第281話 F級の僕は、壮年の男性に難癖をつけられる


6月8日 月曜日11



「貴様! 虚言を吐いて我が軍の作戦を妨害する気か? 事と次第では、処刑されても文句は言えぬぞ!?」


僕につかみかからんばかりの勢いでまくし立てる壮年の男性を、ゴルジェイさんが制した。


「控えろ、エゴール!」

「しかし……」

「俺が直々にこいつらの取り調べを行っているのだ。口を出すな」

「はっ! 申し訳ございません」


壮年の男性が引き下がるのを確認したゴルジェイさんは、僕の方に向き直った。


「話を戻すが、カースドラゴンを斃したという話、本気でそれを口にしているのか?」

「はい」


僕の返事に、ゴルジェイさんが、やれやれといった表情になった。


「この俺にたわむれは通じぬぞ? 虚言による軍事作戦の妨害は、先程エゴールが申した通り、裁きの結果によっては処刑もあり得る重罪だ」

「カースドラゴン達を斃した証拠ならお見せ出来ます」


僕はインベントリからSランクの魔石2個と、『反呪の指輪』を取り出した。


「これらの品々は、カースドラゴンを2体斃して得たアイテムです」


ゴルジェイさんは、僕が差し出した品々を手に取ってしげしげと眺めた後、再び口を開いた。


「確かにカースドラゴンは、稀に『反呪の指輪』を落とす事が知られている。奴らを斃して得られる魔石のランクもSだ。しかしこれらの品々は、別にカースドラゴンを斃さずとも手に入れる事は出来る。購入、窃盗、強者に依頼、様々な手段で入手可能だ。つまり、これらの品々をお前が提示しても、別段、お前達がカースドラゴンを斃した直接的な証拠にはならん。それに……」


ゴルジェイさんは、試すような視線を僕に向けて来た。


「カースドラゴンのレベルは90。帝国の英雄、イヴァン将軍閣下ならいざ知らず、ルーメルの一介の冒険者たるお前とそこの獣人風情だけで討伐する事は、絶対に不可能なはずの相手だ。だからこそ我等完全武装の中隊、200名の兵士達及び戦闘奴隷共20匹による討伐が実施されようとしているのだ。もし本当にお前達がカースドラゴンを2体も斃したというのなら、どうやって斃した? 奴らが死に際に投げかけてくる【奪命の呪い】にどう対処した? 言っておくが、『反呪の指輪』で防いだ、等といい加減な話で俺を失望させるなよ? 『反呪の指輪』は、呪詛を投げかけて来た相手が生きている場合に限り、投げかけられた呪いを相手にかけ返す事が出来るアイテムだ。つまり術者の死亡が発動条件の【奪命の呪い】は防げぬ」


なるほど、『反呪の指輪』ってそういう効果のアイテムなんだ……

等と感心している場合では無い。

どう説明しようか?

カースドラゴンをどうやって斃したのか。

その詳細を語る事は、僕等の手の内を彼等にさらす事を意味する。

『賢者の小瓶』、エレンの祝福……

その全てについて馬鹿正直に事細かく語る事は、僕等の“今後の安全”を考えれば、好ましくは無いだろう。


少し考えた僕は、ある提案を持ち掛ける事にした。


「ゴルジェイさん達は、明日、ポペーダ山のカースドラゴンを討伐する予定だったんですよね?」

「そうだ」

「では、僕とターリ・ナハもそれに同行させて下さい。実際、カースドラゴンがいなくなっていれば、僕の話が真実だって証拠になりますよね?」

「お前が斃したかどうかはともかく、少なくとも我が軍の目的は達成される事になるな」

「もし、今日僕達が斃したのと別のカースドラゴン達が舞い戻って来ていたとしても……」


僕は隣に立つターリ・ナハに視線を向けながら言葉を続けた。


「その時は、僕と彼女とでそいつらを斃して見せます。どうでしょう?」

「ほう……」


ゴルジェイさんの目が細くなった。


「随分な自信だな」

「どうやって斃したかを口で説明するより、実際見てもらった方が、話が早いかな、と」

「面白い。いいだろう……」

「お待ち下さい!」


ゴルジェイさんの言葉にかぶせるように、あの壮年の男性――エゴールって呼ばれていたっけ?――が口を挟んできた。


「そいつの話は胡散臭うさんくさ過ぎます!」


ゴルジェイさんが、エゴールに顔を向けた。


「胡散臭い?」

「はい。先程から聞いておりましたら、今日いきなり帝国領内に転移して来ただの、その転移先がポペータ山だっただの、挙句の果てにはカースドラゴンを斃しただの、その場しのぎの、いい加減な話を作っているようにしか聞こえません。今も明日同行するからと話しながら、今夜の内にここから逃れ去る算段でも考えているに相違ありません!」

「しかし、この男の話が完全に作り話だ、という証拠も無いぞ?」

「では、私にこの男の力量を測らせて下さい。カースドラゴンを斃した、等とうそぶくのなら、私如きでは相手にもならないはず」

「ふむ……」


ゴルジェイさんは、少し考える素振りを見せた後、僕に問いかけてきた。


「エゴールはこう言っているが、お前の方はどうだ?」


どうだ? と言うのは、エゴールに“力量を測られて”も良いかどうかって事だろう。

エゴールのレベルやステータスが不明だけど、まさかレベル90のカースドラゴンよりも強いって事は無いだろう。


「僕の方は構いませんが」


ゴルジェイさんがニヤっと笑った。


「あらかじめ教えておいてやるが、エゴールは俺の中隊内で、俺の次にレベルが高い極めて優秀な戦士だぞ? レベルは53。加えて戦槌を持たせれば、俺でもかなわないかもしれない位には強い。それでもこの勝負受けるのか? 俺としてはお前がここで降りても別段、問題視するつもりは無いが」


この世界、レベル30あれば冒険者として一人前、レベル40あれば街一番の勇士、レベル50を超えれば、小国なら、国家最強を名乗れる位にはレベルが上がりにくい。

ただし、獲得経験値が謎の100倍な僕を除いて、だけど。

だからレベル53のエゴールは、この世界の基準――ヒューマンの基準――で見れば、相当な強者と言う事になる。

あくまでこの世界イスディフイの基準で、だけど。


レベル105の僕は、幾分ホッとしながら言葉を返した。


「初めにお答えしましたように、僕の方は構いませんよ。それで、勝敗はどのようにして決めるのですか?」


エゴールが不敵な笑みを浮かべた。


「それはもちろん、敗者の死を以って勝負あり、とするべきだろう」


僕は自信満々な感じのエゴールにチラッと視線を向けた後、ゴルジェイさんに向き直った。


「勝敗は、どちらかの戦意喪失、或いは失神等の、戦闘不能で判定しませんか? エゴールさんって、大事な戦力ですよね? もし彼に万が一が有ったら、僕としても申し訳ないと言うか……」

「小僧! 本気で俺を殺せると思っているのか!?」


エゴールが逆上した様子で叫んだ。

殺し合いなんか、しなくて済むなら是非避けたい。

そんな気持ちでの提案だったのだが、どうやら彼の感情を逆撫でしてしまったようだ。


「中隊長! 今すぐこの男を殺す許可を頂きたい!」

「落ち着け!」


エゴールを一喝したゴルジェイさんが、僕の方に顔を向けた。


「ではお前の条件で“力試し”を行うとしよう」

「中隊長!」

「エゴール、俺達は誇りある帝国軍の一員である事を忘れるな。命令には従え」


エゴールは、苦虫を噛み潰したような顔をしたまま、ゴルジェイさんに頭を下げた。


「分かりました。ご命令通りの条件で、この男との“力試し”に臨ませて頂きます」



数分後、僕は、駐屯地内の空き地で、銀色の鎧に身を固め、戦槌を手にした完全武装のエゴールと対峙していた。

僕等を囲むようにして集まった兵士達が口々にヤジを飛ばしている。


「エゴール、そんな野郎、ぶっ飛ばしてやれ!」

「秒殺だ、秒殺!」

「兄ちゃん! 少しは楽しませてくれよ!」


僕から5m程離れた場所に立つエゴールがイライラした感じで口を開いた。


「小僧! 鎧と武器はどうした?」


そう、今の僕は、上は長袖の茶色いTシャツ、下は紺のジーンズという完全普段着。

加えて武器は持っていない。


「下手に武器なんか使ったら危ないかな~と」


【剣術】スキルを持っているレベル105の僕が、ヴェノムの小剣(風)なんか振り回したら、レベル53のエゴールを一撃で殺してしまうかもしれない。

なので僕は素手で戦う事にしたのだ。

しかしそれが、さらにエゴールをヒートアップさせてしまったらしい。


「き~さ~ま~!! 戦槌でその頭ぶち割って、二度とそんなナメた口、けないようにしてやる!」


いやそれ、ナメた口云々の前に、普通なら死んじゃうから。


ゴルジェイさんが“ルール”を説明した。


「攻撃魔法は禁止。ポーション類含めてアイテムの使用も禁止。おのれの肉体とそこに宿る補助系統の魔法とスキル、それと手にした武器のみを用いて戦え。戦意喪失、或いは戦闘不能になれば敗北だ。いいな?」


僕とエゴールがうなずくのを確認したゴルジェイさんが、 “力試し”の開始を宣言した。


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