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第267話 F級の僕は、斎原さんと優雅な一時を一緒に過ごす
第267話 F級の僕は、斎原さんと優雅な一時を一緒に過ごす
6月7日 日曜日2
装甲車の中は、思った以上に広くて快適な居住空間が広がっていた。
黒を基調とした落ち着いた色合いで
魔力か何かで制御しているのであろうか?
走行中にも関わらず、振動は
「中村君、何か飲む? って言っても、アルコールは無いけど」
備え付けの冷蔵庫の中身をチェックしながら、斎原さんが声を掛けて来た。
「あ、でしたら水で」
「ふふふ、中村君って面白いわね。じゃあ、オレンジジュースでもいい?」
「ありがとうございます」
受け取ったオレンジジュースに口をつけていると、斎原さんが、モニターを操作し始めた。
「中村君、観たい映画とかある?」
「特には……斎原さんにお任せします」
斎原さんがリモコンを操作し、モニターには最近流行の恋愛映画が映し出された。
彼女はそのまま僕の隣へと腰を下ろし、自分用のノンアルコールのカクテルを飲みながら、映画鑑賞を楽しみ始めた。
それにしても、こんなサロンのような空間で、斎原さんと二人っきりというのは、なんとも落ち着かない。
と、走り出して10分もしない内に、車内放送を通じて声が響いた。
「ダークワイバーン2体出現!」
その瞬間、モニターが外部映像へと切り替わった。
暗白色の巨大なワイバーンが上空から僕等の車列に襲い掛かってくるのが見えた。
モンスター達に対して、トラックの荷台に陣取る魔法系のA級達が発動したと思われる魔法が嵐のように襲い掛かっていく。
10分後、2体のワイバーンは光の粒子となって消え去っていった。
残されたS級の魔石2個は、バギーに乗るA級達が回収していく。
と、僕は、モニターの右下隅にアルファベットと数字がいくつも表示されている事に気が付いた。
「斎原さん、あれは?」
僕の質問に、斎原さんが笑顔で答えてくれた。
「あれは、今日参加しているメンバー達の“貢献度表”よ」
「“貢献度表”?」
「参加しているA級達に、予め、A、B、C……ってアルファベットを割り当てといて、誰がどれだけ戦闘、その他において貢献したかを数値化して記録しておくの。そうすれば、あとで報酬を分配する際、不公平が生じないでしょ?」
なるほど。
合理的なやり方だ。
「中村君。前にも話したけれど、クラン立ち上げたくなったら、遠慮なく私に相談してね。中村君になら、車両やこうした評価システム、色々教えてあげても良いわよ?」
「今の所、そういう予定無いので、お気持ちだけ頂いておきます」
「それは残念。でもクラン設立とは関係なく、私に出来る事なら何でも協力するから、いつでも声を掛けてね」
斎原さんと会話を交わすうちに、ふいにティーナさんとの会話を思い出した。
あれは、今、僕等の世界に出現している黒い結晶体と強力なモンスター達への対処方法を
―――残念ながら、
「斎原さん、今チベットやミッドウェイで発生中のスタンピードについて、どう思います?」
斎原さんが、関心無さそうな声で言葉を返してきた。
「どうも思わないわ。スタンピードは、そもそも、発生国の内政問題よ。他国の人間がとやかく言う義理も権利も無い」
「でも、もしかすると、国家の枠を超えて全世界に影響が広がる可能性も……」
斎原さんの目が細くなった。
「あら? もしかして中村君、チベットやミッドウェイのスタンピード、解決しに行きたい、とか考えてるの?」
なんて説明しよう?
そもそも、どこまで説明しよう?
黒い結晶体と、付随するモンスター達の危険性を、イスディフイとの関わり抜きで説明するのは、僕には至難に思えた。
なので、現時点での自分の正直な気持ちのみを伝える事にした。
「もし僕等の世界全体に影響が及ぶのなら、そして僕なんかがその阻止に貢献出来るのなら、解決しに行きたいとは考えています」
斎原さんが少し気の毒そうな表情になった。
「中村君、その考え方は危険よ?」
「危険? ですか?」
「世界の危機を救うために、率先して立ち上がる……聞こえは良いけれど、それは結局、ただの尖兵の役割を自ら演じるだけ。成功すればある程度の賞賛を得られるかもしれない。だけど失敗すれば
斎原さんは、そこで言葉を切ると、じっと僕の目を見つめて来た。
「それでも、どうしても関わり合いたいって言うのなら、待ちなさい。どこかの愚か者が、必ず尖兵の役を買って出てくれるはずだから。尖兵が解決してしまうなら、その程度の危機だったって事よ。尖兵が失敗するならば、その要因を考察して、必ず解決できるって目算が立った段階で動きなさい。それが出来る者こそ、真の主人公として世間の喝采を一身に浴びることが出来るのよ」
斎原さんの意見は一見、正論だけど……
……誰も立ち上がらず、結果的に手遅れになったら、本末転倒では?
口に出そうとしたところで、再び車内に緊迫した声が響いた。
「ジャイアントコカトリス1体、ワイルドゴーレム1体出現!」
そして再び画面が車外の風景へと切り替わった。
A級達が連携の取れた動きで、2体のモンスターを追い詰めていく。
それを斎原さんは、ソファーに腰かけ、カクテルの入ったグラスをくゆらせながら、満足そうに観戦している。
なんとも優雅で、そして少し奇妙な光景。
その後も何度かモンスターが出現したものの、全て車外のA級達が危なげなく斃していった。
こうして午前中には、僕等は92層の元ゲートキーパーの間に到着した。
「中村君、乗り換えよ」
斎原さんに促され、車外に出た僕等は、そのまますぐ傍に
ゲートを潜り抜けた先の93層にも、92層で僕等が使用したのと同系統の車列が既に用意されていた。
装甲車にトラック、そして小型のバギーが10台。
僕等が乗り込むと、車列はゆっくりと動き出した。
そして過ぎて行く優雅な時間。
車外ではA級達が時折出現するモンスターを斃していき、僕と斎原さんは、安全な車内に留まり、ソファーに腰を下ろし、映画鑑賞を楽しむ……
午後1時半、ついに僕等は今日の目的地、93層ゲートキーパーの間に到着した。
車外に降り立つと、目の前には一昨日、ティーナさんと一緒に訪れた時と同じ風景が、変わらず広がっていた。
赤茶けた荒野と、その光景の中で一際異彩を放つ白亜のドーム、93層ゲートキーパーの間。
彼等は手分けして、持ち込んだ携行食を手際よく調理していく。
僕も手伝おうかと彼等に声を掛けようとしたところで、後ろから斎原さんに呼び止められた。
「中村君、私達の分は別に用意してあるわ。対ボティス戦について相談しながら、一緒にランチ、楽しみましょ」
車内に戻り、ソファーに腰かけて待つ事10分程で、綺麗な女性2名が、僕等の食事を運んできた。
サーモンのタルタル、エビのビスク、牛フィレ肉のステーキ 十穀米のガレットと共に、そしてデザートにタルトタタン……
いやここ、ダンジョンの中だよね?
と思わず二度見してしまうゴージャスな料理の数々が、次々とテーブルの上に並べられていく。
「これ、どうしたんですか? まさか、ここで作った、とか?」
「あらかじめ作らせておいたのを持ち込んだだけよ。ダンジョンの中だし、今日のランチはこの程度しか用意できなくてごめんなさい。今度、T都の行きつけのお店のランチ、ご招待するわ」
この程度って……
斎原さんが、僕とは色んな意味で住む世界が全く異なる人間だって事だけは、はっきりと認識出来た。
優雅なランチタイムの話題は、当然この後の対ボティス戦なわけで……
「中村君、あらかじめ説明した通り、今日、私達は中村君のサポートに回るから、ボティスへの直接攻撃、宜しくね」
「はい」
「開戦早々、ボティスが召喚してくる眷属達は、ウチのA級達が引き受けるわ。私は中村君にはバフを、ボティスにはデバフをかけ続けるから、中村君の好きな手段で攻撃して頂戴」
「分かりました」
……なんて、適当に相槌打っているけれど、ボティス、もういないんだよな……
一昨日に斃しちゃったし。
それはともかく、ゲートキーパーの間に皆が踏み込んで、ボティスが謎の消滅 & いつの間にか94層へのゲート出現って判明した時、顔に出ないように、今から脳内シミュレーション、しっかりやっておかないといけない。
食事を終えた僕等は、最終的な打ち合わせを行った後、ゲートキーパーの間内部へと通ずる巨大な扉を押し開けた。
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