第274話 F級の僕は、ターリ・ナハの呪いを解く


6月8日 月曜日4



今、僕の目の前には、ドラゴンの打倒を告げるポップアップとともに立ち上がった、もう一つのウインドウが表示されていた。



カースドラゴンが残した【奪命の呪い】が、ターリ・ナハを対象に発動しました。

残り114秒……



残り時間が刻一刻とカウントダウンされて行く。

そして視線の先、ターリ・ナハがうずくまっている姿が目に飛び込んできた。

僕は【影分身】のスキルを停止すると、慌ててターリ・ナハに駆け寄った。


「ターリ・ナハ!」


僕の呼びかけに、苦し気な息をつきながらターリ・ナハが顔を上げた。

彼女の全身が黒く染まっている。


「これは……」

「長い年月を生きたドラゴン種の中には、自らの命が尽きる時に、自身を殺した者に死の呪いをかける事が出来る者がいると聞いた事が有ります。どうやらその呪いを受けてしまったようです」

「そんな……」


僕はインベントリを呼び出すと、神樹の雫を取り出した。

そしてアンプルの首を折ると、ターリ・ナハの口元に近付けた。


「これ飲んで!」


神樹の雫は、四肢欠損含めてHP全快効果のあるポーションだ。

しかし、ターリ・ナハは弱弱しく首を振った。


「恐らく効果はありません」

「いいから飲むんだ!」


僕は無理矢理彼女の口に、神樹の雫の飲み口を押し付けた。

彼女は諦めたように口をつけると、全てを飲み干した。

しかし、彼女の身体に回復の兆しは現れない。

その間もカウントダウンは続行し続けている。


「どうして!?」

「神樹の雫では、かけられた呪いまでははらえないかと……」


ターリ・ナハの言葉に、僕は衝撃を受けた。

いきなりこんな形で、仲間の一人が命を落とそうとしている!?

そんな馬鹿な話があってたまるか!

でもどうすればいい?

どうすれば……


何も思いつかず、ただ右往左往している内に、ターリ・ナハの身体が、手足の先からサラサラと崩れ始めた。

ターリ・ナハが苦しそうな息遣いの中、口を開いた。


「タカシさん、お願いがあります」

「なに?」

「私が死んだ後、もし【黄金の牙アウルム・コルヌ】の誰かと巡り合う機会が有れば、この無銘刀をその方に……」

「馬鹿な事を言うな!」


そうだ!

ノエミちゃんなら……

放射線障害でさえ浄化したノエミちゃんの力なら、ターリ・ナハを救えるのでは?

ダメだ……

彼女とエレンは、神樹の間で“闘っている”最中だ。


他に何か……


僕はダメ元でもう一度、インベントリを呼び出した。

何か呪いに効きそうなものは……


ふとある項目に目が留まった。



賢者の小瓶第121話

HPを全回復し、バフ・デバフ全てを除去する究極の秘薬『賢者の秘薬』を材料無しで創り出す事の出来る小瓶。

ただし、1回に創り出せるのは1人分で、1度使用すると、20時間は再使用不能。



僕は祈るような気持ちで『賢者の小瓶』を取り出した。

握り締めるとすぐに、内部を虹色に輝く液体が満たしていく。



カウントダウンは、10秒を切っていた。


「ターリ・ナハ、これを!」


しかし身体が半分以上崩れ去った彼女の目は虚ろで、僕の声に何の反応も示さなくなっていた。

経緯はどうあれ、彼女の父、アク・イールを殺したのは僕だ。

そして今、僕の失態でその娘のターリ・ナハまでもが命を落とそうとしている。

そんな運命は断じて受け入れる事は出来ない!


僕は『賢者の秘薬』を口に含んだ。

そのままかがみこむと、彼女の口を無理矢理こじ開けて、口移しで『賢者の秘薬』を全て彼女の口の中に注ぎ込んだ。

彼女はむせながらも全てを飲み干した。

その瞬間、彼女の全身が金色に輝き、崩れ去っていた身体が一瞬にして修復された。

死のカウントダウンは残り2秒で停止し、代わりに新しいポップアップが立ち上がった。



―――ピロン♪


ターリ・ナハを冒していた【奪命の呪い】が浄化されました。



良かった……

腰が抜けたようになってしまった僕は、その場でへたり込んでしまった。



やがて意識を取り戻したらしいターリ・ナハが身を起こした。

彼女は不思議そうに自分の手足に視線を向けた。


「呪いは……?」

「全て浄化したよ」

「一体、どうやって?」


僕は空になった『賢者の小瓶』を振ってみせた。


「これ、バフもデバフも全て消去してHP全快させる究極の秘薬を作り出せるアイテムなんだ。20時間に1回しか使えないんだけど、君を癒すことが出来て、本当に良かった」


ターリ・ナハは居住まいを正すと、頭を下げて来た。


「命をお救い頂きまして、ありがとうございました」

「僕は君に頭を下げてもらえるような事、何もしてないよ」


彼女を救ったのは、『賢者の小瓶』だ。

僕じゃない。

それに僕は彼女の父親を……


ターリ・ナハが微笑んだ。


「三度」

「三度?」

「タカシさんに命を救われた回数です」


ターリ・ナハの命を?

今回の件を除けば、地下牢から彼女を連れ出した事位しか思い当たらないけれど……


首をひねる僕に少しの間優しい視線を向けてきた後、ターリ・ナハが言葉を続けた。


「一度目は500年前、あの苦難の時代に私の遠祖ボレ・ナークとその子クレオ・マハをお救い下さいました。彼等がケレス平原で滅びていれば、当然私がこうしてこの世に生を受ける事も無かったはずです。二度目はアールヴの地下牢から、そして三度目はもちろん、今この瞬間です」


彼女は、まっすぐに僕を見つめてきた。

彼女の余りにも澄み切った琥珀色に輝く瞳を前に、僕は思わず目を逸らしてしまった。


「だけど僕は君の父親を……」


ターリ・ナハが優しい笑顔のまま、僕の言葉をさえぎった。


「タカシさん。私の父アク・イールは、誇り高き獣人族の部族【黄金の牙アウルム・コルヌ】最高の戦士でした。その戦士にあなたは勝利したのです」

「そうだよ。だから……ごめん」

「いいえ。そこは謝るところではありません。誇るべきところです。勝者であるあなたが、いつまでもそのような事で思い悩むのは、敗れた戦士の尊厳に対する冒涜になります。あなたは勇者として光の巫女を護り、それを阻もうとした父を排除しただけです。どうか誇りを胸に、これからも父を超える最高の戦士であり続けて下さい」

「……分かった。努力してみるよ」


いまだに“勇者”なんて自覚はこれっぽっちも無い僕だけど、

アク・イールを殺した事実は決して消えないけれど、

それでも、だからこそ、アク・イールの娘がそう願うのなら、

僕は彼女の理想に少しでも近付く努力だけはしていく義務があるはずだ。


と、ターリ・ナハが僕の背中に視線を向けた。


「酷い火傷を負っていますよ?」


そう言えば、『奪命の呪い』騒ぎですっかり忘れていたけれど、あのカースドラゴンのブレスを避けようとした時、背中に焼けつくような痛みを感じたっけ?


いまさらながら、背中がズキズキ痛むのを思い出した。

僕はインベントリを呼び出して、神樹の雫を1本取り出した。

そしてアンプルの首を折ると一気に飲み干した。

背中の痛みがゆっくりと消えて行く。

背中の傷は癒えたけれど、僕は改めて、着衣がボロボロになっている事に気が付いた。


せっかくアリアに貰った服なのに、後で彼女に謝らないと。

それにエレンの衣とエレンの腕輪も行方不明だ。

もしかすると、『暴れる巨人亭』2階の自分の部屋で着替える際、インベントリに仕舞い忘れたのかも?


「というより、ここって一体どこだろう?」


僕は改めて周囲を見回してみた。

薄暗くゴツゴツした岩肌が剥き出しの、洞窟のような空間。

少し向こうにこの洞窟への出入り口であろうか?

光が射し込んできているのが見える。

つまり、どう見てもヘレン婆さんの魔法屋じゃない。

やはりあの時、あの魔道具に魔力を込めた事で、どこかのドラゴンの巣に転移させられてしまったって事だろうか?

ちなみに、あの紫の宝石が嵌め込まれた石造りのドラゴンの顔のような魔道具は、周囲のどこにも見当たらない。


「とにかく移動しませんか?」


ターリ・ナハの言葉に、僕は少し考えてから返事をした。


「ちょっとだけ待っていてもらってもいいかな?」

「どこかに行かれるのですか?」

「一旦地球に戻って、着替えてこようかと。ほら、服、ボロボロになっちゃったし。ターリ・ナハは……」


彼女に視線を向けてみたけれど、衣服に目立った損傷は見られない。

さすがと言うべきか、あれ程の接近戦でも、ドラゴンの攻撃を全てかわし切った、と言う事なのだろう。

ならばターリ・ナハ用に、向こう地球で何か買ってくる必要は無さそうだ。


「とにかくすぐ帰って来るよ」

「分かりました」


ターリ・ナハに見送られながら、僕は【異世界転移】のスキルを発動した。


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