第272話 F級の僕は、D級のヤンキー少女をなんとか追い返す


6月8日 月曜日2



駐輪場で僕を待ち伏せしていたD級のヤンキー少女が、いきなり涙をこぼし始めたのを見て、僕は少なからず動揺してしまった。


「お、おい……」


少女はあふれる涙をぬぐおうともせず、僕を睨みつけたまま大声で叫んだ。


「お前がステータス値を上げた方法、教えろ!」


僕は慌てて周囲を見回した。

降りしきる雨のお陰で人通りは無いとはいえ、こんな所で大声出されたら、誰かが窓から僕等の様子を確認しようとするかもしれない。


「落ち着けって」

「じゃあ、教えろよぉ! 頼むから……」


僕は少し逡巡した後、少女に声を掛けた。


「とにかく、こんな所で大声出されたら迷惑なんだよ。ちょっとこっちに来い」


少女を促して、アパートの軒下、雨のかからない物陰へと移動した。


「なんか勘違いしているみたいだけど、ステータスを上げる方法なんか知らないぞ」


何者かが勝手に、僕に経験値を得てレベルを上げて、ステータス値を上昇させる手段を“押し付けた”。

能動的に入手した手段じゃない。

そんな事、こいつに説明するつもりも無いし、なにより、入手方法を聞かれても説明しようがない。


「じゃあ最初からステータス値高かったのに、隠蔽無しで、F級のフリしてたのか?」

「フリなんてしてない。元々F級だ」

「F級はスキルも魔法も使えないんだろ? それにお前のステータス値はオール1だって皆言ってたぞ。なのに法連寺第八で、あたし等10人まとめてヘンなスキルで圧倒したのは、どう説明するんだ!?」


そう。

人類の約半数を占めるF級は、スキルも魔法も使えないのは僕等の世界の常識だ。

ステータス値が低くても、スキルや魔法が使用出来れば、少なくともE級以上に分類される。

それはともかく、ヤンキー少女と話していると、先程までのイライラがぶり返してきた。


「そもそもなんでお前にそんな事、エラそうに突っ込まれなきゃいけないんだ? 人に何か聞くなら、聞くなりの態度ってものがあるだろ?」


まあ、こいつがどんな態度でも説明なんかしないけど。


少女はしばらく僕を睨みつけた後、再び口を開いた。


「教え……て下さい」


僕は嘆息した。


「なあ、そもそもなんでここまで食い下がって来るんだ?」


少女は唇を噛みしめたまま答えない。


「さっきも言ったけど、ステータス値を上昇させる方法なんて知らない。そんなのがあるなら、とっくに皆やってるだろ?」

「……でもお前は、何かの方法で強くなったって事だろ? その方法、あたしにも教え……て下さい!」

「悪いけど、説明出来るような方法なんて知らないぞ? 強いて言えば、気付いたらこうなってた。これで納得か?」

「……お前、次、いつダンジョン潜るんだ……ですか?」

「なんでそんな事、お前に教えなきゃいけないんだ?」

「いいから、教えろ……て下さい」


いや、語尾を多少丁寧っぽく変えても、別に僕の気持ちが変わったりしないから。


「断る! とにかく、お前の質問に答えてやったんだ。もう二度とここに来るな。これ以上は、本当に警察か均衡調整課に連絡するからな? と言うか、もう連絡しようかな……」


僕はスマホを取り出した。

僕がスマホの画面をタップし始めると、少女は舌打ちをした。


「今日のところは帰ってやるよ!」


そして僕に背中を向けると、ようやく歩き去って行った。


ふう……なんなんだ、あいつ?


無駄に疲れてしまった僕は、気を取り直すと、2階の自分の部屋に続く階段に向かった。



部屋に戻った僕は、シャワーを浴びて落ち着くと、これからの予定を反芻してみた。


今、時刻は午後5時。

まずはあっちイスディフイで魔法屋に行って、関谷さん用の魔法書を探しに行こう。

それからアリア達と合流して、時間が有れば、クリスさんが教えてくれた第269話スーリバルの荒野とやらで、ドラゴン狩りをしてドラゴンの鱗をゲット。

それからこっちに帰ってきて、ティーナさんと連絡取って、ドラゴンの鱗を渡す。

うん。

この流れで。


準備を終えた僕は【異世界転移】のスキルを発動した。



「きゃっ!?」


『暴れる巨人亭』2階の僕の部屋に【異世界転移】した僕は、誰かの驚きの声に出迎えられた。

見ると、視線の先には前掛けをして、布巾と箒を手にしたターリ・ナハの姿があった。

驚いたような顔をしていた彼女は、突然部屋の中に現れたのが僕だと分かると、表情を緩めた。


「もしかして、今こちらに転移してきた所ですか?」

「うん。ごめんね。驚かせちゃったみたいで。掃除してくれている所だった?」

「はい。でもちょうど終わった所です」

「アリアはまだ外かな?」

「はい。クリスさんと一緒に遺跡に潜りに行っているはずです。多分、あと1時間もすれば戻って来るかと」

「そっか」


僕はベッドに腰を下ろそうとして、ベッドの上に真新しい感じの、しかし見覚えの無いこの世界の衣類が綺麗に畳んで置かれている事に気が付いた。


「あれ? これは?」


僕の視線に気付いたターリ・ナハが微笑んだ。


「アリアさんからのプレゼントみたいですよ?」

「プレゼント?」

「なんでも髪飾りのお礼だ、とか」


髪飾り……

そう言えば以前、アリアに地球で買ったバレットをプレゼントした事第135話あったっけ?


「そっか。じゃあ、お礼言っとかないとね」

「では私は1階にいるので、何かあったら呼んで下さい」

「じゃあ、また後で」


僕は装備していたエレンの衣を脱ぎ、エレンの腕輪を外すと、ベッドの上の衣服を身に着けてみた。

上は綿のような生地で半袖のカーキ色のポロシャツ。下は、やはり綿のような生地の茶色いズボン。

軽くて風通しも良く、今からの季節にぴったりな感じだ。

僕はインベントリから『二人の想い(右)』を取り出して右耳に装着した。


『アリア……』


念話で呼びかけると、すぐに反応があった。


『タカシ、もうこっちに来たの?』

『うん。アリアはクリスさんとどこかの遺跡に潜っているって聞いたけど?』

『カラム遺跡って場所に来ているよ。そうだ! 途中でセンチピードの外殻、1個ゲットしたよ。後であげるね』

『アリア、昨日の話、覚えてくれていたんだ。あと服、ありがとう』

『タカシ、こっちの世界の普段着って持ってないでしょ? いつもあっちの世界の服か、エレンの衣着てたから』

『この服、涼しくてとてもいい感じだね。今度、お礼にアリアに僕等の世界の服、プレゼントするよ』

『え? そんな気を使わなくてもいいよ~』

『アリアには本当に色々お世話になってるからね……あ、でも、アリアに合うサイズが分からないな……アリアって、結構小柄だからフリーサイズの……』

『え? スリーサイズ!?』

『うん。フリーサイズってあれ?』

『あ、フ、フリーサイズね? あはは』

『? まあいいや。戻って来るのって1時間後位になりそう?』

『う、うん。帰る時、また連絡するね』

『うん。それじゃあ』


アリアとの念話を終えた僕は、そのまま階下へと向かった。

まだ冒険者達が戻って来るには少し早い時間帯なのだろう。

1階には人影が無かった。

代わりに厨房の奥から、夕食の仕込みを準備しているらしい声と物音が聞こえて来た。

僕は厨房の方に声を掛けた。


「マテオさ~ん、ターリ・ナハ~」


僕の声に、マテオさんが顔を出した。


「お、タカシじゃないか。今日は早いな?」

「たまたまですよ。それでちょっとお願いが有るんですが」

「どうした?」

「ここから一番近い魔法屋までの道順、教えてもらえないですか?」

「魔法屋か……またなんか魔法書、見たくなったのか?」

「まあそんなところです」

「ここから一番近くと言えば……」


返事の途中でマテオさんが、厨房の奥に声を掛けた。


「ターリ・ナハ!」


呼ばれて、エプロン姿のターリ・ナハが姿を見せた。


「どうしました?」

「タカシが魔法屋に行きたいみたいなんだ。ヘレン婆さんのトコロ、連れて行ってやってくれないか?」

「分かりました」


エプロンを脱ぎ出すターリ・ナハを、僕は慌てて押し留めた。


「そんな悪いですよ。夕食の準備中なんですよね? 道順、教えてもらえれば、一人で行ってきますから」

「心配するな! 夕食の仕込みはあらかた終わってるよ」

「でも……」

「なんだ、らしくないな? じゃあ、魔法屋の帰り、ターリ・ナハには買い出し頼むから、荷物持って帰るの、手伝ってやってくれ」

「了解です」


こうしてターリ・ナハの案内で、僕等はヘレン婆さんの魔法屋に向かう事になった。


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