第282話 F級の僕は、昨日来た道を引き返す


6月8日 月曜日12



“力試し”の開始と共に、恐らく戦槌系のスキルを発動したのだろう。

エゴールの手の中の戦槌が、金色に輝いた。


「一撃で終わらせてやる!」


エゴールがそう叫んだ瞬間、僕もまたスキルを発動した。


「止まれ!」



―――ピロン!



【威圧】が発動しました。エゴール=セドフは、【恐怖】しています。

残り180秒……



たけり狂っていたはずのエゴールが、いきなり怯えたような表情のまま、ブルブルと震え出した。

異変に気付いた周囲の兵士達がざわめく中、僕はつかつかと彼に歩み寄ると、手加減しながら彼の鳩尾みぞおちに右の拳を打ち込んだ。


「ぐふぅ!?」


エゴールは、口から泡を吹きながら、膝から崩れ落ちた。

そしてそのままピクリとも動かなくなってしまった。


死んでは……いないよね?

告知のポップアップも立ち上がらないし。


少し不安になる僕の耳に、ゴルジェイさんの叫びが聞こえてきた。


「そこまで! 勝者タカシ!」



―――オオオォ!?



「おいおいマジかよ」

「なんだあいつ?」

「エゴールを秒殺しやがったぞ!?」


周囲からどよめきの声が上がる中、数人の治療師と思われる人々が、エゴールに駆け寄って行く。

それを横目で眺めていると、後ろから声を掛けられた。


「さすがにカースドラゴンを斃した、と大言壮語するだけはあるな」


振り返るとゴルジェイさんが立っていた。

そのすぐ後ろには、ターリ・ナハの姿も見える。

僕はゴルジェイさんに軽く目礼してから口を開いた。


「これで少しは僕の話、信じてもらえますかね?」

「信じるも何も、それはお前自身が明日、ポペーダ山で証明してくれるのだろ?」

「それはそうですが……」


ターリ・ナハが、笑顔で僕のもとに歩み寄ってきた。


「血を流させる事無く勝利するとはさすがですね」


僕はチラッとエゴールの方を見た。

ちょうど彼が、周囲の人々に支えられるようにして、ふらつきながら起き上がるのが見えた。

周囲の人々から自分に何が起こったのか聞いたのだろう。

彼はこちらを振り返る事無く、がっくりと肩を下ろしたまま歩き去って行く。


僕はゴルジェイさんに視線を戻すと声を掛けた。


「ゴルジェイさんに少しお願いがあるのですが」

「なんだ?」

「先程お話ししました通り、明日はポペーダ山に同行して、僕の言葉が真実かどうか証明してみせます。ですから……」


僕はターリ・ナハに視線を向けた。


「彼女を戦闘奴隷に徴用って話は、それまで待ってもらっても構いませんか?」


ゴルジェイさんがニヤリとした。


「いいだろう。その代わり、お前の言葉が嘘だったと判明すれば、対価無しで徴用するぞ?」

「それはお任せします。それと……」


僕はゴルジェイさんの反応を確かめながら言葉を続けた。


「今晩、僕たち二人は、自前のテントで一緒に過ごす事を許可してもらいたいのですが」

「ほう……」


ゴルジェイさんが、何かに納得したような顔になった。


「つまりこの獣人は、お前の夜伽よとぎもするという事だな? だから徴用を渋っていたのか」

「よと……え? いやいや、違いますよ? 彼女はあくまで僕の仲間で……」


慌てて否定する僕をゴルジェイさんが手で制した。


「まあそう照れるな。奴隷に夜伽を命じるのはよくある事だ。いいだろう。今宵は誰にもお前達の邪魔はさせないでおいてやろう」


なんだか妙な方向に勘違いしてそうだけど、とりあえずはこれで、今夜のターリ・ナハの安全は保障された……はず。



夜9時――日本時間の午前1時――僕とターリ・ナハは、自分達で用意したテントの中で、寝袋にくるまって並んで横たわっていた。

アリアやエレンとは、あれから時間を見付けて再度念話で連絡を取り、僕等の状況を伝えてある。

それを踏まえて、僕はターリ・ナハと明日の予定を相談した。


「明日は早朝に起きて昼過ぎにはポペーダ山に到着するらしいよ。『賢者の小瓶』は、ルーメル時間なら明日の午後1時頃、こっちネルガルの時間に換算すれば、朝9時頃には使用可能になる。だからもしカースドラゴンの仲間が戻って来ていたとしても、1体なら普通に斃して、『賢者の小瓶』を使って解呪しよう。2体目が出現するようなら、ちょっと乱暴だけど、また僕が死んでみる方向で」


寝袋から顔だけ出しているターリ・ナハの表情が不安そうになった。


「正直、タカシさんを一撃でっていうのは、もう二度とやりたくないのですが……」

「う~ん、それならオロバス、50m位の高さまでは舞い上がれるから、そこから地上に急降下して……だけど、“即死無効”があくまでも“即死する位のダメージを一撃で食らう”事が発動条件だとしたら、死にきれなかった場合、結構、悲惨な事になるかも……」


激痛の中、呪いに冒され、傷も癒えず、徐々に死んでしまうのは、ちょっと、いや、絶対に避けたい事態だ。

そのまま生き返れないかもしれないし。


「やはりもし2体目が出現するなら、私が代わりに【奪命の呪い】をお引き受けします」

「それはダメだ。君には、【黄金の牙アウルム・コルヌ】再興って夢が有るでしょ?」

「ですが……」

「ま、あんなのが大量にいるはずないし、明日はカースドラゴンと戦わないで済む確率の方が圧倒的に高いだろうから、あんまり心配しなくてもいいかも。それより明日、カースドラゴンがいなくなっているって判明した後は、すぐに解放してもらおう。それで改めて北に向けて一直線に進むって事で」

「そうですね」



6月9日 火曜日1



翌朝―――

午前5時に起床した僕等は、慌ただしく朝食を摂り、準備を終えると、6時にはゴルジェイさんの部隊と一緒に、ポペーダ山に向けて出発した。

昨日はオロバスにまたがり、2時間程で走破した道のりを、また半日かけて歩きで戻るのは、なんだかとっても無駄な事をしている気分だ。

まあその代わり、僕の言葉が真実だと証明できれば、逆にゴルジェイさんから近隣の大きな街についての情報提供を受けられる可能性も有るし、前向きに考える事にしよう。


カースドラゴン討伐隊は、隊長のゴルジェイさんが率いる200名の帝国軍兵士達と、随行する20人の戦闘奴隷達で構成されていた。

戦闘奴隷達は皆、首輪をつけられ、前後を兵士達に挟まれ、生気の感じられない表情のまま、ただ黙々と歩いている。

彼等のほとんどは獣人種に見えたけれど、意外な事に、少数のエルフと思われる人々も混じっていた。

ただし、アールヴ等で見かけた色白のエルフ達と異なり、“戦闘奴隷のエルフ達”の肌の色は皆、日焼けしたような小麦色だ。

僕の視線に気付いたらしい僕等の“案内監視役”の若い兵士が説明してくれた。


「あいつらはダークエルフだよ。アールヴのエルフ達と違って、創世神イシュタル様に見捨てられた存在だそうだ」

「ダークエルフ……ターリ・ナハは知っている?」


僕の問い掛けに、隣を歩くターリ・ナハは、ふるふると首を振った。

若い兵士が口を開いた。


「ダークエルフは、ルーメルがあるイシュタル大陸にはいないと聞いているから、お前達は知らないのかもな。やつら大戦時、事もあろうに魔王エレシュキガルのがわにつきやがったんだ。おまけにアールヴの王都にまで攻撃かけて、その騒ぎのせいで、一時、神樹に昇れなくなったりしたらしい。それで戦後、徹底的に掃討されて、イシュタル大陸からは完全に駆逐されたそうだ」

「そうだったんですね」

「ま、ここネルガルでも、やつらは他の人モドキシュードヒューマン共同様、魔王エレシュキガルの手先になって散々暴れまわりやがったんだ。それを鎮めて俺達人間ヒューマンの統一帝国を築いたのが、我等が初代皇帝ミハイル=ザハーリン様だったってわけさ。ミハイル様は、アールヴのエルフ共と違って心の広いお方であったと伝えられている。だからダークエルフ共を完全に滅ぼさずに、奴隷として生きる事をお許しになられたそうだ」


つまり、ここ『帝国』では、獣人達同様、ダークエルフも種族全体が、奴隷階級って事だろうか?

と、僕は少し奇妙な事に気が付いた。

“戦闘”奴隷達は、粗末な防具は身に付けているけれど……


「武器は……?」


僕が呟いた疑問に、“案内監視役”の若い兵士が答えてくれた。


「やつらに武器を持たせるのは、戦闘が始まってからだよ。で、戦闘が終わったら回収する。あんなやつらに常時武器を持たせといたら、何しでかすか分かったもんじゃないからね」



途中で何度かモンスターが出現したけれど、前衛の兵士達が瞬く間に斬り伏せて行く。

やがて前方に台形の形をしたポペーダ山の山容が大きく迫ってきた。

正午過ぎ、僕等は予定通り、あのドラゴンの巣への洞窟の入り口前に広がる空き地に到着した。


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