第276話 F級の僕は、クリスさん達と色々相談する


6月8日 月曜日6



「南半球……」


ならば風が冷たいのは、この場所の標高だけが問題なのでは無く、季節が逆転している事も関係しているのかもしれない。

僕は自分の右耳に触れてみた。

そこに『二人の想い(右)』が変わらず装着されているのを確認した僕は、ターリ・ナハに声を掛けた。


「アリア達と連絡取ってみるよ。もしかしたらクリスさんの転移魔法で迎えに来てもらえるかもしれないし」


ターリ・ナハがうなずくのを確認した僕は、アリアに念話で呼びかけた。


『アリア……』

『タカシ! あと5分で『暴れる巨人亭』だよ。マテオに夕ご飯、もう並べて良いよって伝えておいて。タカシも今夜は食べるでしょ? だったらクリスさんも入れて……』

『アリア、実は不測の事態発生で、ルーメルから相当遠くに転移させられちゃったみたいなんだ』

『ええっ!? 転移させられた? 誰に?』

『誰にと言うか……』


僕は魔法屋での出来事をアリアに簡単に説明した。


『……だから今、僕とターリ・ナハは、知らないどこかの山中にいるってわけなんだ』

『そのドラゴンの顔のレリーフみたいな魔道具、今手元には無いの?』

『残念ながら』

『あ、クリスさんが代わりたいって。ちょっと待ってね』


アリアが、自分の『二人の想い(左)』を渡したのだろう。

十数秒後、クリスさんからの念話が届いた。


『君達、今いる場所に全く心当たり無いんだよね?』

『すみません。ターリ・ナハの推測だと、どうも南半球に飛ばされちゃっているみたいで。太陽もまだ大分高いですし、そっちとは時差もある感じです』

『今、山中にいるって聞いたけど、周囲の状況は?』

『見える範囲では、森林が広がっている感じです。と言っても、そんなに見晴らしの良い場所にいるわけじゃないんですが』

『そうか……南半球と言う事は、暗黒大陸か、ネルガル大陸、或いは周辺の群島か……』

『クリスさんは今僕等が居る場所って、遠隔視みたいな能力で視たりって出来ないんですか?』


クリスさん同様、転移魔法を使用出来るエレンは、少なくとも僕がどこにいても、その場所が分かるようだけど。


『残念ながら僕にはそんな能力は無いんだ。だから君達をすぐには迎えに行けそうにない。とりあえず、ヘレンさんの魔法屋に行ってみるよ。もしそこに君の言う魔道具が残っていて、その魔道具のせいで飛ばされたのなら、魔力の残滓を探る事で、ある程度、君達の転移先を特定できるかもしれない』

『ありがとうございます』

『うん。とにかく今の場所から動かないで待っていてくれ。もし転移先が特定出来たらすぐに迎えに行くから』

『宜しくお願いします』


クリスさんとの念話を終えた僕は、ターリ・ナハに今聞いた話を伝えた。

あとは……


「ちょっとエレンとも話してみるね」


ターリ・ナハに一声かけて、今度はエレンに心の中で話しかけた。


『エレン』

『タカシ。外の状況に変化は無い?』

『黒い結晶体には変化無いみたいなんだけど……』


僕はエレンにも今の状況を簡単に説明した。


『……それで、現在地さえ分かればクリスさんに迎えに来てもらえそうなんだ。エレンは、僕が今いる場所って分かる?』


少しの沈黙の後、エレンの返事が届いた。


『ごめんなさい。精霊達が維持してくれている結界と、その周囲でアールヴが行っている呪法の影響で、あなたのいる場所がはっきりとは分からない。分かるのは、あなたがネルガル大陸中央やや南寄りにいる事、傍に獣人が一人いる事だけ。あなたの話から推測すれば、傍の獣人はターリ・ナハだと思うけれど、実際に彼女かどうかまでは分からない』

『ありがとう。少なくともネルガル大陸って場所にいるのが分かっただけでも凄く助かるよ。ネルガル大陸って、大きな港街とかあるのかな? あればそこに行って、最悪、自力でルーメルまで帰れそうだけど』


この世界――少なくともルーメルやアールヴ神樹王国――で通用する通貨は、億単位で持っている。

大きな港町で船に乗れば、ルーメルのある大陸に渡れるのでは無いだろうか?


『ネルガル大陸は、ほぼ全域がヒューマンの帝国の支配下にあるはず。帝都は、大陸の北部、賑わいの海に面した港湾都市。多分、そこまで行かなくても、主要都市なら、クリスは転移できるはず』


エレンと念話で会話していると、再びクリスさんから念話が届いた。

僕はエレンに状況が変化したらまた連絡すると話した後、クリスさんに念話を返した。


『クリスさん、今エレンと話していたんですが、どうやら僕等が今いるのは、ネルガル大陸の中央やや南寄りのようです』

『ネルガル大陸って事は、帝国か……』


クリスさんが少し口ごもる感じになった。


『どうかしたんですか?』

『いや、帝国は文字通り、人間ヒューマン以外を人間ヒトって思ってないからね……アールヴ神樹王国の後ろ盾があるエルフならまだしも、獣人は……言いにくいんだけど、自由人の獣人は存在しないんだ』

『獣人自体が少ないって事ですか?』

『獣人は大勢住んでいるよ。だけど帝国領内の獣人は全て奴隷階級なんだ』

『え~と、それってつまり?』

『ターリ・ナハが獣人だってバレると、色々厄介な事に巻き込まれるかもしれない』


獣人であるターリ・ナハが“自由人”って分かれば、奴隷狩りに合うって事だろうか?


『分かりました。彼女には、僕の世界地球で耳や尻尾が隠せるようなローブ系の服でも買ってきて、身に付けておいてもらう事にします』

『その方が安全だと思う。それと今、ヘレンさんの魔法屋に来ているんだけど、君の言う魔道具らしきアイテムは、ここには無いようだ。ヘレンさんからも話を聞いたけれど、君達は突然閃光に包まれて消滅したって感じだったらしい。あと、これは非常に不可解な事なんだけど、君達を南半球まで転移させるような魔法がここで発動したのなら、それがトラップにせよ、魔道具によるものにせよ、何かしら痕跡って残るはずなんだ。だけどそういった痕跡みたいなものが、一切見当たらない』

『つまり、魔法以外の何かの力で、この場所に連れてこられたかもって事ですか?』

『今の所はなんとも……でも不幸中の幸いかもしれないけれど、帝国領内の主要都市なら、僕はほとんどの場所に転移可能だ。君達が、どうにかしてそうした大きな街に辿たどり着いてくれさえすれば、すぐに迎えに行って上げられるよ』

『分かりました。とりあえず、どこかの街を探して移動してみます』

『うん。でも気を付けて』


クリスさんとの念話を終えた僕は、ターリ・ナハに改めて今、僕等が置かれている状況について説明した。


「それでちょっと今からもう一度向こう地球に戻って、色々準備して来るよ。その間、君は……」


僕はすぐ先にある、ドラゴンの巣に続く洞窟の入り口を指差した。


「……あの洞窟少し入った所で待っていてもらってもいいかな?」

「分かりました」


ターリ・ナハに見送られながら、僕は今日、4度目になる【異世界転移】のスキルを発動した。



ボロアパートの自分の部屋に戻って来た僕は、スマホで時刻を確認してみた。

スマホの画面には18時42分と表示されている。


さて、まずは当面必要になる品々をリストアップしてみよう。


1.長袖の衣類

北半球のルーメルやアールヴの季節は初夏。

日本と大体同じ感じだった。

と言う事は、南半球のネルガルは季節的に初冬のはず。

ターリ・ナハの分も含めて、ウインドブレーカーみたいなのも持って行こう。


2.テントや寝袋

まずは今の場所から森林地帯を抜けて、人が住んでいる場所まで出ないといけない。

ターリ・ナハを僕の世界地球に連れて来る事が出来るなら、寝る時はここ地球で、移動はあっちイスディフイでって出来るけれど、それは今までの経験上、恐らく不可能だろう。

ならば最低限、寒い季節の野宿に耐え得るようなアウトドア用品が欲しい所だ。


3.今夜の水や食糧

これは、コンビニでお茶や弁当を買って持って行けばいいだろう。


4.ターリ・ナハ用のローブ

彼女が獣人だと分からないように、顔や全身をすっぽり覆うタイプのローブが必要だ。

均衡調整課併設の販売店なら、特殊効果付きのローブ類も扱っていたはず。



色々書き出した所で、僕は問題点に気が付いた。


これ、今のこの時間――午後7時前――から全部一人で集めて回るのって、時間的に無理なのでは?

コンビニや均衡調整課の販売店はともかく、女性用の服屋やアウトドアショップ、もうすぐ閉店時間だよな……

仕方ない。

ティーナさんに相談してみよう。

彼女なら、もしかすると1時間もかからずに、こういった品々の手配を済ませてくれるかもしれない。


僕はインベントリから『ティーナの無線機』を取り出すと、『二人の想い(右)』と入れ替える形で右耳に装着した。


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