第271話 F級の僕は、関谷さんの強化について考える


6月8日 月曜日1



翌日……

僕は朝から大学の講義に出席していた。

教壇に立つ講師がぼそぼそと小さな声で授業を進めていく。

周囲の学生達の中には、こっそりスマホをいじったり、居眠りしている者もいる。

窓の外に視線を向けると、にび色の空から、しとしと雨が降っている。

つまり、なんて事の無いありきたりな日常の一コマ。

退屈を感じた僕は、こっそりインベントリを呼び出した。

目の前に、僕だけが視認出来るポップアップウインドウが立ち上がった。


先週末に斃したゲートキーパー達のドロップアイテムについて、チェックしておこう。



【ボティスの大剣】

93層のゲートキーパー、ボティスが使用していた武器。

振るうと、15秒に1度、回避不能な斬撃を放つ事が出来る。

斬撃の威力は、使用者のレベルと筋力のステータス値に依存する。

ただし使用するには、筋力のステータス値、93以上が必要。



【ゼパルのマント】

94層のゲートキーパー、ゼパルが身に付けていたマント。

装備すると、攻撃魔法の威力が2倍になる。



【エリゴスの槍】

95層のゲートキーパー、エリゴスが使用していた武器。

攻撃時、確率で相手の防御力、耐性を無視してダメージを与える事が出来る。

使用者のレベルと筋力のステータス値が高い程、確率は上昇する。



【アルクスの指輪】

96層のゲートキーパー、レラジェが身に付けていた指輪。

装備すると陰陽の弓、フェイルノートを自由に召喚する事が出来る。

フェイルノートは、味方1人のHPを9割回復させる生の矢と、敵1体のHPを9割奪う死の矢の2種類の矢を放つことが出来る。

矢は1本につき、MP100消費する事で、自動的に生成される。



さすがはゲートキーパー達のドロップアイテムだ。

いずれも強力な効果を得られる装備品の数々。

今度、実戦で試しに使ってみよう。

あ、でも、【ゼパルのマント】は、僕にはあんまり役に立たないかな。

今後、魔法書買って、魔法を覚えれば別だろうけれど。



退屈な午前の講義が12時10分に終わり、僕はそのまま学食へと向かった。

いつも通り一人で注文と会計を済ませ、そしてトレーに乗せた日替わりランチを手に、一人でテーブルの隅に腰を下ろす。

周囲で楽し気に話しながら昼食を楽しむ学生達に囲まれながら、すっかり一人に慣れてしまった自分に、少し自嘲気味の笑いが込み上げて来そうになったところで、ポケットの中で、スマホの着信音が鳴った。


誰だろう?


ポケットからスマホを取り出すと、発信者は関谷さんだった。


「もしもし?」

『あ、中村君? 今、電話大丈夫?』

「ちょうど日替わり食べようとしていたところだけど、どうしたの?」

『食事邪魔してごめんね。今週のダンジョン、確認だけしとこうかと』

「いいのあった?」

『うん。明日、夕方5時から押熊第一、どうかな?』


押熊第一、確かD級ダンジョンだ。

僕も何度か荷物持ち奴隷として潜った事有るけれど、今の僕なら普段着で、素手で斃せそうなモンスターばかりだったず。


「いいよ」

『ちょうど今、誰も予約入れてないみたいだから、押さえとこうかと思って』

「関谷さんに任せるよ」

『ありがとう。でもごめんね。D級ダンジョンとか、中村君には物足りないかもだけど』

「気にしなくていいよ。よく考えたら、SランクだろうがEランクだろうが、ノルマとしての魔石の価値は、一緒だし」


僕等の世界、1週間に7個の魔石を均衡調整課に提出する事が義務付けられている。

しかし、提出する魔石の等級は問われない。


『私、メイス系の武器、買ったんだ』

「メイス系の武器って、関谷さん、ヒーラーなのに、モンスターと直接戦うの?」

『いつもダンジョンでは中村君に護ってもらってばかりでしょ? だから、D級モンスター位なら、ちゃんと斃せるようにしとこうかと……あ、食事の途中だったよね? 押熊第一、予約できたらまた後で連絡するね』

「うん、分かった。それじゃ」


関谷さんとの電話を終えた僕は、日替わりランチを食べながら、学食内に据え付けられたテレビに視線を向けた。

テレビの中の話題は、ここ最近のトレンドと化した感のある、チベットとミッドウェイでのスタンピード。

コメンテーター達が、それぞれ推論や出所不明の情報について語り、司会者がその最大公約数的意見を述べる。

つまり、今日もあの黒い結晶体と出現したモンスター達に、劇的な変化が生じていないって事だけが確認出来た。


それにしても関谷さん、なんで急にメイス買ったりしたんだろ?

関谷さんのステータス値が分からないけれど、ヒーラーであれば、筋力のステータス値、そんなに高く無いんじゃ無いかな?

田町第十ダンジョンで、同じC級の佐藤に抑え込まれていた第106話し。

だとすれば、やはりメイスを使用しての近接物理攻撃に向いているとは思えない。

“護ってもらってばかり”って言っていたから、関谷さん、僕がダンジョンでモンスター斃して、自分は魔石だけ分けてもらうのを負い目に感じているって事かな?

だとしたら、少し申し訳ない。

彼女はヒーラーだし、知恵のステータス値高目とかMP多目とかではないだろうか?

なら、武器で殴り掛かるより、魔法で攻撃を……


そうか、魔法書!


地球では、新しくスキルや魔法を取得する方法、知られていないけれど、イスディフイには、魔法書という便利なアイテムが存在する。

読めば、素質があれば、新しく魔法を覚えられるというアイテム。

関谷さんがどんな魔法に適性があるのか不明だけど、向こうで適当に何冊か買ってきて、関谷さんにプレゼントしようかな?

もし彼女が強力な魔法を使用出来るようになれば、一緒にダンジョンに潜っても、そんなに負い目を感じさせずに済むかもしれない。

魔法書、1冊100万ゴールドするって前に言われたけれど、今、僕のインベントリには、億を超えるゴールドが収納されている。

土、水、風、火、それに光と闇、だったっけ?

それぞれ基本の魔法書、1冊ずつ買っても、“たったの”600万ゴールド。

夕方、向こうイスディフイに行ったら、久し振りに魔法屋に連れて行ってもらおう。



関谷さんからはあれからすぐに、明日6月9日午後5時半から押熊第一を押さえる事が出来た、とメッセージが届いていた。

そして午後4時10分、今日の講義が全て終了した。

降りしきる雨の中、僕はカッパを着込むと、スクーターに跨った。

5分ほどでアパートの駐輪場に帰り着いたけれど、そこに一人の人物が白いビニール傘を片手に佇んでいる事に気が付いた。

紺系統の長袖Tシャツに、下はよれよれのジーンズ。

目深に被った野球帽から溢れている、見るからに痛んでいそうな黄色い髪。

彼女は僕に気付くと顔を上げた。


「おい、中村!」


……間違いなく、あのD級のヤンキー少女だ。

なんだろ?

これはもはやストーカー認定しても良いのでは無いだろうか?

僕はうんざりしながらその少女を睨みつけた。


「いい加減にしろよ? お前、一体何が目的で僕に付きまとっているんだ?」

「お前、ステータス、隠蔽していたのか?」


……そういやこいつ、一昨日おとといもそんな事聞いてきてたっけ?


「お前に説明する必要無いだろ?」


僕はスクーターを駐輪場に停めると、足早にその場を立ち去ろうとした。

が、少女が僕の服の裾をつかんできた。


「待てよ! 話位聞けよ!」


僕は出来るだけ低い声、かつドスの聞いた感じで凄んでみた。


「お前と話す事なんかない。これ以上僕に関わるなら、腕の1本、2本、覚悟してもらう事になるぞ?」


少女は一瞬ひるんだ様子を見せたものの、掴んだ服の裾を離そうとしない。


「あ、あたしにとっては大事な事なんだ! いいから、隠蔽していたのかどうかだけでも答えろ!」

「隠蔽なんかしていない。そもそもそんなスキルは、持っていない」


……代わりに【改竄】スキルでステータス値、色々いじった事はあるけれど。


「……じゃあ、なんでそんなに強くなったんだ?」

「それ、お前に説明する必要あるのか?」

「だから、あたしにとっては大事な事なんだ!」


なんだなんだ?

つまりこいつは、好奇心か何かで、僕の秘密をあばきたいって事か?


「僕にとっては大事でも何でもない。それよりお前、自分のやってる事、分かってるか? 人を待ち伏せたり付き纏ったり。これって立派な犯罪行為だぞ?」


僕の言葉を聞いた少女は、ぎゅっと唇を噛みしめると、突然、ぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。


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