもスサンナさんも、ユーリさんの側近っぽいけど、なんか商人って感じじゃ無いんだよな……」


ターリ・ナハが、僕の言葉を肯定した。


「ボリスという男性の所作は、鍛錬を積んだ武人のそれでした。スサンナという女性も、所作からは、商家というよりも、高家高貴な家に仕える方を連想させます」


仮面で顔を隠したユーリさん。

それに僕が見せたゴルジェイさんの手形や、モエシア総督の“ヴォルコフ卿”への過敏な反応から類推すると、“ヴォルコフ卿”とは対立関係にある貴族か何かが、お忍びで移動中って考えるのは、飛躍し過ぎだろうか?


「ま、乗り掛かった船だし、属州モエシアを出るまでは、“護衛”する事にするよ」



話していると、ボリスさんが近付いて来た。


「タカシ殿、今夜の見張りについて相談させてもらっても良いだろうか?」


見張り……

結局僕等は、ボリスさん達が襲撃を受けた、まさにこの場所で一夜を明かす事になっていた。

あの逃げた魔族が増援を連れて戻って来る可能性は排除出来ない。

当然ながら、見張り不寝番は必要だろう。


「見張りに立つ順番を決める、という事ですね?」

「見張りは俺と部下達で立つつもりだ。タカシ殿には、もし再度襲撃を受けた場合に備えて、身体をしっかり休めていて欲しい。それで……」


ボリスさんが、直径2cm程の小さなメダルのような物を手渡してきた。


「これは、緊急連絡用の魔道具だ。寝る時には、それを胸元に入れておいてくれ。緊急事態が発生すれば、その魔道具が君を起こしてくれる」


目覚まし時計?

或いはバラエティーなんかでみかけるビリビリグッズみたいなやつ?

僕の若干不安そうな表情に気付いたのだろうか?

ボリスさんが苦笑しながら説明してくれた。


「俺達が持つ対になるアイテムに魔力を流し込むと、君を自然に目覚めさせてくれる魔道具だ。音や痛みで君を叩き起こす効果は無いから、安心してくれ」



夜、僕等用のテントを設営した時点で、僕は重大な問題に気が付いた。


このテント、二人用だ。


そう。

ティーナさんから提供して貰ったのは、米軍やEREN(国会緊急事態調整委員会)で使用されているという二人用のテント。

展開、収納ともにワンタッチで可能な優れモノだけど、二人用。

だけど今、僕等は、僕、ターリ・ナハ、そしてララノアの三人だ。

どうしようか?

今夜の“見張り”の件もあるし、僕だけ地球に戻って……ってわけにはいかない。

仕方ない。


僕はララノアに声を掛けた。


「ララノア、ボリスさん達に僕等全員が休めるようなテントか何か貸してもらえないか、聞いてみるよ」


と、ララノアが不思議そうな顔になった。


「テ、テント……ですか?」

「うん。晴れてはいるけれど、こんな寒い中、テントが無いと眠れないでしょ?」

「わ、私は……そこの木陰で……」


初冬の森の中、少女を外で寝かせて、自分はテントと寝袋でぬくぬく就寝、なんて趣味は持ち合わせていない。


「いいからちょっと待っていて」


僕は同じく、近くで野営の準備を進めているボリスさん達に声を掛けた。


「少しお願いが有るのですが」

「タカシ殿か、どうした?」

「テント、もし余っていたら、貸して頂けないですか?」

「まあ、余ってはいるが……俺達は5人だけになってしまったからな」


ボリスさんが少し寂しそうな表情になった。

僕は慌てて言葉を返した。


「すみません、そういうつもりでは……」

「気にしないでくれ。余っているテントだな? そこに積んであるのがそうだから、適当に使ってもらって構わないぞ」



ボリスさんが貸してくれたのは、大人5人は十分に休めそうな位大きく立派なテントであった。

ターリ・ナハとララノアに手伝ってもらいながら、テントの設営を終えた僕は、二人に話しかけた。


「これで今夜の寝床は完成だ。そうそう、寝袋二つしか無いからさ。ララノア用の毛布は、後で“向こう”から取って来るよ」

「あ、あの……」


ララノアがおずおずといった感じで口を開いた。


「こ、今夜は、私も……ここで……?」

「そのためにわざわざ大きなテントを借りて来たんだから。ララノアも今日はテントの中でゆっくり休んで」

「わ、私を……ここに……という事は……」


目深に被り込んだフードの下から見えるララノアの顔が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく……って、あれ?


「どうしたの?」

「あ……いえあの……ご、ご主人様でしたら……わ、私も……その……う、嬉しい……」


なんだか若干、挙動不審だけど、まあ気にしないでおこう。

それはともかく、ララノア用の毛布を取りに行かないと。


僕は二人に少し“出掛けて来る”と告げた後、【異世界転移】のスキルを発動した。


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