第284話 F級の僕は、ドラゴンの巣の調査に同行する


6月9日 火曜日3



「【奪命の呪い】を解呪した!?」


ゴルジェイさんの目がこれ以上無い位に見開かれた。


「はい。それが何か……」

「いやいやいや、【奪命の呪い】は、帝国の総主教ですら解呪は不可能だ。一体、どうやって解呪したのだ?」


【奪命の呪い】ってそんな厄介な呪いだったんだ。

だからゴルジェイさんは、戦闘奴隷なる名前の生贄を20人も用意して、なおかつ、ターリ・ナハまで徴用しようとしたのだろう。

ならば、例え20時間というクールタイムが必要とは言え、【奪命の呪い】を解呪できる『賢者の小瓶』の話なんか持ち出したら、とんでもない事になりそうだ。


「その辺は、あんまり詮索しないで頂ければありがたいんですが」

「ふむ……」


ゴルジェイさんが、値踏みするような視線を向けて来た。


「軍を動員せねば討伐出来ないはずのカースドラゴンを易々と屠り、しかも解呪不可能なはずの呪いを解いてみせるとは……ルーメルの勇士よ、お前は一体何者だ?」

「ですからルーメルの一介の冒険者ですよ」


ゴルジェイさんがニヤリと笑った。


「なるほど。真の強者は多くを語らず、と言う事か。となると、お前が昨日、カースドラゴンを2体斃した、という話も俄然、信ぴょう性が高くなるな……」


ゴルジェイさんが、傍に付き従う兵士の一人に声を掛けた。


「マトヴェイ殿を呼べ!」


すぐに黒いローブを身にまとい、魔導士然とした雰囲気の痩せた老人が、兵士に案内されてやってきた。

ゴルジェイさんが、その老人に話しかけた。


「マトヴェイ殿、この近隣の村や街を襲撃していたカースドラゴンは、確か全て同一個体であったな?」

「そうじゃ。翼の特徴その他から推測するに、ポペーダ山に棲みつき、悪さをしておったカースドラゴンは、1体だけだったはずじゃ」

「先程、このルーメルの勇士が斃したカースドラゴンがそうか?」

「いや、先程のドラゴンは、街や村を襲撃してきた個体とは、明らかに特徴が異なっておった」

「という事は……」


ゴルジェイさんが、僕の方に視線を向けながら言葉を続けた。


「この男が昨日斃した中に、我々の本来の討伐目標である“最初の”カースドラゴンが含まれていた、と言う事か。しかし、そうなると少し、いや、大分せぬ……」

「さよう。これはドラゴンの巣をもう少し詳しく調べてみるべきじゃな」


二人の会話に少々置いてけぼりを食らった格好の僕は、ゴルジェイさんに問いかけた。


「すみません、どの辺が“せない”んでしょうか?」

「カースドラゴンは非常にレアなモンスターだ。加えてほぼ100%単独で行動する。それが二日の間に同じ場所に、3体も現れた。と言う事は、この地に何か秘密があるはずだ。マトヴェイ殿!」


ゴルジェイさんが、マトヴェイさんに声を掛けた。


「直ちにドラゴンの巣の調査を開始する。魔導士達を集めてくれ」

「あ、あの……」


僕等の傍らで小さな声がした。

声の主は、あのダークエルフの少女であった。

【奪命の呪い】から生還した彼女は、薄汚れたローブを身に纏い、フードを目深にかぶり込んでいる。

おどおどした態度で少女が言葉を続けた。


「私も……その……お役に……」


ゴルジェイさんの目が細くなった。


「お前は確か、魔法が得意であったな」

「は、はい……ですから……その……調査に……」

「そうだな……ドラゴンの巣の調査中に別のカースドラゴンがやって来ないとも限らん。いいだろう。お前含めて魔法が得意な奴隷も5匹程連れて行くとしよう」

「あ……ありがとう……ございます……」


ゴルジェイさんが、僕の方を向いた。


「ルーメルの勇士よ、お前にも調査に協力して貰いたい」

「分かりました。ですが条件を出させて下さい」

「当然の要求だな。なんだ、言ってみろ? 出来る限りの要望には応えよう」

「調査が終われば、僕とターリ・ナハを自由にして下さい。あと、この周辺に存在する大きな街の位置なんかが分かる地図が有れば、見せて貰えるととてもありがたいのですが」

「ははは、いいだろう。その代わり、もし調査中に新たなカースドラゴンが出現した時は、宜しく頼むぞ」



準備を終えた僕等は、再びドラゴンの巣に続く洞窟へと足を踏み入れた。

ゴルジェイさんとマトヴェイさん、それに数人の魔導士達の後ろに僕、その左隣にターリ・ナハ、さらにその後方を5人の魔法系と思われる戦闘奴隷達、そして最後尾を数人の帝国軍兵士達が固めるといった陣容だ。

洞窟に足を踏み入れてすぐ、ターリ・ナハが並んでいるのとは逆側の僕の隣に、誰かがすっと並んできた。

それはあのダークエルフの少女であった。

彼女は僕の右隣に並ぶと、そっと囁いてきた。


「先程は……あ、ありがとう……ございました……」


恐らく【奪命の呪い】の件だろう。


「気にしなくていいよ。でも無事で良かった」

「あの……どうしてその……私を……」


どうして助けたのか?

それは極めて利己的な理由。

自分と関わりを持った人間が、目の前で死ぬのを見たくなかったから。

ただそれだけだ。

でもそれを実際、口にするのはさすがに恥ずかしい。


「たまたま、かな。だから君も今後はあんな無茶はしちゃダメだよ? 次も助かるとは限らないし」


それは本当だ。

『賢者の小瓶』が再使用出来るまで、あと20時間近くかかる。

その間にカースドラゴンと戦う羽目になり、この少女が呪いを受けてしまったら、今度は救いようがない。


「私は……奴隷……だから……」

「!」


奴隷だから。

無茶も何も、命じられたら戦わないといけないから。

当然すぎる彼女の言葉は、僕の心を激しく揺さぶった。


彼女に返す言葉が見つかる前に、僕等はドラゴンの巣に到着した。

天井が高くなったホールのような空間。

天井の一番高い部分には、ドラゴンが通過出来る位巨大な大穴がぽっかりと開いている。

そしてその大穴を通して、空の青さが洞窟内に射し込んできていた。

床一面には、針葉樹の枝が敷き詰められている。

今の所、カースドラゴンの気配は無い。


ゴルジェイさんとマトヴェイさんの指示の元、同行した魔導士達と魔法系の戦闘奴隷達が、手分けしてドラゴンの巣の調査を開始した。

彼等はドラゴンの巣のあちこちに散らばり、魔法で何かを探り出した。


「僕等も何か手伝いましょうか?」


僕の言葉に、ゴルジェイさんが答えた。


「お前達には、また新たなドラゴンがここへやってきた時に、その対処を頼みたい。あとは何か気付いた事があれば、俺達に教えて貰えればそれで十分だ」

「分かりました」


ゴルジェイさんが僕等に背を向けて歩き去るのと殆ど同時に、後ろから誰かがそっと囁いて来た。


「あ、あの……」


振り返ると、あのダークエルフの少女であった。

彼女は相変わらずフードを目深に被り込んでおり、僕からは口元しか見えない。


「地面に……その……」

「地面?」


僕は自分の足元に視線を向けた。

そこには針葉樹の枝が敷き詰められているだけで、一見変わった物は見当たらない。

彼女は地面を指差しながら、おずおずとした感じで言葉を返してきた。


「ま、魔法陣が……」

「魔法陣?」


もしかして?


僕はスキル【影分身】を発動した。

たちまち僕の影の中から、【影】10体が出現した。

近くで周囲の警戒に当たっていたらしい兵士達がぎょっとする感じで後退あとずさるのが見えた。


「すみません、僕が召喚者なので、皆さんに害は無いですよ」


僕は兵士達に一声かけてから、【影】達に足元の針葉樹の枝を排除するように指示を出した。

【影】10体の働きで、直径5m程の範囲内の針葉樹の枝が瞬く間に排除され、ごつごつした岩の地面が剥き出しになった。

よく見ると、その地面の上には、何か線や図形のような物が描かれていた。

僕は、【影分身】のスキルを停止すると、背後に立つダークエルフの少女に声を掛けた。


「君の言う魔法陣って、この線の事?」

「は、はい……あの……ここの地面……全体に……」


地面全体?

僕は改めてドラゴンの巣を見渡した。

僕の通う大学の体育館がすっぽり収まりそうな広大な空間の地面いっぱいに、針葉樹の枝が敷き詰められている。

まさかこの地面全部使って、巨大な魔法陣が描かれている?

僕がゴルジェイさんを呼びに行くため歩き出そうとした瞬間、後ろからダークエルフの少女に服の裾を引っ張られた。


「あの……魔法陣……見つけたの……あなた様……という事に……」

「? キミが魔法陣の存在に気付いたって話、何かまずいの?」

「お、お願い……します……」


目深にかぶり込まれたフードのせいで、彼女の表情はよく分からなかったけれど、その声はなぜか泣きそうな感じで震えていた。


「分かったよ。僕がたまたま気付いたって事にしておくよ」

「あ、ありがとう……ございます……」


安堵するその少女の声に見送られながら、僕とターリ・ナハは、ゴルジェイさんのもとへと歩き出した。


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