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第269話 F級の僕は、富士第一96層に向かう
第269話 F級の僕は、富士第一96層に向かう
6月7日 日曜日4
「ティーナ」
僕の呼びかけに、すぐに応答があった。
『Takashi! 今どこにいるの?』
「まだ富士第一だよ」
『日中、外してたでしょ?』
「もしかして、この無線機の事?」
『そうよ。あれだけ肌身離さず付けておいてって言ったのに……』
ティーナさんの甘く
「ごめんごめん。日中、ずっと斎原さんが横にいてさ……」
僕は今日の顛末に着いて、軽く説明した。
「……で結局、今の所、ゲートキーパー達消滅の理由は不明って事になってるみたいなんだ」
話を聞き終えたティーナさんが、噴き出した。
『ふふふ。93層のgatekeeperの間に到着した時、呼んでくれたら良かったのに』
「さすがにそれは悪趣味でしょ。それより、ティーナの方は今日一日どうだったの? 何か変わった事あった?」
『変わった事と言うか、ちょっとした朗報かもしれないけれど、チベットでもMidwayでも黒い結晶体周辺のmonster達の活動性が明らかに低下している。これが
ノエミちゃんは、光の巫女の能力は、創世神イシュタルから分け与えられたものだ、と
『彼女は、重力波を感知する事は出来ないのかしら? 或いは、isdifuiに重力波を感知出来る存在はいないのかしら?』
「どうだろう? ノエミちゃんの祈りが終わって、またちゃんと話が出来る状態になったら、聞いてみようか?」
『是非お願い。もし
今の所、パスで繋がっているエレンと僕ですら、世界を越えては意思の疎通を図る事は出来ていないけれど。
あれ?
そう言えば
エレンは有り得ない事だって驚いていたけれど。
その後、91層での特殊実験で生じたゲートを潜り抜けた向こうで、僕とティーナさんは、“500年前”のエレンに遭遇した。
「ティーナ、91層からゲートを抜けた先、君が初めてエレンに出会った場所、覚えてる?」
『もちろん覚えているわ。あれは、私にとっても衝撃的な体験だった。isdifui人をこの目で見て、contactを試みた初めての体験だったから』
「あの場所って、もう一度行ってみる事って出来ないかな?」
『実はあの後すぐ、個人的に再度訪れようとしてみたの。だけどあの場所は、理由不明に、私達の世界の座標軸から完全に消失してしまっていた。当然だけどwormholeを開く事も出来なかったわ』
「そうなんだ……」
『あの場所については、私なりの推測があるのだけど、それを検証するためにも、前に話したDragonの鱗とCentipedeの外殻、急いで手に入れてきてね、私の勇者様』
「了解」
ティーナさんのおどけた感じの囁きに、僕の表情も自然に緩んだ。
と、ティーナさんが話題を変えて来た。
『ねえ、今日は行かないの? 富士第一96層』
「ゲートキーパー?」
『そう。100層のgatekeeperがどんなitemを隠し持っているのか知らないけれど、私も早く見てみたいわ。あと96層のgatekeeper含めて5体斃せば、そのitemが手に入るんでしょ?』
「まあそうなんだけど……7時から、夕食兼今日の報告書作りの約束があるんだ。それ終わってからでもいいかな?」
『OK! じゃあ、終わったら連絡して』
96層のゲートキーパーがどんな奴かは分からないけれど、95層までとそう変わりない相手なら、早ければ30分あれば片が付くだろう。
報告書作りが終わって、1時間程休憩したいって申し出て、その間に96層のゲートキーパー斃してきて、それからヘリでN市に送って貰おう。
ティーナさんとの情報交換を終え、シャワーを浴びて身支度を整えた僕は、庁舎内の食堂へと向かった。
更科さんとの夕食を食べながらの報告書作成は、約1時間程度で終了した。
そして僕は、1時間程仮眠を取りたいと申し出て、仮眠室へと帰ってきた。
さて、これでティーナさんを呼べば、富士第一96層に行けるわけだけど……
少し考えた後、僕は先に【異世界転移】をして、アリアやクリスさん、それにエレン達との情報交換を先に済ませて来る事にした。
「【異世界転移】……」
時刻は夜の8時過ぎ。
昨日と同じ位の時間帯に合流した僕達は、昨日と同じように今日一日のお互いの出来事を語り合った。
そして僕は短いながらもエレンとも念話で会話を交わすことが出来た。
幸か不幸か、お互いの情報の中に、今の状況に変化を与えるような出来事は含まれていなさそうであった。
「タカシ、もう帰るの?」
15分程で会話を切り上げ、慌ただしく席を立とうとした僕に、アリアが声を掛けて来た。
「ごめんね。ちょっと向こうで今から片付けないといけない“仕事”があって」
「そっか。キンコウチョウセイカだったっけ? タカシも忙しいんだね」
「正確には均衡調整課絡みの仕事じゃ無いんだけどね……」
話しながら、僕はティーナさんから依頼されていた事を思い出した。
「そうだ、クリスさん。ドラゴンの鱗か、センチピードの外殻を落とすモンスターが居る場所ってご存知ですか?」
「ドラゴンの鱗は、レッサードラゴン以上のドラゴン種が落とすから、この辺だと……スーリバルの荒野かな? この辺って言っても、ルーメルからだと馬車で3日はかかるけど。あと、センチピードの外殻も、ブッシュセンチピード以上のセンチピード種が落とすから、これも馬車で4日程のアンガス沼地かな? なんなら明日にでも、行ってみる? 良かったら、転移で送迎してあげるよ」
「ありがとうございます。多分明日は、夕方、もう少し早い時間帯にこちらに来られると思うので、宜しくお願いします」
再び【異世界転移】で戻って来た時、仮眠室の壁に掛けられた時計の針は、8時半を指していた。
30分か……
ギリギリかな?
「ティーナさん」
『ティーナの無線機』を介して呼びかけると、待ち構えていたかのように返事があった。
『今、仮眠室?』
「うん」
『じゃあ、今から行くね』
その言葉と同時に仮眠室の一角の空間が渦を巻いて歪みだした。
そしていつものように生成されたワームホールを潜り抜けて、ティーナさんが仮眠室へとやってきた。
彼女は既に銀色の戦闘服に身を包んでいる。
「一応、午後9時にここ出発予定なんだ」
「Wow! それじゃあ、今夜はgatekeper討伐所要時間の最短記録更新を目指しましょ」
ワームホールを抜けた先、96層のゲートキーパーの間周辺は、すっかり暗くなっていた。
星明かりを浴びて、内部でゲートキーパーが待ち受けているはずの白亜のドームがぼんやりと白く浮かび上がっている。
遠くの様子は暗過ぎてよく分からないけれど、どうやら辺り一面、雪が降り積もっているようだ。
そのせいか、吹き渡る夜風が、刺すように冷たい。
思わず身震いする僕の右腕に、ティーナさんが自分の腕を絡めて来た。
同時に、彼女の体温以上に暖かい空気に包まれた。
「もしかして、
「そうよ。ここはどうやら雪原のような階層みたいだから、私の大きな愛で温めてあげようと思って」
「時間も無いし、早く行こう」
歩きながら、さりげなくティーナさんを引きはがそうと試みるも、彼女が身を捩るので上手くいかない。
「腕組んだままだと歩きづらいよ?」
僕の言葉に、ティーナさんが大袈裟に驚いたような顔で言葉を返してきた。
「それは大変! 腕組んだままでもちゃんと歩ける練習しとかないと、将来困るわよ?」
いやだから、それは、腕を離してくれって、遠回しに言ってるんだけど。
って、ティーナさんの事だから、これ、絶対僕の反応見て楽しんでるな。
なら、気にしないのが一番かな……
諦めた僕はティーナさんと腕を組んだまま、96層ゲートキーパーの間内部に通じる巨大な扉を押し開けた。
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