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第279話 F級の僕は、帝国軍兵士達と行き会う
第279話 F級の僕は、帝国軍兵士達と行き会う
6月8日 月曜日9
【異世界転移】でターリ・ナハのもとに戻った僕は、早速ティーナさんが用意してくれたテントをインベントリから取り出した。
そして1辺30cm程の大きさに折り畳まれた深緑色のテントを、教えてもらった通りの方法で、地面に向けて投げてみた。
テントは一瞬にして自動的に展開した。
さすがに四隅の杭は、僕とターリ・ナハで手分けして固定する必要があったけれど、内部の広さや強度とも、申し分無さそうだ。
僕は改めてティーナさんから提供されて
「これが長袖の服で、これがローブだよ。僕は外で待っているから、テントの中で試着してみて。サイズが合わなかったら、
数分後、試着を終えたターリ・ナハがテントから姿を現した。
彼女は、これもやはりティーナさんが提供してくれた深緑色の頭部を含めて全身をすっぽり覆うタイプのローブを身に
これならぱっと見、彼女が獣人だと悟られずに済むだろう。
ターリ・ナハが微笑んだ。
「持ってきて下さった長袖の服、どれもとても着心地がいいですね。サイズも問題ありませんでした。そのティーナさんという方には、改めて私が感謝していた、とお伝え下さい」
N市やルーメル基準では、時刻はそろそろ午後8時。
この場所の太陽はようやく西に傾き始めたばかりだけど、僕等は夕食を食べておくことにした。
「日没までまだ何時間がありそうだし、とりあえず暗くなるまで移動してみようか?」
「そうですね……エレンさんのお話だと、ここから北の方角に『帝都』があるんですよね? でしたら、出来るだけ一直線に北に向かってみませんか?」
「一直線に北を目指すのは意外に難しいかも。方位磁石か何か取ってこようかな?」
「これだけ晴れていれば、太陽の位置から北の方角を正確に把握できます。案内なら私に任せて下さい」
ターリ・ナハはごく最近まで、【
こうした見知らぬ土地で正確な方向に移動する
食事を終え、テントを畳んだ僕等は、早速出発する事にした。
僕は、インベントリから『オロバスのメダル』を取り出した。
握り締めて念じると、六本脚の地獄の凶馬、オロバスが出現した。
「せっかくだから、コレに乗って行こう。」
僕とターリ・ナハを背に乗せたオロバスが、疾走し始めた。
すぐに空き地を抜け、森林地帯に入ったけれど、意外に木々の生える間隔が
途中、何度かモンスターが出現した。
しかし時間が惜しかった僕は、そいつらを全て無視してオロバスをひたすら北へと疾走させた。
2時間程進み、周囲が茜色に染まる頃、前方に、木柵に囲まれた場所が見えて来た。
櫓が建ち並び、遠目に人の動きも見える。
何か軍の駐屯地的な場所かな?
以前、似たような場所で、山賊達と
獣人であるターリ・ナハを帯同している以上、クリスさんが転移可能な大きな街に辿り着くまでは、出来るだけ人目を避けた方が良いだろう。
僕はオロバスの速度を落とし、その場所を大きく迂回しようとしたところで、突然数人の人々に囲まれた。
「止まれ! 何者だ?」
僕等を囲むようにして現れた人々は皆、揃いの銀色の甲冑を身に付け、規格化された感じの槍を手にしていた。
一瞬、強行突破も考えたけれど、もし彼等が“帝国”の正規軍か何かであれば、後々面倒な事になるかもしれない。
僕は大人しくオロバスを止めると、ターリ・ナハと一緒に地面に降り立った。
彼等の内の一人、体格の良い壮年の男性が、槍を構えたまま僕等に話しかけて来た。
「ここはゴルジェイ中隊の駐屯地だ。身分証を呈示せよ」
身分証?
どうしよう?
元々、僕もターリ・ナハも
そうだ!
初めてこの世界にやってきた時、ルーメルの冒険者ギルドで冒険者登録証を
確かあの時、受付のレバンさんが、これは身分証代わりだから大切に保管するよう話していた。
僕はインベントリを呼び出すと、ここ最近、収納しっぱなしだった冒険者登録証を取り出した。
周囲の兵士達からざわめきが漏れる。
「おい、あいつ……」
「インベントリ持ちか……」
インベントリは、生まれつき
ミミック自体も対戦者に擬態する強力なモンスター。
加えて指輪のドロップ率も本来なら1万分の1。
なので、この世界でもインベントリを使用できる者は、よほどの幸運に恵まれた強者か大金持ちなのだ、とマテオさんが
とにかく僕は冒険者登録証を壮年の男性に差し出した。
「ルーメルの冒険者ギルド発行の登録証です」
「ルーメル?」
首を傾げながら冒険者登録証を受け取った壮年の男性は、しばらくそれを調べた後、僕に問いかけて来た。
「どうやら本物のようだが、ルーメルとは、随分遠くから来たのだな。帝国には何しに来た?」
数時間前までルーメルにいたのに、よくわからないままこの地に転移させられました、と説明すれば、かえって話がややこしくなるかもしれない。
とにかく、出来るだけ早くこの場を立ち去りたい。
なので僕は、当たり
「冒険者ですし、ちょっと冒険に」
「ふむ……」
壮年の男性は僕に値踏みをするような視線を向けた後、冒険者登録証を返してくれた。
彼は、そのまま僕の少し後ろで隠れるように立つターリ・ナハに視線を向けた。
「そこの者、お前も身分証を呈示せよ」
その言葉に、僕はサッと緊張した。
と、ターリ・ナハが僕に囁いてきた。
「この方は、何とおっしゃっていますか?」
「? 何って、身分証を呈示しろ、って言っているんだけど……」
もしかして?
「彼等の話す言葉の意味が分からない?」
ターリ・ナハが
「この方が使用しているのは、恐らくこの国の言葉かと。残念ながら、ネルガルの言語は分かりません」
どうやらこの男性が使用しているネルガルの“帝国”とやらの言葉は、ルーメル周辺で使用されている言葉とは大きく異なっているらしい。
先程から問題なく僕が会話出来ているのは、恐らく【言語変換】のスキルが仕事をしてくれているからだろう。
僕等が小声でやりとりしていると、壮年の男性がやや苛立った感じで声を上げた。
「聞こえぬか? 身分証の呈示をせよと言っておる!」
「すみません。彼女は僕と同郷なのですが、この国の言葉に通じていないので……」
「ならばお前が通訳すれば良いだろう」
「少しお待ち下さい」
僕は再びターリ・ナハに囁いた。
「身分証って、何か持っている?」
ターリ・ナハは首を振った。
「申し訳ありません。ルーメルでの生活で、身分証を用意しなくとも支障を感じなかったものですから」
仕方ない。
正直に話そう。
僕は壮年の男性に向き直った。
「彼女は元々身分証を持っていないのです。ですから……」
僕の言葉に、周囲の兵士達がざわめいた。
そして壮年の男性の表情も一気に険しくなった。
「身分証を持っていない? お前達、まさか密航してきたのか?」
「え?」
「帝国に正規の手続きで入国した者は、入国地点で身分証の確認、或いは発行がなされるのだ。だから帝国領奥深くのこの地で、身分証を持たない者など、密航者か逃亡奴隷か……」
壮年の男性が、槍の柄をターリ・ナハに向けて突き出して、ローブを一気に剥ぎ取ろうとした。
ターリ・ナハは、それを見事な
壮年の男性が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「貴様、我等を愚弄するか? そのローブを脱いで顔を見せろ!」
どうしよう?
やはり強行突破するか?
と、ターリ・ナハが囁いてきた。
「この方はなんと?」
「君にローブを脱いで顔を見せろ、と。だけど……」
僕の言葉が終わる前に、ターリ・ナハは、自らローブのフードを取り去った。
彼女の頭部の狼の耳を目にした壮年の男性が声を上げた。
「この者達を捕えよ! 連行するのだ!」
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