第292話 F級の僕は、仮面の人物と面会する


6月10日水曜日6



結局、僕が【影】により拘束していた襲撃者達12人全員が、ボリスさんの斬撃により、首を撥ねられた。

全ては数秒の内に終わっていた。

ただ呆然とそれを見届ける事しか出来なかった僕は、彼等全員の命のともしびが消えた後、【影分身】のスキルを停止した。

封力の魔法陣の上は、血だまりの中、首の無い胴体が折り重なるように倒れ、凄まじい惨状を呈していた。

その情景は、僕がかつて見た、ファイアーアントに無残にも殺された山田達の姿第12話を思い起こさせた。

思わず目を背けてしまった僕に、隣で同じように事態の推移を見届けたターリ・ナハが、そっと囁いてきた。


「タカシさん、これは致し方ない事です。この方々は、この襲撃者達に多くの仲間を殺されたのですから」


それは分かる。

しかし頭で理解した内容に、心がついてこられるかは別問題だ。

それに……


僕は、襲撃者達の一人が残した言葉を思い出した。



―――どうだ、勇者よ? これが、お前が救った世界の真の姿だ! 光が闇を打ち払う? 打ち払われるべき闇は、お前等ヒューマン……



別の襲撃者達が口にした“アールヴ”の犬という罵り文句とともに、その言葉は、僕の心を深くえぐっていた。

もしや、彼等は僕が何者であるか、知っていたのでは?

知った上で、この国の現状を見せつけるかのように、自ら命を散らして見せた?

彼等『解放者』は一体……?


僕の思考は、ふいに掛けられた声により、中断された。


「命の恩人に対し、重ね重ね、お見苦しい所をお見せてしまいました。どうか、お気を悪くなさらないで下さい」


声の方に視線を向けると、スサンナさんが、僕に頭を下げていた。

そして、ボリスさんも頭を下げてきた。


「我が国の事情にうとい君の前で、少し感情的な行動に走ってしまった。申し訳ない。しかしこと、『解放者リベルタティス』共に関しては、これが法的にも正しい対処法だ」


僕は、改めて生き残った人々に視線を向けた。

ボリスさん、スサンナさん、そして僕の提供した神樹の雫で命を繋いだらしい若い女性1人と若い男性が2人の合計5人。

若い女性が、スサンナさんに近付いて、彼女の耳元で何かを囁くのが見えた。

スサンナさんが、僕等に一礼した。


「すみません、少し席を外させて下さい」


彼女はそのまま、近くに停められた質素な馬車へと歩き出した。

気を取り直した僕は、ボリスさんに改めてたずねてみた。


「ところで、『解放者リベルタティス』とは、どういった集団ですか?」


ボリスさんの顔が苦々しく歪んだ。


「見ての通りだ。主に逃亡奴隷を主体として、帝国各所でテロ行為を行っている。人モドキ奴隷共の解放をうたい、我等人間ヒューマンの絶滅を願う犯罪者集団だ」

「彼等の指揮官は魔族だったようですが、魔族も帝国では、“人モドキ”なのでしょうか?」

「魔族が!?」


ボリスさんの目に驚きの色が浮かんだ。


「タカシ殿、こいつらを指揮していたのが魔族だという話、本当か?」

「はい。すぐに逃げられましたが……」


僕はここに駆け付けた時に、最初に交戦した魔族について説明した。

浅葱色のローブを身に纏い、雪のように白い長髪の間から覗く一対の角を持つ壮年の男性。


僕の話を聞き終えたボリスさんの顔が険しくなった。


「……という事は、あの噂もあながち無視できないかもしれないな」

「噂? ですか?」

「ああ、奴らの首魁が“エレシュキガル”と名乗っているという噂だ。真偽は不明だが、魔族が奴らに加担しているのなら……」


エレシュキガル!?


「まさか……」


思わず漏れた僕の声を耳にしたボリスさんが、口元を歪ませた。


「心配せずとも、本物であるはずがない。魔王エレシュキガルは、500年前、暗黒大陸の魔王宮で勇者に敗れ、封印された。もし本物の魔王エレシュキガルが復活すれば、世界は大惨事に見舞われているはずだ。大方、奴らに加担した魔族が、魔王の名をかたって奴らの首魁に収まっている、といったところだろう」


話していると、スサンナさんが馬車の方から戻って来た。


「タカシ様、私達のあるじが、直接お礼を申し上げたい、と」

「スサンナ! それは……」


ボリスさんが、なぜか慌てたように声を上げた。

それを制するように、スサンナさんが言葉を続けた。


「ボリス殿、ユーリ様のたっての希望でございますよ」


そして再び彼女は僕に話しかけてきた。


「タカシ様、私達のあるじは、ユーリ様とおっしゃられる方で、当貿易商会の中部地区支部長を務めてらっしゃいます。ただ最近、少し体調を崩されて、馬車の中でとこかれていらっしゃいます。その点、ご容赦下さい」


なるほど、先程の襲撃の際も、馬車の中に留まっていたお陰で、難を逃れたと言う事なのだろう。



スサンナさんは、僕を茶色に塗られた質素な馬車へと案内した。

そして馬車の扉の隙間から、中へと声を掛けた。


「ユーリ様、タカシ様をお連れしました」

「どうぞ、お入り下さい」


中から、澄んだ優しげな声が返ってきた。


「お邪魔します……」


スサンナさんに促される形で、僕は馬車の中へと足を踏み入れた。

十畳程の広さのその場所には、内部を飾る質素な装飾品とは不釣り合いな感じの、瀟洒しょうしゃなベッドが一つ置かれていた。

そのベッドの上で、顔を白い仮面で隠した一人の人物が、半身を起こして座っていた。

その人物は、白を基調とした長袖の上品な衣服を身に付けていた。

美しい金髪は後ろで束ねられていたけれど、それ以外の部分は仮面と衣服に隠されて、その人物の年齢はおろか、性別も僕には推測出来なかった。

その人物が、座ったまま軽く頭を下げてきた。


「初めまして。私がこの商隊キャラバンを率いるユーリです。この度は、私共を助けて頂き、誠にありがとうございました。病で体調を崩してしまい、顔に腫れ物を生じております。そのためこのような格好での対応になっています事、お詫び申し上げます」

「とんでもないです。体調を崩されているのでしたら、無理せずお休み下さい」


そうは返したものの、ユーリと名乗ったその人物の声音は優しく澄んでおり、体調を崩しているようには感じられない。


「お気遣いありがとうございます。ですが、こうしている分には問題ありませんので、ご安心下さい。ところで……」


ユーリさんは、少し逡巡する雰囲気の後、言葉を続けた。


「タカシ殿は、冒険者だとお聞きしましたが……」

「はい。この国では無く、ルーメルの、ですが」

「こちらへは、不幸な事故に巻き込まれて一昨日に転移してこられたとか」


どうやらスサンナさんあたりから、事前に僕の事を聞いていたようだ。


「その通りです」

「タカシ殿は、この後、何かご予定がおありですか? もし無ければ、少しお願いしたい事があるのですが」


予定はある。

今夜は街道沿いをチャゴダ村まで進んで宿泊。

その後、モエシアを目指し、到着後すぐにクリスさんと落ち合ってこの国を去る。

だけど、その話は、ユーリさんの“お願いしたい事”を聞いた後で持ち出しても問題は無いだろう。


「どういったお願いでしょうか?」

「私どもを帝都まで護衛して頂きたいのです」

「帝都まで?」

「はい。もちろん、今回お助け頂きました分も含めまして、報酬は十二分にお約束します。」


帝都はこの大陸の北部の港町第276話だと聞いた。

多分、モエシアよりも確実に遠いだろう。


「申し訳ございません。実はルーメルに戻るため、モエシアに向かおうとしていた所なんですよ」

「ルーメルにお戻りになるのに、モエシアへ?」


仮面の人物が、少し首を傾げる仕草をした。

多分、モエシアは港町では無く、正規の手段では、直接国外に出る事が不可能なはず、だからであろう。

モエシアから転移でこの国を去る、と説明してもいいんだけど……


「モエシアで友人と落ち合う事になっていまして。その友人と一緒にルーメルに向かう予定なんですよ」

「そうだったのですね……」


仮面の人物が少し考え込む素振りを見せた。

それまで傍で僕等の話を黙って聞いていたスサンナさんが、口を開いた。


「タカシ様、私からもお願い出来ないでしょうか? 今回の襲撃で、私達は仲間を10名も失いました。ここから帝都までは馬車でまだ2週間程かかります。その間、今回のように襲撃を受けますと、今度こそ……」


う~ん……確かに、一度助けた相手が、結局後で全滅しました、では目覚めが悪い。


僕は折衷案せっちゅうあんを出してみた。


「とりあえずモエシアまでなら、ご一緒しても構わないですよ。その後、モエシアで新しく護衛を雇われてはいかがでしょうか?」


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