第273話 F級の僕は、魔法屋でとんでもない出来事に巻き込まれる


6月8日 月曜日3



僕はターリ・ナハの案内で、以前も一度訪れた第11話事のあるヘレン婆さんの魔法屋に向かう事になった。

僕と並んで歩く普段着のターリ・ナハは、その格好とは不釣り合いな黒い刀、無銘刀を腰に下げていた。

街中なのに、なぜ刀?

疑問を感じた僕は彼女の腰の刀を指差した。


「それは?」

「これですか?」


ターリ・ナハが腰の刀に触れながら、はにかむような笑顔になった。


「護身用です。たまにお行儀の悪い方がいらっしゃるので」


そう言えば以前、やはりターリ・ナハと街中歩いていて、“お行儀の悪い方”に絡まれた第98話っけ?


「でもそれって、攻撃力、1しか上がらないよね?」


無銘刀。

獣人族の始祖英雄カルク・モレが使用した刀。

カルク・モレは、この刀を用いて、神をも斬った、と伝承されているらしい。

けれどその真の力を引き出せるのは、刀に認められた真の主のみらしく、今の無銘刀は、攻撃力+1の日本刀に酷似した武器の一つに過ぎない。


「攻撃力は見た目では分からないですし、さすがに武器を持つ相手に絡んでくる方は今の所いらっしゃらないようなので」

「そうなんだ」


話している内に、魔法屋に到着した。

扉を開けて店内に入ると、薬草を煮立てているのであろうか?

以前来た時も嗅いだ、あの独特な香りが鼻孔をくすぐった。

そして、灰色の三角帽子を被り、同系統の色合いのローブを身に付けた魔法屋の店主、ヘレン婆さんが僕等を出迎えてくれた。


「いらっしゃい。おや……あんたの顔には見覚えがあるよ」

「ご無沙汰しています」


頭を下げる僕の姿を少し凝視した後、ヘレン婆さんが少し不思議そうな顔になった。


「前来た時と、なんだか随分雰囲気変ったねぇ」

「そうですか?」


まあ、以前に来た時は精神状態最悪、レベルも低かったし、その辺が関係しているかな?


「今日はまた魔法書、見に来たのかい?」

「見に来たと言いますか、今日は買わせて頂こうと思いまして」

「そうかい。それで、どんな魔法書欲しいんだい?」

「そうですね……」


今日は関谷さん用の魔法書買いに来たんだけど……


「魔法書って、読めば必ず魔法が身に付くんですよね?」

「身には付くけれど、実際の威力やら効果やらは、適性と自身のステータス値、それにMPに大きく依存するよ」

「それじゃあ、とりあえず全属性の基本の魔法書を見せてもらってもいいですか?」

「全属性とは大きく出たのう。適性が無い魔法は覚えても大して役には立たんが、いいのかい?」

「適性って、事前に調べたり出来るんですか?」

「もちろん出来るぞ。有料じゃがな」


そう話すと、ヘレン婆さんは、サッカーボール大の透明な水晶玉を引っ張り出してきた。


「土、水、風、火、光、闇。6系統の魔法それぞれ1系統につき、1回10,000ゴールドじゃ。鑑定してみるかい?」


魔法の適性か……

ステータスウインドウでは確認出来ないけれど、マスクデータみたいなものなのかな?

まあ、ステータスウインドウで確認出来るなら、誰もお金払って魔法の適性調べたりしないだろうけれど。

それはともかく、今日買いたいのは、関谷さん用の魔法書だ。


「ヘレンさん、その水晶玉って、売ってもらうわけにはいかないですか?」


ヘレン婆さんは一瞬キョトンとした後、笑い出した。


「ハハハ、面白い事言う人だねぇ。鑑定用の水晶は非売品じゃ。それにあんたが手に入れても、役には立たんぞ?」


う~ん……

鑑定用の水晶買って帰って、関谷さんの魔法適性チェックっていうのは無理なのか……


「魔法書、実は自分用では無くて、友人へのプレゼント用なんです。ただその友人、すごく遠方に住んでるんで、簡単にここには連れて来られないんですよ」

「なるほどのう。その友人、魔法の適性を鑑定してもらった事は無いのかい?」

「多分、無いかと」

「基本の魔法書、1冊100万するからのう。買っても無駄でしたっていうのは、ちと申しわけ無いんじゃが……」

「構いませんよ。ちょっと前にまとまったお金、手に入ったんで」


全属性買っても6冊、600万ゴールドだ。

僕のインベントリには、億を超えるゴールドが収納されている。


「そうかい。じゃあ、ちょっと値引きしといてあげよう。6冊で480万ゴールドじゃ」

「それでお願いします」

「ちょっと待っていておくれ。今準備するからのう」


ヘレン婆さんは、よっこらしょと腰を上げた。

そして本棚に向かい、6属性の基本の魔法書を取り出し始めた。

待つ間、周囲に視線を向けた僕は、店内の片隅に、雑多なアイテム類がカゴに山積みにされているのに気が付いた。

近寄って確認してみると、どうやら魔道具っぽい品々のようだ。


そう言えばティーナさん、召喚用のアイテムとか見つけたら、持ち帰って欲しいとか言っていたな。

この中に、そういうのあったりして……


山積みにされたアイテムの一つを手に取って眺めていると、ターリ・ナハも覗き込んできた。

僕は彼女に聞いてみた。


「これって、魔道具かな?」

「恐らく……ですが、どれもあまり魔力が感じられませんね……」


と、僕等の様子に気付いたらしいヘレンさんが声を掛けて来た。


「そこに積んであるのは、中古の魔道具だよ」

「召喚用の魔道具なんかもあるんですか?」

「あるけど、中古だから1回2回召喚したら壊れちまう代物しろものばかりさ。その代わり、全品100ゴールドだよ」


なるほど。

ジャンク品みたいなのを、ワゴンセール的に販売しているって事かな?


と、僕はその中の一つ、ドラゴンの顔を模したようなアイテムが妙に気になった。

手の平サイズの石に彫り込まれたドラゴンの目に当たる部分には、紫色の宝石が嵌め込まれていた。


ヘレン婆さんが再び声を掛けて来た。


「それは昔、ドラゴン退治に出向いた冒険者が使っていた魔道具だよ。討伐目標のドラゴンの巣の位置を記憶させといて、その目の部分の宝石に魔力を流し込むと、いつでもその巣に転移出来たそうじゃ」

「じゃあ、今でもこの目に魔力を流し込んだら、そのドラゴンの巣に転移出来るんですか?」

「残念ながらもうその目の部分の宝石、魔力に反応する機能を失っておる。まあ、魔法の研究家向けのアイテムってとこじゃな」

「そうなんですね……」


僕はふと思いつきで、その紫の宝石に触れながら、魔力を流し込んでみた。

しかし、やはり何も起こらない。

僕は、そのアイテムをカゴに戻そうとして……



―――カッ!



目に痛みを感じる位強烈な閃光が走った。

そして……



―――グオオオオォォ!



突然、何者かの咆哮が響き渡った。

閃光でくらんだ視力はまだ回復していない。

本能的に危険を感じた僕は、横に飛び退いた。

次の瞬間、それまで僕がいた場所が轟音と共に弾け飛ぶのが感じられた。


「タカシさん!」


ターリ・ナハの声だ。

次第に視力が回復して来ると、どうやら先程までの魔法屋の店内とは似ても似つかぬ、暗く巨大な洞窟の中に居る事に気が付いた。

ターリ・ナハが心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。


「大丈夫ですか!?」

「大丈夫だよ。でも、一体何が……」


僕の声を掻き消すように、再び咆哮が響き渡った。

咆哮の源に視線を向けると……


「ドラゴン!?」


僕等から少し離れた場所、天井が高くなった洞窟の奥に、10mを超えそうな巨大な灰色のドラゴンの姿があった。

ドラゴンが、僕等目掛けて大きく口を開いた。

ターリ・ナハの鋭い声が響く。


「ブレスが来ます!」

「心配しないで。この腕輪が……」


話しながら僕は左手で右腕を探って……

そこにあるはずの『エレンの腕輪』が無い!?


次の瞬間、凄まじいブレスが僕等に襲いかかってきた。

僕はターリ・ナハを抱きかかえると、思いっきり横に跳んだ。

僕等が寸前までいた場所は、轟音と共に消し飛び、背中を焼けつくような痛みが襲う。


「ターリ・ナハ、大丈夫?」


僕に抱きすくめられた形になっていたターリ・ナハが、僕の胸の中で顔を上げた。


「大丈夫です」


彼女は僕から離れて立ち上がると、腰の刀を抜いた。

そしてドラゴンに向かって駆けて行くと、裂帛の気合と共に斬りつけた。



―――ギェェェェ!



攻撃力+1のはずの無銘刀で斬られた胴体から盛大に血飛沫が舞い、ドラゴンが苦悶の声を上げながら仰け反った。

僕はスキルを発動した。


「【影分身】……」


僕の影の中から盛り上がるように出現した【影】10体は、僕の指示に従って、ドラゴンに飛び掛かった。

ターリ・ナハと僕の【影】10体に切り刻まれ、たちまちドラゴンは劣勢になっていく。

そして数十秒後、一際高い絶叫を残して、ドラゴンは光の粒子となって消滅していった。



―――ピロン♪



ターリ・ナハが、カースドラゴンを倒しました。

戦闘支援により、経験値313,350,792,126,400を獲得しました。



ホッとするのも束の間、すぐに別のポップアップも立ち上がった。



―――ピロン♪



カースドラゴンが残した【奪命の呪い】が、ターリ・ナハを対象に発動しました。

残り120秒……



え?


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